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第70話 その婚約者、本当に危機なんですか?

「さすがエル様、お見事でございます」

「でも、マリステラ先輩には悪い事をしたけどね」


 後の処理をナイト達に任せると、エーリックはウェルシェの行方を追うべく、スレインを伴って講堂を出た。


「あの状況では、彼女が不満を口にできるはずもないからね」


 あんなに大勢の前でマリステラが不満を漏らせば、狭量とのそしりは免れない。度量を示して名を売る。それが貴族というものだ。彼女が常識的な貴族令嬢ならば、おのずと対応が限られてくる。エーリックにも、それを分かっていたのだ。


「申し訳ないけど、急いで場を鎮めるにはあれしかなかったんだ」


 泰然自若としていたように見えたエーリックであったが、心の内は一刻も早くウェルシェを探しに行きたくて仕方がなかった。


 だから、手っ取り早く場を収め、かつ捜索へ行く口実を得るため手段を選んでいられなかったわけである。ウェルシェが絡むとエーリックは一味違う。


「ですが、私はてっきりウェルシェ様の有利になるよう取り計らうものとばかり思っておりました」

「身びいきしていては兄上のことを言えないでしょ?」


 確かにそうしたかった気持ちはあるけどね、とエーリックは苦笑いした。


「自分の愛する方を贔屓ひいきする気持ちは誰にでもあるものです」

「うん、そうだね……だけど僕は王子なんだ」


 スレインにはエーリックの横顔が少し寂しく見えた。


「たとえ婚約者のためだって王族の権威をむやみやたらと使っていいものじゃないと思うんだ」

「ご立派です」


 落ち着いて穏やかに微笑むエーリックの成長した姿に、スレインは頼もしさと共に寂しさも感じた。


(エル様にはもう私は必要ないのかもしれない)


 これからはウェルシェの元にいるレーキやジョウジのような若く優秀な者達が、自分に代わってエーリックの支えとなってくれるだろう。


「それで、これからどうなさいますか?」

「まずはセルランと落ち合い――」


 エーリックとスレインは連れ立って廊下をウェルシェの控え室の方へ向かっていたが、講堂からさほど離れていない所で話題の男とばったり出会った。


「セルラン、ちょうどいいタイミングだね」

「殿下!?」


 驚いたのはセルランの方であった。


「どうかしたの?」

「えっ、あっ、いえ、あはは……」


 実はセルランはこの場で待機していたのだ。


 彼は既にケヴィンが学園に潜入しており、レーキ達がそれを捕縛するために動いている情報を入手していた。


 だが、あまり早くエーリックが乱入しては計画が破綻してしまいかねないので、知らせに行くタイミングを計っていたのである。


「ちょうど殿下のもとへ向かうところだったもんで」

「うん、僕らもちょうどセルランを探していたとこなんだ」


 エーリックから講堂での出来事を聞いたセルランは頷きながら思案した。


(まだちょっと早い気もするが……これ以上は引き延ばせんか)


「レーキ達から聞いたんですが、どうやらケヴィンが学園に来ているみたいなんです」

「なんだって!?」


 エーリックは最悪の事態が脳裏に浮かび青ざめた。


「それではウェルシェ様はもしかしてケヴィンの魔の手に?」

「ま、ま、まさか、ウェルシェにいかがわしいマネを!?」


 恐怖にすすり泣くウェルシェにイヤらしい笑みを浮かべて迫るケヴィンの姿がエーリックの脳裏に浮かぶ。


「それはまあ……婦女子をさらう目的となれば……」

「ぐわぁぁぁ! あのヤロー絶対ブッ殺す!!」


 スレインの不安をあおる予測に、さっきまでの冷静沈着が嘘のようにエーリックは取り乱した。せっかくの威厳ある行動が全てパァである。


「ウェルシェに指一本触れてみろ、王族の権限総動員してでもこの世から抹殺してやる!」

「殿下、落ち着いて」


 前言撤回するエーリックのブチ切れに、スレインのさっきまでの感動と感慨がすべて台無しである。


「場所はもう判明していてレーキ達が救援に向かっておりますのでご安心ください」

「安心できるかぁぁぁ!」


 愛する婚約者にケヴィンがあれやこれやウラヤマケシカラン行為におよんでいるかと思うとエーリックは発狂しそうだった。


「スレイン! 僕達も現場へ行くよ!」

「エル様、それは王族として褒められた判断ではありませんぞ」


 王族が婚約者とは言え自分の身より一令嬢を優先するのは許されない。


「王族の立場なんて知るか! そんなものよりウェルシェが大事なんだよ!!」


 だが、スレインの制止もエーリックを止められそうもない。

 セルランはため息が漏れたが、すぐにふっと笑いが零れた。


「殿下はそれでいいと思いますよ」


 セルランは腹をくくり、先導してエーリックを事件現場へと案内するのだった。

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