王都の東に位置する王城の中には
そこでは社交界で知られた夫人達が集う恒例の
主催者の王妃オルメリアと側妃エレオノーラである。
「今日の会にはウェルシェを招いているのよ」
二児の母であるオルメリアは歳を感じさせない美しい笑貌を隣に座る側妃エレオノーラに向けた。
「まあ! それは本当?」
エレオノーラはまあっと花の咲くような笑顔を見せた。海を思わせる鮮やかな青い髪と瞳を持つ彼女の容貌は、国王の寵愛を受けるだけあってとても愛らしい。
「エーリックったら滅多に
そう言ってぷくりとムクれるエレオノーラには、十代の息子がいるとは思えぬあどけない可愛らしさがある。
「メリー様が羨ましいわ。妃教育で
メリーはオルメリアの愛称で、国王以外ではエレオノーラしか呼ぶのを許されていない。逆にオルメリアはエレオノーラをエレンと呼んでいる。
「そんな良いものでもないわ。あの
エレオノーラの幼い仕草にオルメリアは苦笑いした。
「今日だって参加を断られているしね」
「まあ! 若い子にとっておばさんとのお茶会は煙たいものなのね」
おどけたエレオノーラの笑いとは対照的にオルメリアの顔は少し曇った。
「そうかもしれないわね」
イーリヤは妃教育以外では絶対に王城を訪れない。本来なら王妃の誘いを断るなど論外なのだが、今のところオルメリアは彼女の無礼を黙認している。
いや、黙認せざるを得ないと言った方が正しい。
オーウェンとイーリヤの婚約が現在かなり微妙な状態になっているせいだ。
もともと
有力なニルゲ公爵をオーウェンの後ろ盾とするのも理由の一つであったが、優秀で誠実そうなイーリヤなら王妃として申し分ないとも考えたからである。
イーリヤなら将来オーウェンが国王になった時に王妃として立派に支えてくれるだろうと確信をもって婚約の打診をした。
ところが、婚約話を持っていくとニルゲ公爵とイーリヤは難色を示した。
ニルゲ公爵家はマルトニア王国で国王に次ぐ力を有しており、良識あるニルゲ公爵としては王妃を輩出して更に権力が集中するのを嫌ったのである。
あまりに強い力は国を乱しかねないし、周囲からの
ニルゲ公爵の気持ちはオルメリアにも分からないでもない。
問題はイーリヤである。彼女は何故か最初からオーウェンとの婚約話には乗り気ではなかったのだ。
お陰でこの婚約を成立させるのにオルメリアはだいぶん苦労させられたのである。
最終的には色々な条件を結ばされて婚約を漕ぎ着けた。
だが、おかしな事に条件の内容は違反事項とその時の婚約解消に関するものだけ。とてもニルゲ公爵家に富や権勢を産むものではなかった。
当時は婚約を結ぶのに必死だったし、ニルゲ公爵も富と権力を欲してはいなかったので、オルメリアはあまり気に留めてはいなかったのだが……
しかし、この条件のせいでオーウェンとイーリヤの婚約は破綻しそうになっていた。
(まさかオーウェンが浮気するなんて)
学園でオーウェンが男爵令嬢を囲っているとオルメリアの耳にも入ってきている。それ自体も問題ではあるが、それ以上に
既にニルゲ公爵からは再三の婚約解消要請がきている。
なんとか宥めすかして婚約を維持しているのが現状だ。
(イーリヤはこうなると分かっていたのかしら?)
婚約にあたりやたらと浮気の条項が組み込まれていたと今にして思うと不思議でならない。
まあ、そこら辺は常識の範囲内だろうと、その時は特に気にも留めていなかったのだが……
このままではオーウェンとイーリヤの婚約は破局を迎える。
(だけどオーウェンはいくら説得してもイーリヤが悪いの一点張りなのよね)
当然、オーウェンの行状を
(
イーリヤとの婚約が解消されればニルゲ公爵を敵に回してオーウェンの立太子は難しくなる。
(暗愚の様相が見える者を国主にするわけには……)
オルメリアは一人の母として息子を愛してはいたが、それ以上に国母としての意識が強い女性だ。とても今のオーウェンを国王に据える気にはなれない。
(せめて近侍として選んだ子弟達が臣下としてあの子を支えてくれれば救いはあるけど)
学園で最も優秀なレーキ・ノモやシキン家の嫡男など優秀な面々を登用してオーウェンの側につけたのはオルメリアである。
オーウェン自身に国王としての能力が乏しくとも彼らが盛り立ててくれれば救いはあるはず。
「それでもオーウェンが愚かな振る舞いを改めないなら……」
王位継承権の剥奪もやむなしかとオルメリアは暗い想像にため息を漏らしたのだった。