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第124話 チュートリアル:交渉

(……これほどに絆の力が必要なのか)


 それが優星の率直な感想だった。


 景観を鑑賞するのを許さない窓ナシの輸送機。最新鋭の機体らしく、そのスピードはダンジョンが現れる前の機体を凌駕する。


 空の旅から数時間。着陸すると乗り込んだ車に再び乗り、機体を降りて再移動。


 これ見よがしに暖房を効かせた車内。そして日本では北陸でしか味わえない質の違う白い吐息。


 必然的に何処かの寒冷地だと察する優星。


 同じ車内にいる四十物あいものは終始無言。


 機内では笑顔だった四十物。その物言わぬ緊張感がしっかりと優星に伝わる。


 車が走ること数分。ゆっくりと停止し、四十物に促されて先に下車。


 辺りを見渡すと既に何台かの車が駐車されていて、今し方数メートル隣の車から西田が下車したのを確認。


 どこだここ。などと思うのもおこがましいと瞼を閉じる優星。誰がどれで駐車スペースですらすべてが守秘義務。いちいち疑問に思っては身が持たない。


 そう思いながら迷いなく進む四十物に着いて行く蟹。いつの間にか西田メンバーが隣にいた。


 幾つもの扉。幾つものシャッター。進むにつれ警備が二人、四人と増え、四十物のカード認証。顔認証、西田の指紋認証、優星の網膜認証、果ては極小の針による血液採取の生体認証。


 そこを通るすべての者が必要に駆られた。


(ホログラムによる認証……!? 国連の技術は進んでると周知の事実だが、気持ちの悪い程進みすぎている……)


 誰もが無言で歩く中、優星はそう思った。


 そして大きなシャッター式の扉が開き中へ入ると、


「ッ!?」


 優星の身体が一瞬強張った。


 連なるソファや扇状のソファ。カウンターから円卓まで揃い踏み。中は広い待合室と思わせる造り。既に到着していた同じ依頼を受けた者たちが各々のスタイルでくつろいでいた。


(彼はロシアの……。それに彼女はアメリカ、中国からフランスの実力者も居るのか……!? 流石は攻略者で富豪を築いた人たちだ。身に纏う空気が違う……)


 一人一人と目が合う優星。その度に確か名前は――と思考する。


「あ、サークル長! ここに居たんですねー!」


「ッ」


 ドラ〇エの移動の様に西田の後ろを歩いていた優星は驚いた。頻りに誰かを探し回っていた西田が急に声を大きくしトコトコと歩き出したからだ。


「……信彦か」


「相変わらずの無頓着な物言いですねー。海外勤めで疲れてるのは分かるんですけど、少しは部下に気の利いた言葉かけて下さいよ」


「……フン」


 二人のやり取りを静かに傍観していた蟹。ここで西田が優星に肩を組んできた。


「紹介しますね! こいつはダチの不動 優星。サークル・ファイブドラゴンのサークル長なんですよ!」


 西田の紹介に焦る事もせず、ヤマトサークルのおさを見る。それは向こうも同じく慧眼けいがんを光らせ優星の本質を見抜く勢いだった。


「……報告書で散見したのと、噂には聞いている。なんでもゴールドルーラーと言葉を交わし、あまつさえマーメイドヴァッサルと交戦し生き延びた強者だとも」


 淡々と語られる凛とした声質。実力者たちが一堂に集うこの場で最もが違う彼女の言葉。それを皮切りに訝しげに優星を睨む幾つもの視線が驚愕に変わる。


「私は――」


「ヤマトサークルの立役者。大和 撫子さん……。日本中、世界中で貴女を知らない攻略者は居ない」


「……」


 大和 撫子。


 彗星の如く現れた攻略者。その慧眼と類稀な戦闘センスで、立ち上げたばかりのヤマトサークルを日本一に押し上げた実力者。


 高身長に加え容姿端麗で長いポニーテールが特徴。前述した通り抜群の戦闘センスが光る女傑じょけつだが、プライベートの一切が謎に包まれた人物でもある。


「改めて。俺はサークル・ファイブドラゴンの長をしています、不動 優星です」


 スッと差し出した手。


 吊り目気味な目が差し出された手に移ると、少し間があったが己も手を差し出した。


「よろしくお願いします。良い縁だといいですね」


「……期待している」


 傍観する他の実力者たち。どうにかヤマトサークルという太いパイプを通したいと思う彼彼女らだが、おいそれと近寄りがたい雰囲気が撫子から感じるのだった。


 だが彼は内心驚いていた。


(値踏みしてる奴とか純粋な好意を持った奴でも握手しないサークル長が自分から握手かよ……。一応俺のダチって事で紹介したが、優星の地力はサークル長のお眼鏡に適ったって事か……!)


