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第62話 その涙、本当に本物ですか?

「あーあ、みごとに負けちゃったわね」


 競技場の出入り口で出迎えてくれたレーキ達に、ウェルシェは努めて明るく振る舞った。


「お疲れ様でした」

「とても素晴らしい試合でした」

「ふふふ、ありがと」


 レーキとジョウジのねぎらいの言葉にも、ウェルシェは余裕の対応である。


(そうよ、たかだか子供のお遊戯じゃない。それに、相手はこの競技に真摯に取り組んできた上級生。ぽっと出の私がもとより勝てるはずなかったんだから)


 だが、気にしてなさそうな態度と異なり、ウェルシェの胸の内は負けた事への言い訳ばかり。


(ああ、もう!)


 そして、聡いウェルシェがそんな自分の状態を分析できないわけもなく。


(そうよ、悔しいわ!)


 ウェルシェは勝負にこだわりはなかった。だが、接戦だったせいで、彼女に勝利への欲望を抱かせてしまっていたのだ。


 もう、ウェルシェは悔しくて悔しくてたまらない。


(それに何よりも、酷い試合内容だったのが許せない!)


 何より自分の力を出し切れなかった事が情け無い。


(エーリック様……)


 その時、ウェルシェの脳裏にふんわり笑う金髪の美少年の顔がよぎった。


(きっと、エーリック様もこんな悔しい思いをされていたのね)


 昨日、エーリックはあと一歩のところで予選敗退してしまった。


 ましてやエーリックは自分と違って、一所懸命に頑張っての敗北の味である。ウェルシェにとって剣魔祭などケヴィンの件のついででしかない。だから、適当に消化しようとしていたウェルシェの悔しさの比ではないはずだ。


(あんなに頑張っていたのですもの悔しくないはずないわよね。それでも、エーリック様は最後まで立派に戦い抜いたわ)


 だけど自分はどうだ。


 試合なんてくだらないと斜に構え、勝利が目前に迫ると慌てふためき自滅する。


(私は愚かね)


 十全に力を発揮する事の難しさを頭では理解していた。だけど、ウェルシェは自分なら問題なく、いつでも能力を出せると心のどこかで思っていた。


 事実、これまでウェルシェは遺憾無く力を発揮してきた。


 それは天才の弊害。


(何の事はない……私は一所懸命でなかっただけ)


 今なら分かる。


 いつも全ての力を発揮していたのではない。

 執着が無かったから自然体でいられただけ。


(私は一所懸命なエーリック様を心のどこかであざけっていたんだわ)


 初めて挫折を知って、エーリックが試合で見せた精一杯の成果がどれほど重いかを悟った。


(ジョウジ様にエーリック様を侮るなと忠告していながら、その実私が一番エーリック様を侮っていたんだわ)


 ウェルシェは自分が薄汚れた存在のように思えてならなかった。


(私はなんて嫌な女なのかしら)


 それに比べてエーリックの実直さはとても眩しい……


「ウェルシェ!」

「エ、エーリック様!?」


 その時、前方からウェルシェの心を乱す原因が走り寄ってきた。


 自分を心配する金髪の美少年。


(昨日あんなに真剣だったエーリック様に比べて私に体たらくは……)


 彼の顔を見た瞬間、昨日の出来事が思い出されウェルシェの心が千々に乱れた。


「試合、残念だったね」

「エーリック様に応援していただいたのに申し訳ございません」


 ウェルシェは努めて平静を装った。


「大丈夫かい? 顔色が悪いよ」

「えっ?」


 しかし、エーリックを前にして擬態が崩れてしまっていた。


 思わず自分の顔に手を当てて確認してしまう。

 それほどウェルシェは動揺してしまっていた。


「そ、その……私、エーリック様に合わせる顔がなくって……」


 思わず出た言葉。


(今なら分かる……負けても素敵だったなんて口にしてはダメだった)


 それはウェルシェの本心。


(こんなにも悔しくて、こんなにも苦しいのに、私はなんて軽々しい言葉を……)


 試合に負けたエーリックに安易な言葉をかけてしまった自分の浅はかさへの後悔だった。


(きっと、私はエーリック様を傷つけてしまった)


 ウェルシェの胸にきゅうっと締めつけられるような痛みが走る。


「私……私……き、昨日、エーリック様に……ひ、酷い事を……」


 頬を伝い落ちる悔恨の雫。


(なんで? 止まらない)


 いつもなら自在に涙を操るウェルシェだったが、この時はまったく制御が効かずポロポロ、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


(人前で……お願い止まって)


 だが、焦れば焦るほどウェルシェの感情は本人のコントロールを外れてしまい、涙は後から後から溢れ出す。


「も、申し訳――あっ!?」


 ウェルシェはグイッと身体をエーリックに引き寄せられ驚いた。

 エーリックが自分の胸にウェルシェの泣き顔を抱き寄せたのだ。


「エーリック……様?」


 ウェルシェが名を呼んでもエーリックは答えず、ただ優しく包み込んでくれた。


(エーリック様は何も仰らないのですね)


 ぎこちなく、だけどエーリックは優しくウェルシェの頭を撫でる。それがウェルシェにはなんだか嬉しく、そして悲しかった。


(きっと私の気持ちを慮ってくださっているんだわ)


 抵抗もせずウェルシェはエーリックに身を預け、その胸に自分の顔を埋めた。


(エーリック様は本当にお優しい方……)


 ウェルシェはただ声も無く涙をはらはらと流し続けた。

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