「ご機嫌よう、レーキ・ノモ様、ジョウジ・シキン様」
白銀の妖精が微笑んでいた。
綺麗なカーテシーを披露するウェルシェの周囲の空間だけキラキラしいエフェクトでもあるようだ。なんとも幻想的な美少女である。
そんな絶世の美姫に二人は惚けたように魅入ってしまった。
「だから実際に目に見える猛獣を恐れるのですわ」
だが、その愛らしい唇の間から出た内容は現実的な内容で、自分達の会話の真意を読んだ鋭い言葉をウェルシェから投げかけられて二人は我に返った。
(誰だ、グロラッハ嬢を柔和な姫と噂したのは)
(これは見た目に騙されてはダメだ)
レーキとジョウジは目配せして頷き合った。
「これはウェルシェ嬢、我らのような爪弾き者に何の御用でしょう?」
「レーキも私もオーウェン殿下の不興を買った身ですので、我らに関わるのは御身の為にはなりませんよ」
ウェルシェが何を目論んでいるのか分からず二人は警戒をしたが、ウェルシェはまったく意に介した様子もない。
「隆盛の者への媚びはすぐに忘れられ、苦境の者への援助はいつか我が身に返ってくると思いますの」
レーキとジョウジの背筋に冷たいものが走った。
「それが
つまり、ウェルシェはレーキとジョウジに恩を最大限で売りたいと言っており、二人はそれを正確に読み取ったのである。
「私とレーキを伏竜鳳雛とは畏れ入ります」
「ですが、それはウェルシェ嬢の買い被りですよ」
「学園きっての俊英と名高いレーキ様と名高きシキン家の嫡男であるジョウジ様と親交を結びたいと思うのは少しも不思議ではありませんわ」
人畜無害そうな令嬢に見えるウェルシェのニコニコとした笑いの下に
「そう言えば先程は面白いお話をされておられましたね」
二人はぎくりとした。
先程まで王家への反逆ともとられかねない話題をしていた自覚はある。どこまで会話を聞かれていたか二人は冷汗を流した。
「オーウェン殿下が王者の資質だとか」
「え、ええ、早計なところもありますがオーウェン殿下には決断力があります」
まだオーウェンに救いがあるとレーキは考えている。
「ご自分達を冷遇した主人への不満はないのですか?」
「私も未熟の身なれば完全に思うところが無いとはもせませんが、殿下はまだ十代なのです。軽々な判断は若気の至りと水に流せましょう」
「私もレーキの意見に賛成です。殿下には人を率いる王威が備わっております」
「さすがレーキ様とジョウジ様ですわ」
二人の真摯な訴えにウェルシェは相槌を打った。
「ご自分の境遇よりも国を憂う正に忠臣。私もオーウェン殿下にはつつがなく王位を継いでいただきたいと思っておりますの」
「ですが、今の殿下は……」
「それに、私もレーキも殿下の機嫌を損ねてしまって」
今のオーウェンが王となれば国は乱れるだろう。だが、その時二人は
「オーウェン殿下の側近になれないから自分達には何もできないと仰いますの?」
ところが苦虫を嚙み潰したような顔で無念を訴える二人に、ウェルシェは鋭く切り込んできた。
「本当にもう何もできないとお思いですの?」
それは甘えるなと叱咤されているように二人には思えた。
「手をこまねいていれば苦しむのは力の無い臣民なのです。力ある者が最初から諦めて何もしないのは罪です」
「で、ですが、私もジョウジもオーウェン殿下に具申できる立場ではなくなっております」
「もう我々にはどうすれば良いか……」
「将来の国王たる者の側近だけが道ではありませんわ。むしろ、一歩引いた位置からの方が見えるもの、出来る事があるのではありませんの?」
二人はハッとウェルシェを見た。だが、ウェルシェはにこりと笑って一礼すると踵を返した。
「お二方にまだ国を正していく気概がおありなら、私の助けになってくださると嬉しいですわ」
それだけ言い残して振り返ることなくウェルシェは立ち去った。
「最後の言葉の意味は何だと思う?」
残された二人はしばし無言であったが、その背中が見えなくなったところでジョウジが呟いた。
「おそらく俺達を自陣に勧誘しているんだろうな」
「やっぱりそうだよね……」
「俺は貴族の勢力争いには興味は無い」
「シキン家の者としても貴族の派閥に入るのは本意ではないよ」
二人は国を良くしたいのであって、貴族の派閥争いには加わりたくはない。だから、国の中枢で手腕を振るいたかったのだ。
「だけどウェルシェ嬢の指摘通り僕らにできるのは外部から圧力を掛けるだけだ」
「ならば誰の下につくかが問題だな」
「戴くべき主人をきちんと見定める必要がありそうだね」
「ジョウジは彼女をどう見た?」
「驚いたよ。どうやら僕らはまったくの見当違いをしていたようだね」
ウェルシェは完全に周囲を欺いていたと二人にはもう分かっている。
「彼女には見識の深さ、洞察力、機に敏であり先見の明もある。何よりそれを包み隠す思慮深さ……」
「あれで本当にまだ15歳なのか?」
「レーキはどうするつもりだい?」
そう聞いたもののジョウジには既にその答えが分かっていた。
「このまま
「それが僕らの家のみならず国の行く末にも一番いいだろうね」
ジョウジはふっと笑った。
「それに、僕は次期王妃になる人物はイーリヤ嬢ではないような気がしてきたよ」
「奇遇だな。俺もそんな気がしていたところだ」
二人には他の者とは違う未来の王国の体制が見えていた……