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第29話 その青春、全部懸けたって勝てませんか?

 ――氷柱融解盤戯アイシクルメルティング


 この競技は2m四方の盤上で競われる遊戯である。氷柱を使用する為、炎天下の中で行うわけにもいかない。会場は自然と冷房の効いた屋内となる。


 予選は体育館で対戦を複数同時に行っていたが、本日三日目からは大講堂が会場となっていた。この大講堂は国一番の広さで収容人口千人を誇る。


 そこで今、ウェルシェと前回の準優勝者ユミナ・ユングによる準決勝第二試合が行われていた。


 昨年の覇者マリステラ・マクレーンは卒業している。だから、本来なら今年の優勝候補最有力選手はユミナとなるはずであった。


 ところが、マリステラは一回戦であたったウェルシェには勝てないとインタビューで回答しており、ケヴィンの事件で不戦敗となっていなければ優勝はなかったと述懐している。


 しかも、今年は圧倒的な実力者イーリヤ・ニルゲも参戦するとあって、ユミナは優勝候補筆頭の座から転落していた。


 当然ユミナは面白くない。三年に進級して今年が最後の剣魔祭。この競技に情熱を燃やし、毎日のように今年こそ優勝するんだと練習してきた。


 なのにぽっと出の選手達の方が注目されている。自分の青春の全てを捧げた競技。それだけにユミナは悔しさを胸の内に秘めてウェルシェとの準決勝に臨んだのである。


 そこで問題だ!

 この競技に青春全部懸けたユミナはどうやってあの腹黒女に勝つか?

 3択―ひとつだけ選びなさい

 答え①美少女のユミナは突如必勝のアイディアがひらめく

 答え②仲間の応援に眠っていた潜在能力が覚醒する

 答え③勝てない。現実は非常である。


(友達のいない私に答え②はない!)


 悲しい現実を心中で吐露するユミナ。氷柱融解盤戯アイシクルメルティングに青春全部かけたユミナに友達を作る時間など無かったのだ(´;ω;`)ウッ…


 さりとて、競技開始10分前に今まで倒してきた強敵とも達が一子相伝の暗殺拳の使い手よろしく、都合よくバックに浮かび上がってユミナが覚醒し一発逆転なんて展開になるはずもなく……


(やはり答えは…………①しかないようね!)


 …………


 答え――


「勝者、ウェルシェ・グロラッハ!」


 ――③

 答え③

 答え③


 絶望!

 突きつけられた答えは③ッ!

 現実は非情なりッ!!


 ウェルシェは危なげなくユミナを下してしまった。可哀想に魔王の如き強さを誇るウェルシェには青春ぜんぶ懸けたって勝てはしないのだ。


 自分の保身の為なら他人の努力を才能でねじ伏せる悪魔の所業。他人の汗と涙を嘲笑あざわらい、彼らの屍を踏みつけても良心を痛めない――それが腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハ!


「……ユング先輩」


 ウェルシェはがっくりと項垂うなだれるユミナに近づき声をかけた。声にユミナが顔を上げればにこやかに微笑む美しい妖精姫が目に映った。その余裕のあるウェルシェの態度にユミナの心は千々に乱れる。


「なによ」


 だから、彼女のすさんだ心が声や言葉に現れた。だが、その無礼にもウェルシェは特に気にした素振りもない。それどころか優しく笑って手を差し出した。


「とても素晴らしい試合でした」

「それ嫌味?」


 だが、ユミナはその手を取らない。いや、取れるはずがないのだ。


 それもそのはず、誰がどう見てもウェルシェの圧勝である。戦ったユミナ本人が実力の差を思い知った。


 それでも今まで人一倍努力をしてきたのだから、敗北の悔しさも悲しみも人一倍である。その悲哀を安い同情で穢さないで欲しい。ユミナはキッとウェルシェを睨んだ。


「いいえ」


 しかし、ウェルシェは寂しそうに微笑んで首を横に振った。


「対戦して先輩の努力が伝わってきました」

「あなたに何がッ!」

「分かります」


 ユミナの瞳にカッと激情の炎が宿ったが、対照的にウェルシェの瞳は静かだった。そこに憐れみも同情も見えない。


「級友が学生生活を謳歌する中、先輩がこの競技に青春の全てを費やしている日々を。恋も友情も、何もかも犠牲にしても勝ちたいと思う執念を」

「あなた……」


 ウェルシェの真摯な瞳にユミナは目を大きく見開いた。


「私にも分かるのです。だって……私も同じですから」


 ウェルシェの瞳がキラッと光る。


「ああ、ごめんなさい」


 ユミナの目からはらはらと涙が流れ落ちる。


「私は驕っていた……自分だけが、自分が一番だって……誰よりも自分はこの競技に対し努力してきたと自惚れていました」

「先輩……」


 涙を流しながら二人は手を取り合う。


 ――パチパチ……


 拍手が湧き起きる。


 お互いの青春を懸けた結果に生まれた美しい光景を前に、会場は感動の涙に濡れたのだった。


 …………


「で、お嬢様はいつ努力されていたのでしたっけ?」


 更衣室に入ればウェルシェはカミラのジト眼に晒された。


「まったくユミナ様もお可哀想に」

「な、なによぉ、私は嘘なんてついてないわよ」

「まあ、嘘は仰ってはおられませんよね」


 認めながらもカミラの胡乱げな眼に変化はない。


「努力の対象が氷柱融解盤戯アイシクルメルティングとは申し上げてはおられませんでしたからね」


 カミラの鋭いツッコミにひゅーひゅーと口笛になってない下手な口笛を吹きながらウェルシェは目を泳がせた。


「こんな腹黒に負けた上、良いように擬態のダシにされたユミナ様はいい面の皮でございます」

「いいでしょ。丸く収まったんだからぁ」

「まあ、ユミナ様も良い思い出となったようですけど」


 敗北の悔しさから暗い感情に飲み込まれそうだったユミナも立ち直れたようだ。昏く歪んだ顔が、涙を流しながらも晴れ晴れとした笑顔に変わっていた。それはとても良い表情だったとカミラは思う。


 同じ惨敗でも負の感情を引きずるか良い経験とするかで、彼女の未来は大きく変わっていたかもしれないのだ。


 ウェルシェは自分の猫かぶりと恨みを買わないように気を配ったわけだが、それはユミナにとってもプラスとなっている。


「お嬢様は腹黒の愉快犯ですが、そのスタンスを崩さず決して他者の努力を踏み躙らないのはホント凄いと思いますよ」

「な、何よ急に」

「おや? これでも褒めているのですよ」

「も、もう、早く着替えるわよ。この後魔丸投擲バルクホーガンが控えているし、その前に魔弾の射手クイックショットの決勝を観戦するんだから」


 真っ赤になって照れるウェルシェにくすっとカミラが笑う。


「はいはい」


 褒めると意外に初心うぶな反応を示す我が主人は本当に可愛いと思うカミラだった。

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