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第十二章 有りし世界

第116話 チュートリアル:ホワイト・ディビジョン

 コツコツと廊下に響く靴の音。白鎧の後ろを歩いていると、奴の靴に太めのヒールが付いているのを確認。それが音の正体だと分かった。


 上半身はゴツイ鎧で下半身に連れて細くなっているデザイン。強そうな中にも華麗さを持たせた様な、機能性とかどうなんだと問いたくなる鎧だ。


 まぁこんな事口が裂けても言えないけど。


「……今日の靴は音がたちやすいものだった。気に障ったなら謝る」


「え、え? まぁ別に気にしないけど……」


 兜の後ろにでも目が付いてんのか? 歩かないかとか誘われてほいほいついて来たけど、ほとんど無口だし……。なのに空気は読めるみたいな?


「白鎧の靴は日替わりかイ☆」


 ナイスだぞリャンリャン! この気まずい空気に質問と言う名の風を通しやがった!


「眠りから目覚めた気分で変わる。……貴殿たちの地球で言うといったものだ」


「お、オシャレ……」


「好好☆」


 中にドウェイン・ジョンソンでも入ってそうな鎧着てるくせにオシャレかよ……!? なんの冗談だよまったく。ここの城主なのにオシャレポイントが靴なところが謎過ぎる。


「ところでさぁ、俺たちに背を向けてもいいのか? 急に襲うかも知れないだろ?」


「アイヤー不用心すぎるネ☆」


「必要ない。我が背中を晒すことは、真に敵意が無いと受け取ってほしい」


「さいですか。……まぁ俺が敵意を向けた瞬間、お前の家臣ヴァッサルがすぐに現れるんだろうな。気配でわかる」


 こうして歩いてるだけでも、他方から監視されていると感覚で分かる。それは俺の後ろを歩くリャンリャンも感じていて、細目をより細くして警戒してくれている。


 廊下を歩くこと数分。


 白をベースに装飾されたこれまた三メートルほどの白の扉に案内された。


『チュートリアル:ホワイト・ディビジョンを知ろう』


 なにここ、と顔に出た俺を見た白鎧。


「……エルドラドの報告等で、これまで貴殿らの動向、意志、そしてウルアーラを止めに入った点を鑑みるに、信頼を置ける君主ルーラー家臣ヴァッサルだと認識した」


「あそう?」


「あいやー」


 優しい声で話してるけど、エルドラドってところが気になる。あのキンピカ以外にも俺たちの世界に向ける眼があったのか。


「これから見せる物は我が……、我々が唯一勝ち取ったものだ。それをその眼に刻みながら、貴殿らの答えを聞かせて欲しい」


 白鎧がそう言い終わると、白の扉が独りでに開き始めた。


 まず最初に感じたのは頬を撫でる心地よい風。


 眩しい光を取り込んだ扉。


 光に目を瞑ってしまったけど、細めた瞼を開け視界が鮮明になっていくと、俺は驚愕した。


「――――なんだよ……これ……」


 目を見開きながら一歩。


 開いた口が塞がらず、一歩。


 青い空。


 白い雲。


 陽を差す太陽。


『チュートリアル:クリア』


『クリア報酬:魅+』


 俺が感じた柔い風に乗って小鳥が飛び、遥か向こうの空には異世界ファンタジーを彷彿とさせる翼竜が群れを成して飛んでいる。


哎呀アイヤー……」


 どこまでも伸びる地平線。霞んで見えるのは大きな塔らしき建造物。


「ッ!?」


 地平線から下に目を移すと、城の下には町――城の後ろまで広がる城下町があり、そこには人々が暮していた。


 繁華街。住宅地。商業区。諸々。


 城のテラスっぽいここから見える風景は、明らかに俺たちの現代社会ではない。完璧に異世界……そのもの……。


「リャンリャン、俺の頬を叩いてくれ!」


「ほッ!」


 バチンッ


「痛ぇ!? 俺異世界転生とかしてないよな!?」


「大丈夫ダ☆ どっちと言うと異世界転移に近いかナ☆」


 リャンリャンが言った異世界転移。そのワードに、俺は一つの事実と疑問が同時に浮かぶ。


「……ホワイト・ディビジョンだよな、ここ……?」


「そうだ。ここは間違いなく我が有する世界――ホワイト・ディビジョン」


 ホワイト・ディビジョンは城なんだと俺の物差しで思っていたけど、よくよく思い出してみると、ウルアーラさんの葬儀は別の場所だった。でもそれもこのホワイト・ディビジョンの中で行われたんだ……。


