「良い雰囲気ね」
トレヴィルとネーヴェが仲睦まじく手を繋いでいる背中を眺めてイーリヤが満足そうに微笑んだ。
「このまま上手くいけば良いんだけど」
「上手くいくに決まってんでしょ」
そして、イーリヤ以外にも二人の背中を追う薄桃色の愛らしい少女と白銀の美少女の姿があった。
――マルトニア学園三大美少女
そう呼ばれてはいるが、三人が一緒に行動しているのを見るのは珍しい。三者三様三色の美しい少女達に周囲の者は完全に見惚れてしまっている。
三人の美少女が何やら話しながら歩いている様子は花が咲いたようでとても華やかだ。もっとも、会話の内情を知ればほとんどの者が幻滅しただろう。
「本当に大丈夫なんでしょうね」
「うっさい、私に任せろっての」
「その自信がどこから来るのやら」
「私のイベント攻略は完璧よ」
「ねぇねぇ、ところで何で私までここにいるのかな? いるのかな?」
いがみ合う二人の横からウェルシェがずっと抱いていた疑問を投げかけた。
「もう帰ってもいいかな? いいかな?」
「ダメに決まってるでしょ」
「私、エーリック様とデートの途中なんですけどぉ」
にべもなくイーリヤに拒否されウェルシェは半泣きだ。
「どうせ彼とは後夜祭のダンパで踊る約束してるんでしょ。いいから付き合いなさい」
「何が悲しくて他人のデートをデバガメしないといけませんの?」
「別にあんたらは帰ってもいいわよ」
アイリスはヒラヒラ手を振って二人を追い返そうとする。
「いてもイベントクリアの邪魔だし、私の力で解決しなきゃ評価ポイントが貰えないもの」
無礼極まりない発言なのにウェルシェはむしろパアッと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「それでは後はよろし――ぐぇッ!?」
ウェルシェはサッと身を翻し立ち去ろうとした。が、イーリヤに襟を掴まれ、首が締まって無様な悲鳴を上げた。
「ダメよ!」
「だって、アイリス様が良いって」
「こいつが失敗したら国中が被害を受けるのよ」
「でしたら、彼女とトレヴィル殿下を引き合わせなければ良かったではありませんの?」
「あのままじゃネーヴェがいつまで経っても前に進めないわ」
それに、とイーリヤはクイッと親指でアイリスを指差した。
「こいつの話がホントなら、ネーヴェは再び氷の牢獄に閉じ込められてしまうのよ。そんなの可哀想でしょ」
「ぐぁ゙ッ、分かりましたから首絞めないでくださいましぃ~」
「だ〜か〜ら〜、全員ハッピーエンドに終わらせるわよ。それが一番ポイント高いんだから」
「ゔげッ、アイリス様までぇ~」
「あんたは信用できないのよ!」
「ウギャッ、も〜や~め~て〜」
「それはこっちのセリフよ悪役令嬢が!」
「チョーク! チョーク!」
イーリヤとアイリスがデッドヒート。間に挟まれた無関係のウェルシェが何故か一番の被害者になっていた。
「攻略の邪魔だからどっか行ってよ!」
「私はネーヴェが幸せになるのを見届けるの」
「うわ〜ん、もうどっちでもよろしいですから早く終わらせてくださいましぃ~」
ウェルシェは首を絞められグロッキー寸前である。
「だからぁ、『
「その指輪をどうやって使うかちゃんと分かってんでしょうね?」
「当然よ」
ふんっと鼻を鳴らしてアイリスが胸を反らした。
「雪薔薇の女王が力を暴走させた時、雪薔薇の指輪を
「約束の指輪に戻す?」
「そうよ。この雪薔薇の指輪は元は約束の指輪なのよ。この白薔薇のレリーフを元の赤薔薇へと変えれば雪薔薇の女王は本来の力を取り戻すのよ。それこそが童話で語られる『春薔薇の季節』よ」
「それ本当なの?」
「ほ、本当……みたい……ですわ……」
「ウェルシェ!?」
興奮したイーリヤに首を絞められ、ウェルシェが息も絶え絶えに会話に割って入った。そうしないと死ぬ、ウェルシェの生存本能がそう告げたのだ。
「お願い……ですから……く、首、首……」
「あっ、ゴメンゴメン」
ここになってウェルシェを絞め殺す寸前なのに気がつき、イーリヤが慌てて手を離した。
「けほ、けほ……酷いですわ二人とも」
「それで、ウェルシェは何を知っているの?」
「少しは労わってぇ~」
ウェルシェは半泣きしながら息を整えた。
「現在、レーキ様を中心に雪薔薇の女王について調査を依頼しておりますの」
まだ調査中ではあるが、レーキ達が中間報告を届けてきたのだ。
「指輪の試練というものがありまして、それをクリアできれば約束の指輪に戻るらしいのですわ」
「なるほど、童話でカルミアの王子が失敗した試練ってそれね」
「ええ、それでマルトニアの王子が雪薔薇の指輪を奪い、雪薔薇の女王を封じたようなのですわ」
「それじゃあ、その試練を達成できればネーヴェは救えるのね」
こくりと頷くウェルシェに一条の希望の光を見てイーリヤは嬉しそうに声を上げた。
「でかした!」
「ふふふ、レーキ様達はとても優秀で使える方ばかりですもの」
どこぞの側近達とは違うとウェルシェが自慢げに胸を張る。
「うんうん、使える使える、ホント優秀ね。それで試練ってどうすればいいの?」
「それはまだ調査中ですわ」
「使えない!」
「酷ッ!?」
憐れブラック企業ウェルシェの従業員達。不眠不休の調査も報われない。しかし、イーリヤにとって一番知りたいのは試練の内容なのだから仕方がないのだ。
「ふんっ、だから私に全部任せておけばいいのよ」
「ちっ!」
勝ち誇るアイリスに何も言い返せずイーリヤが舌打ちした。こうなれば情報を握っているアイリスに頼る他ない。
「ところでお二方、よろしいんですの?」
険悪なイーリヤとアイリスの間にウェルシェが恐る恐る手を挙げた。
「肝心のネーヴェ様とトレヴィル殿下のお姿が見えないのですが」
「「えっ!?」」
イーリヤとアイリスが争っているうちにネーヴェ達はさっさと先へ行ってしまったようである。
「ああっ! あんたらのせいで雪薔薇の女王を見失ったじゃない!」
「あんたが突っかかってきたからでしょ!」
「そんなこと言って、最初から私の邪魔をするのが目的だったんじゃないの」
「するわけないでしょ、邪魔したらネーヴェを救えないでしょうが」
「だけど実際見失ってんじゃん。どうすんのよ!」
「大丈夫よ、こんな時の為にウェルシェを連れてきたんだもの」
「えっ、私ですの!?」
急に話を振られてウェルシェは困惑した。しかし、イーリヤは構わず先程までネーヴェ達がいた方向を指差した。
「さあ行け、ウェルシェドール・レトリバー!」
「今回こんな役回りばっかりぃ!」
「泣き言はいいからゴーゴーゴー!」
「もう! わんわん!、ですわ」
何だかんだと付き合いの良いウェルシェだった。