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第7章 その準決勝、ただの喧嘩ですか?

第35話 その準決勝、まさか王子対決なんですか?

 ――カツーン、カツーン……


 闘技場へと続く静かな回廊に足音が響き渡る。


 通路の暗がりから陽の下の闘技場へと現れたのは金髪碧眼の美少年。彼は口を引き結び黙って進む。


「僕は必ず勝つ!」


 彼は口の中で小さいが力強く呟いた。

 そこには不退転の決意が感じられる。


 剣武魔闘祭も最終日。


 エーリックは剣闘の部三種目で本戦に残り、今から剣部門の準決勝。他の二種目は両方とも昨日の二回戦で惜しくも敗退していた。


 それでも参加者多数の競技で本戦出場を三つも果たしたのは快挙と言ってよい。しかも今から準決勝。もっとも激戦区と言われる剣部門で四位以内確定なのだ。


「この種目が最後のチャンス。絶対に優勝しなきゃ」


 だが、エーリックはなんとしても優勝をもぎ取りたかった。


「たとえ腕が折れようと足が砕けようと僕は負けるわけにいかない!」


 炎天下の闘技台を闘志をみなぎらせた瞳で睨むように見つめる。そこには死さえも厭わぬ強い覚悟が窺える。


 たかだか学生の大会で何が彼をそこまで駆り立てるのか?


 エーリックはいつになく厳しい表情で闘技台へと続く階段を上る。徐々に闘技台の全容がエーリックの視界に入ってくる。


 闘技台の上で待つはエーリックと同じく金髪碧眼の少年。


 鞘に納めた剣を床に突き、そこに両手を乗せて仁王立ち。碧い瞳はきつく闘技台に上がってくるエーリックを睨んでいた。


「来たか」

「兄上……」


 オーウェン・マルトニア。

 この国の第一王子である。


 彼こそが今からエーリックと準決勝で雌雄を決する相手。


「悪いが今日の試合、お前に負けてやるわけにはいかない」

「それは僕とて同じです」


 睨みあう二人の視線がぶつかり合い、激しい火花が散る。開始の合図の前に双方ともに切り結びそうな雰囲気だ。


 それもそのはず、昨年のケヴィンの一件以来、エーリックとオーウェンの間には確執が生じていた。


 エーリックはウェルシェとの婚約に難癖をつけられ、オーウェンは大事な側近であり友であったケヴィンを失った。今や二人は互いに守るべき不可侵のものを脅かす仇同士。


「アイリスの為にも、友たちの為にも、俺は負けるわけにはいかん!」

「僕だってウェルシェの為にも絶対に勝ちます!」


 なるほど、オーウェンが相手ならエーリックの意気込みも理解できる。


(優勝すれば来年の特別クラス入りがかなり有利になる……)


 今年はあと一歩でウェルシェと離れ離れになってしまった。その悔しさを未だに忘れられない。


(そうすればウェルシェと同じ授業を……)


 この間の修学旅行で見たウェルシェの水着姿が脳裏に浮かぶ。


(ぐへへへへ)


 途端にエーリックがエロリックへと変貌を果たした。これこそが、真にエーリックが優勝を目指す原動力……エロは全ての想いを凌駕するのだ。


「手加減はしないぞ」

「望むところです」


 主審が闘技台の中央へとやって来て右手を上げると二人は剣を抜いて構える。 


「始めッ!」


 右手を振り下ろすと同時に主審の口から開始の合図が放たれる。


「せいッ!」

「やぁッ!」


 ――キンッ!!


 それと同時にオーウェンとエーリックは弾かれたように飛び出し、二人の剣が激しくぶつかり交差する。


「ていッ!」

「くッ!」


 オーウェンが剣を強引に弾くとエーリックが僅かに後方へとたたらを踏む。そこへオーウェンがすかさず二連突きを繰り出す。かろうじてエーリックは受け流した。


 ここで決める!――まだ体勢が十分ではないエーリックを畳み掛けようとオーウェンが攻勢に出た。


 ――キンッ、キンッ、キンッ!


 それは彼の性格を体現したかのように苛烈な斬撃。次々に襲いくるオーウェンの剣を守勢に回ってエーリックは必死に耐える。


「エーリックのくせに諦めが悪い!」

「僕だって……僕だって昔のままの僕じゃない!」


 イラつきオーウェンが咆え、力任せに剣を振り下ろす。だが、それはあまりに迂闊。強引な攻めに隙を見つけたエーリックはオーウェンの剣を上手く横へと流した。


「僕は負けない!」

「ちぃッ!」


 今度はオーウェンが体勢を崩しエーリックが鋭く斬り込んだ。攻守が入れ替わり、エーリックの攻勢が続く。


「あれだけ特訓したのにエーリックごときに苦戦するだと」


 アイリスの助言に従い友たちと切磋琢磨してきた。かなり腕を上げた自信がある。それなのに何故かエーリックを一蹴できない。


「こんな事があってはならない」


 真の友情で結ばれた仲間と愛する者の為に積み重ねた努力の先には必ず勝利があるはずなのだ。


「俺達の尊い努力が踏み躙られるなど許されるものか!」

「兄上はいつだってそうだ」

「なにッ?」


 エーリックの性格が如実に出る卒のない連撃。激しくはないが隙が少なくオーウェンは反撃の機会を見出せない。


「そうやっていつも他人を見下して」

「俺がいつ他人を軽んじた!」

「自分達だけが頑張っていると考え違いしているところが他人を侮っていると言うんです」


 思わず熱くなったエーリックの剣に余計な力が入る。オーウェンはそれを見逃さず剣を斜に構えて受け鍔迫り合いに持ち込んだ。


「俺達の努力がお前より劣っているとでも言うか!」

「劣ってるとか優れてるとかじゃない」


 剣を交えてお互い一歩も引かず、二人は剣越しに睨み合う。


「何を言うか。努力している者が報われないなど間違っている!」

「努力なんてみんなしてるよ!」

「だからこそ、より努力を重ねる者が尊いのだ。より努力をした者が泣く事のない……それこそが正しい世界だ」

「そんなの間違ってる!」


 努力するのは尊いとはエーリックも思う。


「努力の結果を求めたり、努力の多寡を競ったり、そんなんじゃ結果に結び付かなかった努力を否定してしまう事になっちゃうよ!」

「それは努力をしない怠惰な者の言い訳だ!」


 オーウェンにはエーリックの言葉が怠惰な者の言い分にしか感じられない。努力が足りず負けた時の言い訳だとしか思えなかったのだ。


「すぐに結果が出なくったって、努力は自分の中に積み上がっていくんだ。それこそ自分自身を形作る大切なものだよ」

「黙れ、婚約者とぬくぬくしていたお前に努力のなんたるかを語る資格はない!」

「カオロ嬢と遊び呆けていた人がよく言う!」

「お前らとは違う! アイリスは俺達を導いてくれる女性だ」

「そうやって自分だけが正しいって思ってるから傲慢になるんだよ」


 激しい攻防の中、舌戦も勢いを増していく。


「エーリックが舐めるなよ!」

「どっちが!」


 試合はだんだんと兄弟ゲンカの様相となってきた。

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