 撫子の慧眼。生物の力が分るとされ、その瞳にはスキルが宿っているとも魔術が施されているとも言われている。


 自分の力を振り回していた西田を見抜いたのも、慧眼によるものだとの噂も。


 握手し手を離すと、四十物含む黒服が集結。何事かと全員が目を配った。


 四十物が口を開く。


「皆さん。今からまた移動ですが、より気を引き締め万全な態勢でお願いします。再三忠告していますが、これから起こる事、見聞きする事、ドリンクを飲んでるとは言え一切の他言は無用です。あと、スマホで文字打って伝えようとしても無駄だと今伝えておきます」


 彼女の声がよく通る。


「……察しの良い皆さんですから相手が何者か見当がついているはず。最悪の場合、戦闘に突入する可能性も考えられます。ですので、くれぐれも護衛対象を守り抜いてください」


 今まで通ったどの扉よりも厳重な扉――門が開く。


 軍隊蟻の一匹よろしく攻略者たちの先頭を歩いてしまった優星と撫子、西田。どことなく重い足取りを感じるのは、マス目状のデジタル風に見える広いこの空間のせいだとこじつけた。


 戦闘員でない黒服の四十物たちは部屋に入ることなく待機。


 あらかじめ伝達された陣形に広がる攻略者たち。


 位置に着くと、門の外からコツコツとヒールの音を響かせて歩いて来る人物が一人。


(……護衛対象か)


 四十物たちと同じ黒服。


 黒髪。


 そしてサングラス。


 何者か不明だが、護衛対象を始めて見た攻略者はハッキリと分かった。


 ――強い。


 細身にも関わらず、身に纏うはち切れんばかりのオーラ。実際にはオーラではないが、護衛対象の周りが歪んで見える程の気が発せられていた。


 先頭の攻略者より一歩二歩進んだ所で立ち止まる護衛対象。


 そして現れる、金色の空間。


(これは!?)


 優星が見間違うはずもない既視感有る黄金色。護衛対象の彼女を待っていたかのように現れたそれは、ただそこに在るだけで西田の額を、優星の背中に汗を流させた。


 否。正確にはポニーテールの彼女以外の攻略者が汗を、もしくは脂汗をかき、緊張感を震える手で表していた。


 誰かが息を飲み、顎に伝った汗が床に落ちた瞬間だった。


 金色の空間から黄金の籠手が現れ、指を折り曲げて親指を立てた。


「――チッチキチーやでぇ」


「――――――――」


 冷たい風がこの場に吹く。


 主に日本の関西でしか伝わらない謎の呪文。それを聞いた優星は思った。


(……?)


 聞いた事のある声。そしてギリギリ分かる芸風。なんとか冷静を保つ優星と日本人組みだったが、他の攻略者は謎が謎を呼び混乱。一気に汗が噴き出した。


「これ爆笑必須の芸だろ? お前ら緊張しすぎだろ~」


 何事も無く金色の空間から出てくる存在――黄金君主ゴールドルーラーエルドラド。


 出てきた瞬間黄金の丸机と椅子を出現させ腰かけたエルドラド。黄金の杯に液体を入れると同時に、黄金の空間から白の存在が現れた。


「皆さま、今日はお手柔らかにお願いします」


 礼儀正しいお辞儀。


 得物の槍に体重を乗せる西田。成り行きを見守る。


 エルドラドが杯を傾けながら辺りを物色するように見渡す。


「見知った顔も居る様だが、この空間が俺たちを殺せる特別製って事が怖い要素だな」


「エルドラド様。国連を刺激する文言は控える様にお願いします」


「だって事実だろうが? 死地に飛び込んだと思ったら雁首揃えて待ち構えてやがる。文句の一つ言っても許されるだろ?」


 ――なぁ、ティアーウロング。


 金の空間から黒い霧が漏れ出すと、奴は現れた。


 深く被ったフード。床に着くコート。共に黒。しかし黄金の装飾が奴の存在を際立たせた。


(……やっぱ来たか!!)


 西田、歓喜。


 続く武神の姿が現れた。


(やはりな……)


 優星、慟哭。


 誰もが息を飲んだ。


 攻略者のメッセージ画面に名前が出る。


黄金君主ゴールドルーラーエルドラド』


「どいつもこいつもしけた面だなぁ」


虚無家臣ヴァニティーヴァッサル■■■』


「私共に敵意はありません」


幻霊家臣ファントムヴァッサル黄龍仙』


「……」


幻霊君主ファントムルーラーティアーウロング』


「――」


 あまりにも異質な集団。しかしと敵意は無いのは本当なんだと西田は思った。初めて目にした時の幻霊君主。あの時の恐怖感を感じないからだった。


「よっと」


「!?」


 唐突に黄金の兜を脱いだエルドラド。褐色肌で小皺がある人間体の顔が露わになった。


「ッま! 一応和平交渉の場なんだ。先んじて俺は顔を見せるよ」


 少ししか会話しなかった優星だったが、エルドラドの行動に驚くもどこか納得した気持ちが湧いた。


 エルドラドの歩み寄りに応える様に、優星に背中を見せる護衛対象が黒いサングラスを手に取り、胸ポケットにそっと入れた。


 ――――ッ


(?)


 幻霊君主の身体が一瞬動いた。いや錯覚かと西田は疑心の眼を向ける。


「そうそう! 対話ってのはお互いの顔を見合ってするものだ。そうだろ? 俺たちとの和平交渉に来た国連代表の末席に並ぶ――」


 ――――花房 有栖。


「……相変わらず口数が多いわね」


 和平への道が開かれる。

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