天井が無く、ずっと上は暗黒。壁には緩やかに流れる水。上から流れる水は黒と青のコントラスト。下に流れるにつれ青に変わる。
床も水たまりが敷き詰められ、排水の概念がなく、一定の水量を保っている。
浮遊する実体のない篝火。無数にあるそれが辺りを明るく照らしている。
流れる水の音、篝火が爆ぜる音、どことなく聞こえてくるハープの音が幻想的だ。
果てしなく広いここは俺の領域――ファントム・ディビジョン。
ここは
「……」
俺の目の前には、人ほどにもある石碑。壁に流れる水が絶えず石碑を濡らし、瑞々しさを欠かすことは無い。
石碑には羽ばたく朱雀が彫られている。
「……彼女は。
「……」
顕現した姿でフードを脱ぎ、黒い霧を手に集めて幾つもの黒い花を石碑に置いた。
「疑いとか変な勘ぐり捨ててさ、さっさと
「……」
そう。和平交渉の最中に攻撃を受け、俺の身代わりとなって彼女は死んだ。
あの後、ホンさんを破壊した男性に触れようとした時、俺は護衛の攻略者たちに攻撃を受けた。
斬撃から砲撃、魔法に呪術。あらゆる攻撃を浴びせられたけど、いざ攻撃が止み破壊の煙から無傷の俺が現れるとさらに攻略者たちは混乱した。
もちろん、冷静な視線を持っている見知った攻略者たちは直ぐに攻撃を止めようとしたけど、錯乱状態の人が多すぎて再び攻撃が発生。今度はエルドラドと宰相にも凶刃が振られた。
攻略者たちは混乱し、エルドラドと宰相は戦闘の意志は無いと無抵抗で攻撃を受ける。そして攻略者たちの暴走を止めようとした優星さんと西田さん、
この中でいたって冷静なのが黄龍仙になったリャンリャンと、日本人最強の女性、大和 撫子さんの二人だけだった
圧倒的な防御力で攻撃を物ともしない黄龍仙はホンさんの亡骸をそっと回収。
撫子さんは荒れ狂う攻撃の嵐の余波が母さんに当たらない様に、日本刀で攻撃を捌いていた。
流石に現状ではとても話し合いなどできるはずも無く。
俺たちはおめおめと撤退した。
白鎧含む君主たちに和平交渉の決裂を言い渡し、次なる選択肢を決める会議が進む中、俺たちに気を利かせた白鎧は幻霊の欠席を容認。そんな中、宰相が話しかけてきたのが自分のディビジョンに戻る時だった。
「ティアーウロング様。国連が用意した弾丸は特殊な物でした。……ホン様の蘇生は不可能です。……もっとも、幻霊の貴方には不要な言葉でしたね」
そう。ホンさんの蘇生はおろか、ファントム・シンセサイズによる家臣化も不可能だった。ホンさんの
「君たち人間は破滅願望の塊か? こりゃほおっておいても勝手に自滅するな」
ライダーシステムの音声と似てる渋い声でエルドラドはそう言って、何処かへ行ってしまった。
そして現在。俺は白鎧に命名された事でディビジョンを操作できるようになり、マイクラ初心者と言わんばかりの豆腐ハウス、それと石碑を作ってホンさんの亡骸を埋葬した。
「――私含め、あの場のほぼ全員が凶弾に気付かなかっタ」
「……」
「しかしホンだけは気づいた。撃たれた大哥よりも早く、光に気付いた私よりも早ク」
細目のリャンリャンが語る。
「私の過ちは、ホンの鋼鉄の体なら撃たれても問題ないと思った慢心ダ。……家臣の私が盾になっていたらと、……後悔してもしきれないヨ」
阿鼻叫喚。様々な攻撃を受けながらも微動だにしなかったリャンリャン。
破壊されたホンさんを見下ろし、守っていたのは、きっと自分への叱咤。ホンさんへの贖罪で胸が痛かったのだろう。
