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第127話 チュートリアル:陽があり陰があり

 ――クリスマス。


 ジョ○ョ七部では「死後、最低でも2度以上の奇跡を起こした人物」とされる、かの聖人が降誕した日。


 もっとも、聖書にはかの者の降誕の記述は無いとされ、後世の人々が教典を広く広めるために設定したとも考えられている。


 熱心な教徒は素晴らしい日だと家族と共に祝い、感謝する。


 しかし、こと無信教の多い我々日本人は熱心な教徒と同じく祝い、親愛する者にプレゼントを贈り、家族や恋人、友人と過ごしそれにあやかる。


 今日こんにちは二十四日のイブ。


 休日ともあって繁華街には多くの人が往来。寒空の下、カップルが同じポケットの中に手を繋いで温め合い、同じく手をつなぐ親子が白い息を吐いて笑顔で歩く。


 独り身の者、サンタ服を着てケーキを売る者。皆等しく、東京では珍しい粉雪を被っていた。


「――ほぉー」


 待ち合わせ場所で有名な名所。誰かと待ち合わせをしている数人の中に、妙に逆立った髪型をした人物が手のひらに息を吹きかけて寒さを和らいでいた。


「おまたせ、優星」


「いや、俺も今来た所だ」


 不動 優星――チームファイブドラゴンのリーダーであり、同じ攻略者でサークルのメンバーである今し方歩いて来た十六夜 アキラの恋人である。


 二人は腕を絡ませ繋いだ手を優星のポケットに締まった。


 同じ様に手をつないで歩くカップルがチラホラ。その中の一つだと特別視されない二人。


「ッハハ、ゲームでインチキを疑うのは黒鵜クロウらしいな」


「荷解きも終わって無いのに二人はずっとゲームしてそれよ? しかも惹句ジャックはずっと高級豆のコーヒー飲んでるし……。少しは真面目な流美ルミを見習ってほしいわ」


 歩きながら談笑する。


「……少し元気取り戻した?」


「え?」


「ほら、最近悩みがあるみたいにずっと暗かったから……」


「……そうか。俺は暗かったか。……心配かけたな」


「うん……」


 心配そうに見つめてくるアキラに対し、優星は申し訳なさと気遣いをされた有難みを顔に出す。


 何んとなく事情を察しているアキラは、暗い顔をしている優星を助けたかったが、時間が解決するものだと見守る事しかなく歯がゆい気持ちだった。


 しかし今日の優星は明るく、どこか吹っ切れた顔を見せた。肌を重ねた自分だけではなく、サークルメンバー全員が優星を気にかけた結果だった。


「でぇ? 今日はイブで特別な日だけどぉ、今年のプレゼントは何かなー」


 通行人に邪魔にならない所で立ち止まった二人。小さく舌を出しいたずら顔で優星に問いただしたアキラ。


「ッ」


 優星の視線がそっぽを向く。


 アキラは知っていた。


 この仕草は恥ずかしがっている仕草だと。


 そしておもむろに胸ポケットをまさぐる赤面の優星。


 取り出したのは、小さな箱だった。


「ちょちょッ!? え、今あ!? え!! まだ心の準備がッッ!?」


 あからさまに戸惑うアキラ。赤面し、その小さな箱に揺れる瞳が一点集中。今まさに、彼女の人生最大の分岐点が――


「――俺と住まないか! 同棲しよう!!」


「よろしくお願いします――え」


 頭を下げたアキラだったが、開けられた小さな箱には思っていた物と明らかに形状が違う物があった。


 鍵だった。


「……」


「……」


 方や期待を込めた視線。


 方や嬉しくも落胆を孕ませる視線。


 両者何も言わぬが、それはそれとして深く溜息をついたアキラ。


「はぁ……。優星、あなたってホント誠意があると言うか……」


「絆がある……」


「……わかった。一緒に住もっか」


「アキラ――」


 はにかむアキラに、優星は抱き着いた。


 そして、その光景を遠くで見ていた者がいた。


「リア充死ね」


 ヤマトサークル所属。西田 信彦。登場。


「こんな日に虚しい事言わんでくださいよー。それって負け犬の遠吠えー。ただでさえ寒いのに独り身だって思い知らされて更に寒くなってんスから」


「言うなミッチー! 俺たちには掲示板のみんなが居るだろ!」


 サンタ姿の西田メンバー。隣にはトナカイ姿の三井が。


 ここはヤマトサークルが抱える公式グッズ販売店。


 入団試験が厳しく人手不足なヤマトサークル。地域貢献も兼ねた格安オリジナルケーキを販売。その販売員に二人があてがわれた。


 嫉妬の怒りを纏う西田サンタ。余りにも近寄りがたい空気に客足は遠のくばかり。


(グヌヌ! 部屋でぬくぬくネットのみんなと一緒にクリスマスを楽しむ予定だったのにッ!!)


