コツコツと廊下に響く靴の音。白鎧の後ろを歩いていると、奴の靴に太めのヒールが付いているのを確認。それが音の正体だと分かった。
上半身はゴツイ鎧で下半身に連れて細くなっているデザイン。強そうな中にも華麗さを持たせた様な、機能性とかどうなんだと問いたくなる鎧だ。
まぁこんな事口が裂けても言えないけど。
「……今日の靴は音がたちやすいものだった。気に障ったなら謝る」
「え、え? まぁ別に気にしないけど……」
兜の後ろにでも目が付いてんのか? 歩かないかとか誘われてほいほいついて来たけど、ほとんど無口だし……。なのに空気は読めるみたいな?
「白鎧の靴は日替わりかイ☆」
ナイスだぞリャンリャン! この気まずい空気に質問と言う名の風を通しやがった!
「眠りから目覚めた気分で変わる。……貴殿たちの地球で言う
「お、オシャレ……」
「好好☆」
中にドウェイン・ジョンソンでも入ってそうな鎧着てるくせにオシャレかよ……!? なんの冗談だよまったく。ここの城主なのにオシャレポイントが靴なところが謎過ぎる。
「ところでさぁ、俺たちに背を向けてもいいのか? 急に襲うかも知れないだろ?」
「アイヤー不用心すぎるネ☆」
「必要ない。我が背中を晒すことは、真に敵意が無いと受け取ってほしい」
「さいですか。……まぁ俺が敵意を向けた瞬間、お前の
こうして歩いてるだけでも、他方から監視されていると感覚で分かる。それは俺の後ろを歩くリャンリャンも感じていて、細目をより細くして警戒してくれている。
廊下を歩くこと数分。
白をベースに装飾されたこれまた三メートルほどの白の扉に案内された。
『チュートリアル:ホワイト・ディビジョンを知ろう』
なにここ、と顔に出た俺を見た白鎧。
「……エルドラドの報告等で、これまで貴殿らの動向、意志、そしてウルアーラを止めに入った点を鑑みるに、信頼を置ける
「あそう?」
「あいやー」
優しい声で話してるけど、エルドラド
「これから見せる物は我が……、我々が唯一勝ち取ったものだ。それをその眼に刻みながら、貴殿らの答えを聞かせて欲しい」
白鎧がそう言い終わると、白の扉が独りでに開き始めた。
まず最初に感じたのは頬を撫でる心地よい風。
眩しい光を取り込んだ扉。
光に目を瞑ってしまったけど、細めた瞼を開け視界が鮮明になっていくと、俺は驚愕した。
「――――なんだよ……これ……」
目を見開きながら一歩。
開いた口が塞がらず、一歩。
青い空。
白い雲。
陽を差す太陽。
『チュートリアル:クリア』
『クリア報酬:魅+』
俺が感じた柔い風に乗って小鳥が飛び、遥か向こうの空には異世界ファンタジーを彷彿とさせる翼竜が群れを成して飛んでいる。
「
どこまでも伸びる地平線。霞んで見えるのは大きな塔らしき建造物。
「ッ!?」
地平線から下に目を移すと、城の下には町――城の後ろまで広がる城下町があり、そこには人々が暮していた。
繁華街。住宅地。商業区。諸々。
城のテラスっぽいここから見える風景は、明らかに俺たちの現代社会ではない。完璧に異世界……そのもの……。
「リャンリャン、俺の頬を叩いてくれ!」
「ほッ!」
バチンッ
「痛ぇ!? 俺異世界転生とかしてないよな!?」
「大丈夫ダ☆ どっちと言うと異世界転移に近いかナ☆」
リャンリャンが言った異世界転移。そのワードに、俺は一つの事実と疑問が同時に浮かぶ。
「……ホワイト・ディビジョンだよな、ここ……?」
「そうだ。ここは間違いなく我が有する世界――ホワイト・ディビジョン」
ホワイト・ディビジョンは城なんだと俺の物差しで思っていたけど、よくよく思い出してみると、ウルアーラさんの葬儀は別の場所だった。でもそれもこのホワイト・ディビジョンの中で行われたんだ……。
「各々の世界で理性を保った者が本能に敗れ、藁にも縋る様に集まったのが我々だ。……我々君主は、所詮、敗残した集まりなのだ」
テラスの肘掛に手を置いてそう語る白鎧の声は、酷く辛そうだった。
「――血気盛んな灼焔の民や、平和主義の桃色の民。藍嵐、緑と、我々ルーラーの同胞だけではなく、ここで暮らしているのは、
「……死んだ……世界の……生き残り……」
白鎧の言葉を呟き繰り返した瞬間。
「――――ッ!!」
――幸せだった思い出。
――子供たちの笑顔。
――最愛の妻。