「……俺ってさ、まだ十七のクソガキだけどさ。……これほどに後悔したあやまちはウルアーラさん以来だ……」
「大哥……」
ホンさんは一生懸命だった。俺に認められたくて嘘偽りなく事情も話してくれた。……正直、雀姿のが馴染みあったし、リャンリャンに至っては人間体のホンさんに同族意識を持っていた。俺より辛いはずだ。
「俺の家臣になりたかったホンさん。せめて、ファントム・ディビジョンで眠ってくれ」
後悔してもしきれない。
「で? 試験の手ごたえはどうだったよ」
「お陰様で何とか赤点は免れそうです。これも梶 大吾様のおかげです!」
「ッハッハー! よきにはからうのだ!」
「謹んで焼肉をごちそうします!」
時が経つのは早いもので十二月も中盤。期末試験が終わりもうすぐ終業式。赤点の生徒は補習もあるけど、俺は大吾の助けもあって何とか赤点は免れそうだ。
「でも途中から萌ちゃん元気無くなったじゃん。集中力も散漫になってたし」
「色々と多感なお年頃なのよ~」
今日は男二人で帰り道。瀬那はクラスの女子たちと遊びに行った。
「俺にも悩みがあるんだよ」
「……溜ってんならお瀬那さんにお願いしてみろよ」
「余計なお世話じゃい!」
交渉決裂やあの場にいた優星さんの事、国連の背景、そして母さんの事。
文字通り二人にそれとなく休日は何してたのかとスマホで聞いてもはぐらかされたし、国連の連中がー異世界がーとかもうパンク状態。事情に詳しいエルドラドと宰相に聞いても、
「全部教えても萌くんにどうこうできる事じゃないし、とりあえず国連の闇は深いって思っとけ」
「現地の民であるティアーウロング様には刺激が強いかと……」
ってはぐらかされる始末。
試験も迫る俺にはうじうじ悩む時間は無く、いろんな悩みをクソと小便でズルズルして気持ちがいい! って言ってるトイレに諸共流した。
「で? もうすぐクリスマスだろ。どんな予定だよ」
そう。ニヤニヤした顔で聞いたきた大吾の言う通り、もうすぐクリスマス。しかも二十三日に終業式からの二十四のイブは土曜日の大本命。そして日曜日のクリスマスはゆっくり過ごす形だ。
「イブはカラオケ行ってやらディナーいったりとか。日曜日は夜にイルミネーション見に行くかなぁ」
「……なんか普通だな」
「普通が一番だろぉー。そういう大吾はどうなんだよ」
「俺か?」
方眉を器用に上げ考える顔。それがどんどん緩く崩れていき、そして――
「――ぐっへっへっへへへ!」
鼻の下を伸ばしたキモイ顔でこれまたキモイ声が大吾から発せられた。
そして俺はこう言った。
「――性夜の夜か」
大吾はイケメンフェイスに戻りこう言った。
「性夜の夜だ――」
俺たちピカピカ――いや元気ギンギンなフレッシュ高校生。イケメンで成績もよく運動神経抜群な梶 大吾も所詮は性欲の権化。盛りのついた猿。
――諦めませんやるまでは――
これには性の喜びおじさんもおもわず笑顔。
「エロ河童!」
「フ、俺は喜びを知ってしまったからな……」
どこか遠くを見る大吾。その綺麗な横顔をぶん殴りてくなったのは仕方のない事だろ。
「クックック。俺は貴様と違い高校生に在るべき姿の清廉潔白なお付き合い! 精々キンタマに巻き付けた鈴の音でサンタさんを呼ぼ寄せる事だな」
「シャンシャンシャン! ってか! ……その発想ドン引きだわ」
「途中までノッておいて急に冷静になるな!?」
「……でもそれはひとしおかも知れない」
「……ドン引きだわ」
猥談を続けて帰路した。