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閑話アキ先生の考古学教室① 教えてアキ先生!

「凄い! 凄いぞこれは!」


 アキ・オーロジー29才は喜色を隠さず叫んだ。


「調べ尽くされたと思われていたルインズ遺跡に、まさかこんな場所が隠されていたとは」


 彼女はマルトニア学園で考古学を教えている教師である。


「これで貴族のクソガキ共を相手に腐っていた日々ともオサラバだ!」


 もっとも、彼女としてははなはだ不本意な職場であったらしい。


「見ていろ私を虐げてきた老害ども!」


 アキ・オーロジー29才、麻色の癖っ毛に眼鏡をかけた気の強い女性だ。考古学を専攻している彼女は、大発見をして歴史に名を残す野望を抱いている。だが、マルトニアの考古学会は男達によって占拠されていた。


「この発見を手土産に学会に返り咲いてやる!」


 その為、女である事を理由に爪弾きにされ、アキは仕方なくマルトニア学園で教鞭を振るっていたのだ。


「やっと上司のセクハラやクソガキの好色な視線から解放される」


 アキ・オーロジー29才、負けん気が強く男達と渡り合っているうちに口調も男っぽくなり、眉間に皺を寄せるようになっていた。だが、起伏の飛んだ美人で、一部の男子生徒からは乱暴な口調と厳しい顔つきが良いと人気があったりもする。


「わっはっはっはっ!」


 遺跡を前に腰に手を当て大笑いするアキを、後ろから数人の助手が残念なものでも見るような目になっていた。


「オーロジー先生は考古学者として優秀なんだが、たまに壊れちまうんだよなぁ」

「美人なのにもったいねぇ」

「学会へのコンプレックスが強いせいだろ?」


 美人すぎる考古学者のアキは、同時に残念すぎる美人でもあった。まあ、それがかえって信奉者を生んでいるのだが。


「それにしても指輪をがめたメスガキは度し難い愚か者だな」

「この遺跡の入口を開けたご令嬢の事ですか?」

「ああ、そうだ」


 アキは苦々しい顔になって吐き捨てた。アイリスが発見した指輪は古代の遺産である。考古学者である自分に無償で差し出すべきであろう、とアキは割とマジで思っていた。


「あの指輪は絶対この遺跡の調査に必要な物に違いないんだ」


 王座の仕掛けはアイリスの持つ指輪に反応した。それを見てアキは指輪を取り上げようとしたのだが、アイリスに逃げられてしまったのだ。


「あのクソガキ、どさくさに紛れて持ち逃げしやがった」

「まあまあ、彼女のおかげで新たな遺跡を発見できたわけですし」

「そうそう、まだ指輪と遺跡に関係性があると決まったわけでもありません」

「さささっ、今は遺跡の内部調査を優先しましょうよ」

「むっ、確かにそちらが急務だな」


 実はアキ・オーロジー29才、彼女は少々焦っていた。遺跡が発見されてからもう一ヶ月以上経つのに調査が遅々として進んでいないのだ。


「このままでは学会の老害どもから横槍が入りかねん」


 王座の下に出現した階段を見下ろしていたアキの眉間に皺が寄り、冷たいまでに整った顔が歪む。助手達も並んで階段の奥へと目を向けた。


「ですが、階段の下には幾つか石室があるだけ」

「隅々まで調べても大したものはありませんでした」

「何か仕掛けがあるのでしょうか?」


 アキ達はランタンを手に闇を裂きながら階段を降りる。


 下は大人が数人入れる程度の立方体の石室。階段を降りた真っ正面には唯一の出入り口があり、通路へと通じていた。そこを進めばすぐに似たような立方体の石室へと出る。


「やはり、この壁一面のレリーフが怪しいな」


 幾つかの石室を通過すると最後に大きな石室に出るのだが、他の石室と異なり四方の壁にレリーフが施されていた。


「右の壁には月と砂漠のレリーフ」

「左のレリーフは氷と雪のレリーフ」

「そして、我々が入ってきた入口の上には太陽のレリーフ」


 助手がそれぞれの壁に目を向ける。

 そして、アキは真正面を見上げた。


「前面の壁には薔薇のレリーフ」


 その薔薇はアイリスが見つけた指輪の刻印をアキに思い起こさせた。


「なあ、お前達はこの壁画から何を連想する?」

「それはやはり『雪薔薇の女王』ではないでしょうか?」

「ですね。薔薇は言うまでもなく雪薔薇の女王そのものです」

「月と砂漠はトリナ王国の象徴です。カルミア王国がトリナ王国の前身であるとの説の裏付けになるかもしれませんね」


 助手達が次々に述べる考えにアキは大きく頷いた。


「左の壁画は雪と氷に閉ざされたロゼンヴァイス王国の末路だろう」

「ええ、後ろの太陽は我がマルトニア王国を表していると見ていいでしょう」


 童話では雪薔薇の女王の暴走でロゼンヴァイスは滅亡し、カルミアも大打撃を受けて国力を落としている。そこにマルトニア王国の開祖が雪薔薇の女王を封じ、この地に再び太陽をもたらしたとある。


「やりましたねオーロジー先生!」

「あの童話は真実であるとの先生の説が正しかったと証明できます」

「学会では散々バカにされましたが、これで頭の固いヤツらも受け入れる他ないでしょう」


 自説が学会で認められず、アキも講義では童話と史実は別だと語らねばならなかった。本当はいつも童話と史実には密接な関係があると言いたかったのにだ。


「生徒達に虚栄で塗り固められた嘘を真実として語る度に、私ははらわたが煮えくりかえる思いだった」

「心中お察し致します」

「この発見は私の学説の方こそ真実であるとの証左となるだろう」

「おめでとうございます」

「だが、まだ証拠としては弱い」


 アキとしては決定的な証拠が欲しい。しかし、石室にはもはや他に手掛かりになりそうなものはなかった。


「私の読みでは童話で語られた雪薔薇の女王を封じた場所はこの石室だ」


 広い石室をツカツカとアキは歩き回る。それを助手達は息を殺して見守った。


「絶対どこかに隠し扉があるはずなんだ」

「ですが、どこにも怪しいところはないですよ?」

「やはり、あのメスガキが持ち逃げした指輪が必要なんじゃないのか?」


 返す返すも腹ただしい。


「ところで、オーロジー先生」

「なんだ助手アーよ」

「雪薔薇の女王の封印を暴いてしまうのはまずくないですかね?」

「あっ、それ俺も思った」


 助手Aの疑問に隣の太っちょの助手が同意した。


「どういう事だ助手ベーよ」

「つまりですね、雪薔薇の女王を復活させたら童話と同じようにマルトニアが氷漬けにされるかもしれないじゃないですか」


 助手Bの推測に更に隣のガリガリの助手が身震いする。


「ナニソレ恐ッ!?」

「ふっ、恐れる事はないぞ助手ツェーよ」

「ほ、本当ですか?」

「童話が創作されたのは今から二百年以上前。その時は既に昔話なんだ。つまり、雪薔薇の女王が封印されたのは二百年よりも遥か以前だ」


 雪薔薇の女王の作者は不明だが、アキは最低でも二百年前には今の原型が広まっていたと考えている。


「そんな大昔の人物が生きていると思うか?」

「なるほど!」

「そうですよね」

「普通の人間ならとっくに天国へ行ってますよねぇ」


 アキの完璧な理論武装にA、B、Cも一安心だ。


 と、その時……


 ――がんがん、どんがん……


 左の壁画の奥から物を打ちつけるような大きな音が響いてきたのだった。

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