「さすがエル様、見事にございました」
「剣闘の部を予選突破するのは快挙ですぜ」
闘技台から降りたエーリックをスレインとセルランが迎えた。
「ちょっと出来すぎ感はあったけどね」
腹心達の祝福にエーリックは自嘲気味に笑った。
「ご謙遜を」
「そうですぜ、殿下の努力の成果ですって」
「うん、僕はこの日の為にずっと頑張ってはきたよ」
昨年は全ての種目で予選落ち。その雪辱を晴らそうとエーリックは精進してきた。その自覚と自負はある。
「だけど努力をしてきたのは僕だけじゃないよね?」
「それは……まあ」
「予選落ちした人達だって決して頑張ってなかったわけじゃないんだ」
同じように練習してきた生徒達は数多くいる。それでも涙を飲んで闘技場から去っていった者の方が多い。先ほど戦ったクラインだってかなり修練は積んできたようだった。
「ですが、このスレイン、エル様が誰よりも頑張っておられたのを知っておりますぞ」
「うん、まあ僕も人一倍研鑽を積んだ自信はあるよ」
「なら、努力が実ったんですから良いじゃねぇですか」
「うん、でも……」
エーリックはちらりと後ろを見た。
「努力すれば結果が出ると勘違いしてはいけないと思うんだ」
スレインとセルランも釣られて闘技場へと視線を戻した。
「これは何かの間違いだ!」
そこでは闘技台の上でクラインが喚き散らして醜態を晒していた。
「こんなの認められるか!」
「試合は終わったのですから速やかにご退場ください」
クラインの不服に主審や進行役の実行委員が辟易している。試合数の多い競技だけに時間のロスは避けたいのだろう。
「俺はこの日の為にいっぱいいっぱい鍛錬を積んできた」
「とにかく闘技台から降りて」
「俺は負けるわけにはいかない……いや、絶対負けるはずはないんだぁ!」
クラインが駄々をこねる様子にスレインとセルランは肩を
「あの者は昨年も同じ振る舞いをされてましたぞ」
「あれはねぇなぁ」
「全くです」
「二人とも、そんな風に言うものじゃないよ」
セルランとスレインが呆れ目でクラインを見ていたが、エーリックの目は凪の湖面のように静かな光を宿していた。
「負けるのは悔しいものだもの。努力していたなら尚更ね」
「ですがね、勝敗は兵家の常ですぜ」
「昨年、殿下が予選決勝で負けた時にあのような見苦しい真似はなさいませんでした」
「殿下だって去年は決勝で負けて悔しい思いしたじゃねぇですかい」
「セルランの言う通りです。それでも殿下はあのような見苦しい真似はしなかったではありませんか」
「まあねぇ」
あの時はウェルシェが褒めてくれたから、実はこれっぽっちも悔しくなかったりする。
「きっと、クライン先輩は努力の方向性を間違っているんだよ」
「努力の方向性、でございますか?」
「うん、クライン先輩は何の為に頑張ってきたんだろうね?」
「そりゃあ、キーノン伯爵は代々騎士の家系なんですから、騎士になる事なんじゃねぇんですかい?」
「だったらさ、優勝できなくても良いじゃないか」
「まあ、優勝するに越した事はねぇですが、しなくても問題はありませんな」
優勝が絶対条件ならほとんどの者が騎士の道を断念しなくてはならない。
「むしろ、今の振る舞いこそ騎士の道から外れるものですな」
「うん、そうだね」
未だに闘技台のうえでごねるクラインに向けるエーリックの目はどこか悲し気だった。
「クライン先輩は真っ向勝負するのが騎士道だと勘違いして、ただ愚直に剣を振っていたんじゃないかな。でもそれは自己の美学に陶酔し、己の為に剣を振っているのと同じ事だよ。騎士の剣は国を守る為にあるものだと先輩は忘れてしまっている」
「なるほど、だから努力の方向性が間違っていると」
「自分の目標を見失うのは明後日の方向に走るのと同じってことですな」
そうだね、と頷くエーリックの大人びた横顔を見てセルランは主人の成長が嬉しくなった。そして、よせばいいのに余計な事を聞いてしまう。
「殿下は何の為に剣を取ったんです?」
「僕が剣魔祭に出場するのはおかしいかい?」
「まあ、必要はねぇでしょ?」
オーウェン達と違いエーリックは剣武魔闘祭で好成績を必要としていないはずなのだ。
「それなのに本戦に出場する程の努力は何のためかと思いやしてね」
「決まっているじゃないか」
何を言っているんだ、そんなの分かり切っているだろうとエーリックは笑う。
「僕の目的はいつだってウェルシェだよ」
「姫さんの?」
「そう! 来年こそはウェルシェと一緒のクラスになるんだ!」
ちょっと待て!とセルランは心の中でいつものように突っ込む。それだけの為に他の選手の努力を踏みにじってきたのか!?
「だって、ここで良い成績を残せば今度こそ特区クラに入れるでしょ?」
「そりゃそうかもしれやせんが」
「今年は修学旅行じゃ別クラスだったせいでウェルシェとはほとんど別行動だったんだよ!」
ウェル
ウェルシェが全てと、どこまでも行動原理がブレないエーリックには感心するやら呆れるやら。
「それにさ、ウェルシェの水着……すっごいエロかったんだよ!」
クラスが一緒だったらもっと鑑賞できたのに!
後悔しない為にも僕はもっともっと頑張るよ!
腹心が呆れているのにも気づかず拳を振って力説するエーリック。クラスが別のせいで今まで数々のラッキースケベイベントを逃していたやもしれないと悔しがる。
去年、剣武魔闘祭で予選敗退した時以上の悔しがりようだ。
「こんな姿を姫さんに見られでもしたら、百年の恋も冷めるってもんだぜ」
「これはトップシークレットですぞ」
「わーってるよ」
あの腹黒令嬢が恋をするという奇跡をセルランとスレインは目撃している。これではせっかくの奇跡がおじゃんになりかねない。二人は顔を見合わせて頷いた。
ここは憎めない主人の為にも、この秘密は墓場まで持っていくと誓った。