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第35話 その論争、ただの兄弟ゲンカじゃありませんか?

「エーリック、そなたの言い分をたずねたい」


 オルメリアの指名を受け、エーリックは居住まいを正して前に出た。


「……忌憚きたんの無い発言をお許しいただけますでしょうか?」

「許します。存分に意見を述べなさい」


 オルメリアは当然とばかり頷き発言を促した。


「まず、ウェル……グロラッハ嬢との婚約について兄上が指摘された事についてですが――」


 エーリックは言質を取るとオーウェンの世迷い言を論破しにかかった。


「私が母エレオノーラに懇請した事実はございません。この婚約は王妃殿下からの薦めであるのは周知の事実です」


 エーリックの言葉に国王、王妃だけではなく周囲の者達も頷く。


「それに、グロラッハ嬢とはお見合いの場で初めて顔を合わせたのです。兄上が糾弾された横恋慕などありようはずがありません」

「なるほど……」


 オルメリアが相槌を打ってくれてエーリックは内心でホッと安堵のため息を吐いた。このような論争ではもっと婉曲な表現をしなければならないのが貴族の世界。


「次に王族に逆らえずグロラッハ嬢が婚約を承諾したとの話ですが――」


 だが、オーウェンが直接的に難詰してきた以上は、エーリックもそれに応じなければならないと判断したのだ。だから、はっきりとオーウェンを批判した。


「それを言ってしまえば私は誰とも婚約できなくなってしまいます」

「その通りですね」


 王妃の同意に周囲の者達も自然と首肯している。誰もがエーリックの発言の方を支持しているのは明白で、オーウェンはジリジリと焦り始めた。


「それにグロラッハ嬢は私との婚約を快諾してくれました」

「だから、それはグロラッハ嬢が貴様に逆らえず――」

「黙りなさい。今はエーリックが陳述する場です」

「ぐっ!」


 エーリックに食ってかかろうとしたがオルメリアにたしなめられ、オーウェンは口をつぐんで拳を握り締めた。


「続けなさい」

「感謝いたします」


 実の息子の暴走をオルメリアが止めてくれたのでエーリックは心から謝意を示した。


「私はグロラッハ嬢と良好な関係を築いて参りました。ところが、学園に入学してから貴族子息達が彼女に付き纏い始めたのです……」


 エーリックは学園でウェルシェが悩まされている男性被害について詳細を説明した。


「子弟達は公衆の面前でさえ執拗に迫ってきたのですか?」

「はい」


 エーリックの話す内容にオルメリアのみならず皆が呆れた。


「そこで、私とグロラッハ嬢は対策を講じました」

「どのような内容か伺っても?」

「はい、校内では可能な限り共に行動する事にしました」

「良い判断だと思います」


 貴族社会において複数の男に言い寄られるのは、令嬢側に問題ありと評価される傾向がある。


 だから、ウェルシェは一人にならないように気をつけているし、最初から婚約者の存在を主張している。その上で校内でエーリックと一緒に行動イチャイチャしているのだから、オルメリアのみならずこの場の誰もが納得のきっちりした対応だ。


 ここまでしている女性を口説こうとすれば、さすがに男性側の常識モラルが疑われる。それだけにオルメリアはいぶかしんだ。


「それでも彼女に言い寄る不埒者は後を絶たなかったのですか?」

「一時は数こそ減りました。ところが一人執拗な者がおりまして……そのせいでいったん諦めた者達も再びグロラッハ嬢に求愛、求婚しだしたのです」

「呆れた……学園の風紀はそんなに乱れているのですか」


 これでは女性側がどんなに貞淑でも狼藉を働く者によって被害が出る可能性がある。オルメリアは学園の綱紀粛正にテコ入れする必要性を感じた。


「何分にもその執拗な御仁がケヴィン・セギュルでして――」

「黙って聞いていれば好き勝手に言いおって!!」


 エーリックの発言を遮ってオーウェンが怒声を上げた。


「元はと言えば貴様が横恋慕しなければ済んだ話だ!」

「ですから、それは言い掛かりだと申し上げたはずです!」


 普段は温厚で他者との衝突を避けてきたエーリックであったが、今回ばかりは大声を張り上げて応戦した。


「ウェルシェとの婚約には何の瑕疵かしもありません!」

「まだ言うかれ者め!」


 オーウェンは自分の考えに固執し己の正義に陶酔している。ゆえに、彼の中ではエーリックの発言は全て虚言なのだ。


「どうして言い訳ばかり並べ立てる。己の振る舞いを恥じ婚約を解消してグロラッハ嬢を自由にするんだ」


 オーウェンは物事を客観視できておらず、自分の視点が唯一正しいとしか考えていない。若者特有の視野狭窄であり、若さゆえの過ちとは誰しもが経験するものである。


 とは言え、その若さの弊害に翻弄される方は笑って許せるものではない。


「ふざけないでください!」


 エーリックは人生で初めて激怒した。


「僕とウェルシェをよく知りもしないで勝手な事ばかり」


 強く握り締めて白くなった拳がわなわな震えている。


「だいたいケヴィン先輩がウェルシェと出会ったのは入学後ではないですか。僕と彼女が婚約したのはずっと前ですよ!」


 その怒りは口調を取り繕うのも忘れさせるほどだ。


「横恋慕しているのはケヴィン先輩の方です!」


 無理もない。


 エーリックにとってウェルシェが全て。

 彼女との婚約は何にも勝る優先事項だ。


 それは彼にとって王位継承権よりも遥かに重要な案件なのである。


 ゆえに温厚なエーリックも最愛のウェルシェとの婚約に難癖をつけられて怒らないはずがないわけで、彼は絶賛激おこ中なのだ。


「ウェルシェだってケヴィン先輩に付き纏われて迷惑していると言っているんです!」

「黙れ! このうつけがッ!」

「――ッ!?」


 オーウェンの迫力に圧されてエーリックはぐっと息を飲んだ。


 努力家のエーリックであるが、王族としては威厳に欠けるところがある。男爵や子爵の息子と紹介された方がしっくりくるくらいだ。


 そういった意思薄弱な印象がエーリックにはあるし、実際に彼は温厚なだけに脆弱なところがある。そのせいで貴族子弟に舐められる。


 逆にオーウェンは王族としての王厳オーラだけは王家の血を色濃く受け継いでいた。彼がに対しては誰もが頭を垂れてしまうくらい威厳がある。


「貴様はケヴィンが嘘を言っていると言うのか!」


 オーウェンの威風堂々とした一喝に場にビリッとした空気が漂う。

 もともと気弱なエーリックは完全に彼の威に気圧けおされてしまった。


 背後に猛々しい獅子のオーラを纏うオーウェンと威嚇しながら尻尾を巻いている子犬のオーラをにじませるエーリックとでは勝負になっていない。


 しかし、この場にはオーウェンと同じく王威を纏い、オーウェンよりもずっと経験を積んだ者達がいた。


「黙るのはお前の方だ」


 オーウェンの威圧を簡単に打ち破る声。


「ち、父上!?」


 彼らの父、現国王ワイゼンであった。

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