「やっぱりゲーム通りに進行しちゃうのね」
イーリヤの顔は暗い。
「オーウェンとの婚約も回避もできなかったし、なるべく学園には近づかないようにしてたんだけどな」
イーリヤは元日本人の転生者である。
魔術のある世界に転生したと知ったイーリヤは喜び勇んだ。前世でも頑張り屋の優等生だった彼女は絶対すごい魔術師になってやると情熱を注いで幼少期から猛特訓を重ねたものである。
もちろん公爵令嬢に生まれた以上その責務も忘れていない。勉学や貴族のマナー、その他にもできる事はなんでもやったし、商会を設立してニルゲ公爵家の財政にも寄与した。
イーリヤ自身にもちょっとやり過ぎた感がないでもない。
「だけど、この身体って凄いスペック高いからやればやるだけ伸びるんで面白かったのよねぇ」
努力すれば結果が返ってくるのは楽しいものだ。
「それに前世ではこれからって時に死んじゃったから、采配を振るえるのが嬉しかったし」
大手に内定決まって未来に大きな夢を抱いていた時に、痴情のもつれに巻き込まれて死んでしまったのだ。それで無念を晴らすようにがむしゃらに頑張った。
痴情のもつれと言ってもイーリヤとは全くの無関係である。姫と持ち上げられてサークルクラッシャーしていた知人が取り巻きに襲われたところに居合わせて巻き込まれたのだ。
「だけど、やり過ぎたせいであんな事になるなんて」
頭痛でもするかのようにイーリヤはこめかみを押さえて嘆く。
イーリヤの能力が注目されて王家から第一王子オーウェンとの婚約が打診されたのだ。その時になってここが乙女ゲーム『あなたのお嫁さんになりたいです』の世界と知ったのである。
「仕方ないわよね。あの子に勧められて軽くやった程度の私じゃ直ぐには分からないわ」
もともとイーリヤにゲームをする趣味はない。例のサークルクラッシャーのオタクっ娘に押し付けられたのだ。
ただ、根っから真面目なイーリヤは一通りクリアしてしまった。なんとも律義で損な性格をしている。
「出来ればオーウェンとの婚約は回避したかったけど……」
オルメリアの熱烈なラブコールを無視できなくなったのだ。せめてもの抵抗と、契約の条件に浮気などのペナルティ事項を結ばせた。
「案の定、ヒロインが登場してオーウェンは浮気しちゃうし。でも、婚約解消の条項を入れたのは正解だったわね」
オーウェンが浮気した段階で王家の有償で婚約は解消する旨を条件にごり押しした自分を褒めてやりたい。
「とにかくザマァだけは回避しなきゃ」
なるべく学園には近寄っておらず、今のところアイリスと接点はない。オーウェンが浮気を始めたが、これは計画通り王家の有償で婚約解消ができるのでむしろ歓迎だ。
現行はイーリヤの描いた絵の通りになっている。
「ただ、おかげで二度目の楽しい学園生活は一年で終了ね」
友人もほとんど作れず、青春を謳歌はできなかった。それもこれも次々と男達を攻略しているヒロインのせいだ。
「まったくハーレムルートなんて……まともな人間なら選ばないわよ」
だいたい狙っても難しいのだから、ルート攻略を熟知していないと不可能なのだ。
「間違いなくアイリスは転生者ね。前世もサークルクラッシャーのせいで散々な目に遭ったのに……ハーレム女は私の鬼門なのかしら?」
全く、おかしな女とばかり縁がある。
イーリヤは深いため息を吐き出した。
「それにしても、本当にウェルシェは転生者ではないのかしら?」
イーリヤが入学式の時から注目していたのはヒロインだけではない。ゲームでは同じ悪役令嬢となるウェルシェの動向も調査していた。
調査結果はゲームと違って才色兼備の優等生だったし、『妖精姫』として親しまれていた。しかも、政略的な婚約者でしかなかったはずのエーリックとは相思相愛ときている。
「だからカマをかけてみたんだけど……」
そこで、直接アプローチしてみたのだが、どうにもウェルシェには日本の知識が無いように見えた。
「見た目に反して腹黒系みたいだからトボけただけかもだけど」
イーリヤはいち早くウェルシェの本性を見抜いていた。
「まあ、悪い子ではなさそうよね」
とは言え、アイリスと違いウェルシェからは悪意は感じられない。イタズラっ子ではあるようだから警戒は必要だとは感じているが。
「もう少し様子見ってとこかな?」
ウェルシェとは何となく仲良くなれそうな予感をイーリヤは感じてはいた。だからだろうか、まだ気を許せないと思いながらもウェルシェとの会話を思い出すとイーリヤの顔が緩んだ。
「ちょっと楽しくなりそう」