「各々の世界で理性を保った者が本能に敗れ、藁にも縋る様に集まったのが我々だ。……我々君主は、所詮、敗残した集まりなのだ」


 テラスの肘掛に手を置いてそう語る白鎧の声は、酷く辛そうだった。


「――血気盛んな灼焔の民や、平和主義の桃色の民。藍嵐、緑と、我々ルーラーの同胞だけではなく、ここで暮らしているのは、もいる」


「……死んだ……世界の……生き残り……」


 白鎧の言葉を呟き繰り返した瞬間。


「――――ッ!!」


 ――幸せだった思い出。


 ――子供たちの笑顔。


 ――最愛の妻。


 ――愛した者たちの無残な死様。


 ――そして世界に一人だけ生き残ってしまった彼。


 ――その涙。


 ――白鎧との出会い、城下町の人たちとの交流。


 ――頬を緩む彼。


 焼けた写真を見る様なフラッシュバック。頭痛を引き起こしたアンブレイカブルの記憶。


「だ、大哥!」


 心配を口にしたリャンリャンが揺れる俺の体を支えた。俺は大丈夫だとリャンリャンの手に少し触れ、白鎧に目を向けた。


「アンブレイカブルの記憶がフラッシュバックしたよ。……白鎧。アンタが言った事は真意なんだな」


「然り……」


「感じるよ。城下町で暮らしてる人たちは、それぞれ違った世界から来たんだな」


 耳の長い人、小人、小柄で髭もじゃな人、岩肌の人、鱗の肌を持つ人、獣人、鳥人、翼竜に至るまで、ここに居る者は全員が心に傷を負っている。


「我らの目的は一つ。混沌を極める世界を統一し、世界を在るべき姿に戻す。残虐無人な奴らを止めたいが、残念ながら、それはまだ成すことはできない」


「アンブレイカブルの記憶で見た。本能であるカルーディたちが暴れ回り、世界を破壊している……」


「そうだ。我々はいつも後手に回り、生き残った生命いのちを保護している」


 城下町を見つめる白鎧。その兜の下はどんな顔をしているのだろうか。


「しかし、幾星霜の末、奴らの息が届いていない未成熟の世界に辿り着いた」


「それが俺がいる世界ってことか」


「そうだ。しかし、ウルアーラの件でそれも危ういと思っている……。やっと、やっと救える世界を見つけたのだ……」


 危うい。それはカルーディたち本能が迫ってきたからだ。いつ、どこで、奴らの本隊が俺たちの世界に介入してくるか分からない。時間の問題だろう。


「故に幻霊。ソナタの世界で生まれた君主よ、アンブレイカブルの意志を受け継いだ貴殿を同胞に迎えたい。共に世界を存続させようぞ」


 そう言って手を差し伸べてきた。


『チュートリアル:◆◆◆に応えよう』


 急に出てきたチュートリアルに伏字がある。


 だけど俺はそれに目もくれず、黒い霧を纏った。


 黒の上品な生地に金の装飾が施されたフードとコート。


 ――幻霊君主 顕現――


「崇高な理念やらエルドラドのアホな行動見てヤベー奴らの集団って思った。宗教かよ」


「……」


「正直断ろうかと思ったけど、ホワイト・ディビジョンの姿を見て、そして、白鎧の言葉を聞いて、気が変わった」


 ――だから


「仲間に加わってやるよ」


 差し出された手を握った。


 その光景にリャンリャンが頬を緩む。


 デンデデン♪


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:ギフト』


 城のテラスで交わす契り。白鎧は満足そうに首を縦に振っている。


 十分握手したと手を離す。


「幻霊。貴殿は君主としての名がまだ無かったな」


「ルーラーとしての名前? 俺の名前は萌だから、幻霊君主ハジメじゃないのか」


「だっさ☆」


「うっさい!」


 静かと思ったら急にツッコミいれんな!


「どうだろうか。ルーラーとしての名前を、これを機にわれが名を付けても?」


「まぁべつにいいけど、ファントムルーラーマ○ンガーZじゃダメなのか」


「絶対にダメ☆」


 とまぁふざけるのも終わりにして、白鎧に向き合う。


 顎に指を当てしばし考える白鎧。そして。


「――間違いを引き裂く者、ティアーウロング……。その名を授けよう」


『チュートリアル:◆■■■◆』


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:ギフト』


 怒涛のクリア。今日はよく聞こえる。


幻霊君主ファントムルーラーティアーウロングの覚醒が促進されました。ファントム・ディビジョンの拡張が可能になります』


 とのメッセージ画面。どうやらルーラーとしての名が無かったからディビジョンをいじれなかったぽいな。


「ティアーウロングか。いいじゃん」


「なんかダーク=ノワールみたいに痛――」


「フン!」


「アイヨ~!☆」


 空気を壊しそうな気がしたからリャンリャンを殴った。本人はどこか嬉しそうだ。


「改めて、よろしく頼む。ティアーウロング」


「おう。こっちこそよろしくな、白が――」


 突然手の平を向けてきた白鎧。止が入り、俺は何だと黙る。


「白鎧と言う名はこの無骨な兜をしている時に名のる名だ」


 そう言いながら白鎧は兜に手を持っていき、掴むと、後頭部が稼動して兜を手に取り、顔を見せる。


 ――そして俺の心臓が潰された。


「我が名はベアトリーチェ――」


 揃えられたブロンドショートの柔らかな髪。


「このホワイト・ディビジョンを統べる――」


 透き通るようなキメ細かな綺麗な白い肌。そして。


虚無君主ヴァニティールーラーだ」


 がそこにはあった。

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