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第18話 そのビーチ、ちょっとアオハルですか?

「ウェルシェ~~~!!」


 突然、聞き覚えのある声で名前を呼ばれ、ウェルシェの胸がトクンと高鳴った。


 それは陽もだいぶん傾き、ウェルシェ達がそろそろ宿へ戻ろうかとしていた――その時、ここにいるはずのない愛しい婚約者の声がウェルシェの耳に届いたのだ。


 これは幻聴だろうか?……


 期待と不安を胸にウェルシェが振り返れば、なんとエーリックが手を振って走ってくるではないか。エーリックはウェルシェの前まで走ってくると、両膝に両手を突いてはぁはぁと肩で息をする。


「エーリック様!?」

「はぁはぁ……良かった。まだビーチにいたんだね」


 顔を上げてはにかむエーリックの笑顔を見た途端、ウェルシェは先程のトレヴィルとのやり取りを思い出しちくりと胸が痛んだ。が、それと同時に自分の心が弾むのを感じた。


「どうしてこちらに?」


 嬉しく思いながらもウェルシェは不思議そうに小首を傾げた。


「今日は遺跡へ行かれていたのではありませんの?」

「うん、そうだったんだけどね。遺跡探索中にちょっと騒動があって講義が中止になったんだ」


 突飛なアイリスの行動で薔薇の間に新たな通路が出現した。さすがに、そんな現場で講義を続行するなど出来ようはずもない。あの後、すぐさま遺跡は立ち入り禁止となり生徒達は宿へと帰されたのである。


「まあ、そんな事がありましたの」

「たぶん明日からの遺跡講義も中止になると思うよ」


 近年稀に見る大発見に考古学の教師も興奮を隠し切れない様子だった。恐らく遺跡探索団が組織され、大々的な調査が行われるはずである。


「それでね、急いでここに来たんだよ」

「そんなに急がなくとも明日はエーリック様のクラスがビーチへ来る番ではありませんか」

「明日じゃダメなんだ」


 ビーチは逃げませんわよ、とくすくすウェルシェは笑った。だが、エーリックは首を振る。


「どうしても今日じゃないと……」

「どうしてですの?」

「だって、明日のここにはウェルシェがいないじゃないか」

「あっ!?」


 エーリックの言葉の真意に気がつき、ウェルシェは顔を赤らめた。心臓がドキドキとうるさく鼓動する。


(もう! 私ったらなに動揺してんのよ)


 自分の変化に戸惑いウェルシェは思わずもじもじと恥じらう。いつも自然と出てしまうあざと可愛いポーズ。


「ずっとウェルシェに会いたかったんだ」

「嬉しい……」


 だが、エーリックの本音に舞い上がる今のウェルシェには、自分でもどこから本心でどこから擬態か分からなくなってきた。


「ほんの少しだけでもウェルシェとビーチで過ごせたらって急いだんだよ」


 ウェル成分シェいぶん欠乏症のエーリックは走りに走った。重度のウェルシェ依存症患者のエーリックは重篤な禁断症状に陥っていたのである。だから、クラスメイト全員を置き去りにして一目散に猛ダッシュしてきたのだ。


「エーリック様……」

「どんな場所でもウェルシェが一緒じゃなきゃ楽しくないからさ」

「私も……私もエーリック様がお傍にいなくてツマらなかったですわ」


 エーリックのあおい瞳とウェルシェのみどりの瞳が二人の間で絡み合う。


 ザーッ…ザザザッ……

  ザーッ…ザザザッ……


 浜辺に寄せるさざ波の音が二人の世界を包んだ。


「ウェルシェ……」

「エーリック様……」


 互いに名を呼ぶ二人の距離が縮まる。


 そして、エーリックの手がウェルシェに伸ばされ……


「それじゃ、邪魔者は消えるわね」

「「キャロル!?」」


 慌てて二人は距離を取って顔を赤くした。見ればビーチには自分達以外の生徒達がまだ残っている。彼らの視線が自分達に集まっていると知ってウェルシェはいよいよ全身をゆで蛸のように真っ赤にした。


「二人でデートしてきたら」


 ウェルシェの初々しい反応にキャロルはクスッと笑って器用にウィンクした。


「浜辺の夕陽もロマンチックよ」


 ほら散った散ったと興味津々の野次馬令嬢や嫉妬の炎を燃やす令息達をキャロルは追い払う。


「あんまり遅くならないのよ」

「う、うん……ありがとう、キャロル」


 返事は返さずキャロルは背中を向けて手をヒラヒラ振る。


「殿下、はめ外してエッチなことするのはメッ!ですからね」

「わ、分かってるよ!」


 二人きりになれるとちょっと妄想を膨らませていたエーリックは、去り際のキャロルから釘を刺されるのだった。

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