 全盛期と比べると今では下火になっている動画サイト。このクリスマスの次期にランキングに上がるのはクリスマス動画だ。しかもそれは悲しきかな。クリスマスの日が報われないアニメの切り抜き。


 流れる新しいコメントを拝見し、共に孤独なクリスマスを過ごしていると感じる事が、西田の涙を止めていた。

 しかしそれは人手不足により叶わぬ悲しき夢。


 故に西田メンバーが怒りを覚えるのは仕方のない事なのだ。


「金と知名度はあるのに何でモテないんスかねーノブさん」


「俺が聞きてぇよ……!」


 キレるサンタに足を組んでやる気なしのトナカイ。


「財布は暖かいのに隣は寂しいんスね~。何でなんスか?」


「お前俺の事バカにしすぎだろ」


 西田 信彦はモテない。


 この男。攻略者として成功した部類であり知名度も高く顔も悪くなく、金銭も同年代にしてはかなり持っている方だ。しかしモテない。故に、西田は大人のお店で文字通り階段を上がる始末。


(俺にはきっと、運命の人が待ってるんだ)


 そう思う事で、一人マスをかいて生きている。


「はぁ……。ブロンドの髪にチャーミングな瞳。程よい大きさの胸にケツがデカい女は居ないのかなぁ……」


「虎杖と東堂もそこまで求めて無いッスよ……」


「俺のこと全肯定してくれて甘えさせてくれる、バブみを感じさせてくれる二次元のママみたいな人は居ないのかなぁ……」


「……こりゃダメだ」


 下を向いて溜息を吐く西田と夕暮れを仰いだ三井。


 その目の前を通り過ぎるカップルが居た。


「――でさー、パパとママが私より進太郎を心配したんだよ? 酷くない? 娘として物申したいわけよ!」


「まこと姉ちゃんって昔からおてんば娘だったからかな。今も昔も、俺が大きくなろうとおじさんたちの目にはひよっこに見えるんだって」


「小さい頃は私の後ろによく着いて来たこと。体弱かったのに、今じゃこんなに大きくなって……」


「ぎゅ、牛乳死ぬほど飲んだから……」


 進太郎の肩をバシバシと叩く姉貴分。見る人が見れば、自分より大きくなった弟に感傷を感じる姉と言ったところか。


 しかし、実際は血の繋がりのない男女。特徴的な眉をハノ字にする彼とは反対に、目を細くして笑う彼女。


 手を絡め合う二人はこの場に遜色ないまごう事なきカップルだった。


「……うーむ」


「な、なに?」


 まことが進太郎を睨む。それは疑いの視線だ。


「なんか表情が硬い」


「い、いや? そんなこと、無い」


「……まさか緊張してる?」


「ッ!?」


「あ! 当たり? やっぱ緊張してんだー!」


 図星だと表情に表した進太郎だが、笑顔の彼女に苦し紛れの反論した。


「は、初めてのクリスマスだし! その、恋人としての……! そりゃまぁ、緊張するって言うか……」


 そう言った進太郎。握る手に汗がじんわりと滲み出るのであった。


 それを感じ取りながらも頬を染める進太郎を見るまこと。あの小さかった弟分がここまで大きくなり、あまつさえ恋人として隣にいる。


 彼女は口を緩ましてこう言った。


「かわいいとこあんじゃん……」


「ぅ」


「まぁ知ってたけどね! アハハ!」


「――ッ。からかうところはホント変わらないなぁ」


 姉弟の様に笑い合う二人。


 その二人が繁華街の人混みへ消えていく中、同じ通りの最端で無言のカップルが慣れた歩幅で歩いていた。


「……」


「……ッ……」


 同じ赤色のマフラーをした美男美女のカップル。二人ともモデルをしていてもおかしくない顔とスタイル。


 その二人がこの賑わいの影になりたいと、息を殺して歩いている。


 少し広い裏路地にて立ち止まる彼氏。それに気づき立ち止まる彼女。


「……その、今週は女の子の週だろ。蕾の身体が一番……。俺のわがままに付き合う事ないって」


「……」


「俺そういうの詳しく無いけどさ、更に辛くなるかもだし、大事にしたいて思って――」


 大吾の言葉が止まる。


 不意に接吻をされたからだ。


「――ん」


 濡れた瞳。


 濡れた唇。


「今日は大吾くんのわがままじゃない。私のわがままなの」


「つぼみ……」


「だから、ね……」


「――――」


 二人は歩を進める。


 そして場所は繁華街へ戻り、カラオケ店。


「広 が る プ ラ ズ マ ウ! ウ! ウルフのーマークあ! ――」


 花房 萌。渾身の歌唱。


 これにはJ9たちも親指を下にする称賛。


「キャーカッコイイ!!」


「なんてすーごいハニハニ!♪」


 悲しきかな。烈風散華。


「だいじょーぶよ! 私は最強ー♪」


「イエーイ!」


 最強なウタ。


 昼食を取り、アミューズメント施設を回り、カラオケで二人きり。頻りに歌いさて夜も更けてきたところで待望のプレゼント交換。


「わぁあああ!! これディオールじゃん!! いいのコレ!!」


「もちろん。正直俺ってセンス無いからさ、瀬那の好きな色を基準に店員さんに選んでもらったけど正解な様で」


「ヤバイめっちゃ嬉しい!! 萌だぁい好き!! チュ!」


(んほおおおおお!!)


 頬にキスされた萌。心の中でアへ顔する。


「おお! マフラーか! 質感と手触りが良い……」


「古いマフラーしか持ってないって言ってたし、ちょうどいいかなぁて」


「ありがとう瀬那! これで南極まで行ける!!」


「アハハ! 大げさだってー」


 カラオケ店から出る二人。


 萌の首にはプレゼントのマフラーが。腕を絡ませ歩く二人。


 このままイルミネーションでも見に行こうとした萌だが、不意に瀬那が寄りかかる。


「どしたの。行きたい所ある?」


「……うん」


 考える萌。まだ時間には余裕があると思い、どこに行きたいんだと瀬那に聞いた。


 そして顔を赤らめた瀬那はこう言った。


「萌の部屋……」


「……そっか」


 萌の鼓動が早くなる。

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