――愛した者たちの無残な死様。
――そして世界に一人だけ生き残ってしまった彼。
――その涙。
――白鎧との出会い、城下町の人たちとの交流。
――頬を緩む彼。
焼けた写真を見る様なフラッシュバック。頭痛を引き起こしたアンブレイカブルの記憶。
「だ、大哥!」
心配を口にしたリャンリャンが揺れる俺の体を支えた。俺は大丈夫だとリャンリャンの手に少し触れ、白鎧に目を向けた。
「アンブレイカブルの記憶がフラッシュバックしたよ。……白鎧。アンタが言った事は真意なんだな」
「然り……」
「感じるよ。城下町で暮らしてる人たちは、それぞれ違った世界から来たんだな」
耳の長い人、小人、小柄で髭もじゃな人、岩肌の人、鱗の肌を持つ人、獣人、鳥人、翼竜に至るまで、ここに居る者は全員が心に傷を負っている。
「我らの目的は一つ。混沌を極める世界を統一し、世界を在るべき姿に戻す。残虐無人な奴らを止めたいが、残念ながら、それはまだ成すことはできない」
「アンブレイカブルの記憶で見た。本能であるカルーディたちが暴れ回り、世界を破壊している……」
「そうだ。我々はいつも後手に回り、生き残った
城下町を見つめる白鎧。その兜の下はどんな顔をしているのだろうか。
「しかし、幾星霜の末、奴らの息が届いていない未成熟の世界に辿り着いた」
「それが俺がいる世界ってことか」
「そうだ。しかし、ウルアーラの件でそれも危ういと思っている……。やっと、やっと救える世界を見つけたのだ……」
危うい。それはカルーディたち本能が迫ってきたからだ。いつ、どこで、奴らの本隊が俺たちの世界に介入してくるか分からない。時間の問題だろう。
「故に幻霊。ソナタの世界で生まれた君主よ、アンブレイカブルの意志を受け継いだ貴殿を同胞に迎えたい。共に世界を存続させようぞ」
そう言って手を差し伸べてきた。
『チュートリアル:◆◆◆に応えよう』
急に出てきたチュートリアルに伏字がある。
だけど俺はそれに目もくれず、黒い霧を纏った。
黒の上品な生地に金の装飾が施されたフードとコート。
――幻霊君主 顕現――
「崇高な理念やらエルドラドのアホな行動見てヤベー奴らの集団って思った。宗教かよ」
「……」
「正直断ろうかと思ったけど、ホワイト・ディビジョンの姿を見て、そして、白鎧の言葉を聞いて、気が変わった」
――だから
「仲間に加わってやるよ」
差し出された手を握った。
その光景にリャンリャンが頬を緩む。
デンデデン♪
『チュートリアルクリア』
『クリア報酬:ギフト』
城のテラスで交わす契り。白鎧は満足そうに首を縦に振っている。
十分握手したと手を離す。
「幻霊。貴殿は君主としての名がまだ無かったな」
「ルーラーとしての名前? 俺の名前は萌だから、幻霊君主ハジメじゃないのか」
「だっさ☆」
「うっさい!」
静かと思ったら急にツッコミいれんな!
「どうだろうか。ルーラーとしての名前を、これを機に
「まぁべつにいいけど、ファントムルーラーマ○ンガーZじゃダメなのか」
「絶対にダメ☆」
とまぁふざけるのも終わりにして、白鎧に向き合う。
顎に指を当てしばし考える白鎧。そして。
「――間違いを引き裂く者、ティアーウロング……。その名を授けよう」
『チュートリアル:◆■■■◆』
『チュートリアルクリア』
『クリア報酬:ギフト』
怒涛のクリア。今日はよく聞こえる。
『
とのメッセージ画面。どうやらルーラーとしての名が無かったからディビジョンをいじれなかったぽいな。
「ティアーウロングか。いいじゃん」
「なんかダーク=ノワールみたいに痛――」
「フン!」
「アイヨ~!☆」
空気を壊しそうな気がしたからリャンリャンを殴った。本人はどこか嬉しそうだ。
「改めて、よろしく頼む。ティアーウロング」
「おう。こっちこそよろしくな、白が――」
突然手の平を向けてきた白鎧。止が入り、俺は何だと黙る。
「白鎧と言う名はこの無骨な兜をしている時に名のる名だ」
そう言いながら白鎧は兜に手を持っていき、掴むと、後頭部が稼動して兜を手に取り、顔を見せる。
――そして俺の心臓が潰された。
「我が名はベアトリーチェ――」
揃えられたブロンドショートの柔らかな髪。
「このホワイト・ディビジョンを統べる――」
透き通るようなキメ細かな綺麗な白い肌。そして。
「