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第31話 その侍女、主人の悪巧みを看破したんですか?

「えっ? えっ? えぇぇぇッ!?」


 普段あまり感情を露わにしないカミラが驚きで大声で叫んでしまった。


「イ、イーリヤ様が負けた?……」


 あまりに想定外の事態にカミラは唖然とした。いや、それはカミラに限った事ではない。


 前評判では今年の魔弾の射手クイックショットで優勝するのは、ウェルシェかイーリヤであろうと目されていた。故にウェルシェvs.イーリヤの準決勝が事実上の決勝戦だと誰もが思っていた。


 実際、全ての観客が決勝戦を消化試合と思っており、イーリヤが敗北した事実を受け止めきれずにいる。誰もが言葉を失い観客席はシーンと静まり返っている。


「いったいどういう事です?」

「どういう事も何も、見ての通りイーリヤが負けたのよ」


 カミラは戸惑い種明かしを要求したが、ウェルシェは勝ち誇ってニンマリするだけであった。


「つまり、イーリヤとの賭けは、まず私の一勝って事ね」

「で、ですが、お嬢様は先程イーリヤ様に負けたではありませんか」

「あら、勝負はイーリヤの優勝を阻止する事でしょ?」


 ウェルシェはニヤニヤ笑いながらうそぶく。言われて思い返してみればウェルシェはイーリヤに勝つとは言っていないとカミラも思い至った。


「だったら、イーリヤが優勝できなかった時点で魔弾の射手クイックショットは私の勝ちでしょ?」

「そう言う事に……なるのですか?」


 確かにウェルシェの言う通りではある。だが、どうにもカミラは釈然としない。


「私は正々堂々と勝負してイーリヤの優勝を阻止するって言ったけど、私がイーリヤに勝つとは言っていなかったでしょ」

「まさか!?」


 ハッ!とカミラは気がついた。

 この腹黒、何かやりやがった!


「お嬢様は最初からそのつもりだったのですか?」

「むふふふふ……」


 ウェルシェの優越感満載のイヤらしい笑いにカミラの背筋がぞくりと冷える。


「あ、あなたという人は……」


 確かにイーリヤの優勝を阻止するかどうかを賭けの対象にしていた。それ以降もウェルシェはイーリヤの優勝を阻止するとずっと言っていた。最初からウェルシェは自分で勝つつもりはなかったのだ。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 だが、そうなると腑に落ちない点がある。


「どうして決勝戦でイーリヤ様が負けると予想できたのですか?」


 どうやらウェルシェの目論見通りに事が進んだようなのだが、力量的にヨランダがイーリヤに勝てる見込みは低かったはずだ。


「あら、私はイーリヤが負けてくれたらラッキーくらいに思っていただけよ」

「嘘です!」


 素っ惚けてもカミラは騙されない。


「お嬢様はイーリヤ様の敗北を確信しておられました」

「私は神様じゃないんだから予知なんてできないわよ?」


 ウェルシェは片頬に手を当てて不思議そうな表情で首を傾げる。これを見たら他の者なら騙されていただろう。カミラでさえ一瞬だけだが自分の読みが外れたかと疑ったくらいなのだ。


「いいえ、お嬢様はイーリヤ様が決勝戦で負ける方向に誘導されていらっしゃった」


 カミラは強く断言する。全てはウェルシェの手の平の上だと。


「違いますか?」

「ふふふ……」


 カミラの追及にウェルシェは曖昧に笑う。それが全てを物語っていた。


「や、やはり審判を買収したんですね。いえ、実行委員を脅してイーリヤ様に不利になるよう標的の操作をしたとか?」

「不正はしてないって言ってるでしょ!」


 カミラがウェルシェの肩を掴んでガクガク揺する。


「自首です! お嬢様、自首してください!」

「だから、何でよ!?」

「私もついていって一緒に謝ってあげますから」

「どうしてカミラはそこまで私を疑うの!」

「胸に手を当てて今までのご自分の悪行を省みてください!」


 そう言われて思わずウェルシェは素直に自分のたわわな胸に手を当てた。


「……………………ねぇ」

「……………………はい」


 たっぷり数分間目を閉じて考え込んでいたウェルシェが目を開けた。ウェルシェの翠緑の瞳とカミラの眼鏡越しの琥珀色の瞳が絡み合う。


「私ってホントそんな酷いマネした事ある?」

「さあ?」

「やっぱ、なんも無いんじゃない!」

「日頃のお嬢様の言動が疑いを招くのです!」

「酷ッ!?」

「ぷっ、くっくっくっ、あははは……」


 会場の端でギャイギャイ主従で騒いでいたら、突然笑い声が割って入った。


「「?」」


 二人が振り向けばそこにいたのは、さらりと流れる黒い髪と宝石のように輝く赤い瞳を持つ絶世の美女だった。

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