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翌日、天気は快晴。レヴィンは周囲の森の探索を終えてのんびりと日向ぼっこをしていた。戦争中というのが嘘のような穏やかさだ。
森の木々を通る日差しは心地よい温かさがあって、何とも昼寝にはうってつけ。そよぐ風も心地いい。
「こんなに気持ちのいい日なのに、それを楽しむ事すら困難なんて。国ってのは本当に厄介だな」
なんて呟いてみる。勿論、聞く者などないと分かっていて。
緑の世界に、所々赤や黄色の差し色が見える。葉の隙間からは青い空が見える。自然はこんなに綺麗なのに、人間の世界ってのはごちゃごちゃしていて綺麗じゃない。そんな世界の国を治めるとなると、人間性格も歪むし苦労も多い。それはユリエルを見ると顕著だ。
そんな取り留めも無いことを考えていると、不意に足音が聞こえてきた。草を踏む、まだ軽い足音。確認しなくても分かる相手だ。
「レヴィンさん」
「シリル、こっちにおいで。あんまり一人で出歩くと心配されるよ」
草地に寝転がったままで手招きすると、シリルはその傍に座り、突然覆いかぶさるように抱きついてくる。これには流石のレヴィンも驚いて面食らった。だが、しがみつく体が僅かに震えているのに気づいて、その背を撫でた。
「どうしたのさ、シリル。何かあったのかい?」
「僕は、いけない子です。兄上が心配で、兄上を疑っています」
今にも泣きだしそうな新緑の瞳が覗き込む。それを下から見上げるレヴィンは、そっと頬に手を添えた。
「俺には肉親がいないから分からないけれど、そんなもんだと思うよ。特にあの人は忙しくて秘密主義だからね。いけないなんて事はないよ」
「違うんです! 僕は……兄上の幸せを願っているのに、兄上が遠くに行ってしまうのを恐れて兄上の幸せを心から応援できないんです」
「どういうこと?」
どうも話の焦点が見えないし、シリルの様子が違う。レヴィンは起き上がって、真っ直ぐにシリルを見た。幼い体が震えている。困惑に表情が強張っている。その額に口づけて、しばらく体を抱いた。体の震えが消えて冷静に話が出来るようになるまで。
たっぷりと十分以上が過ぎて、シリルはようやく落ち着いたみたいだった。レヴィンは体を少し離し隣に座る。シリルはまだ俯いていたけれど、やがてポツリと話し始めた。
「兄上と昨日、話をしました」
「うん」
「その時、兄上は好きな人がいると言ったんです。しかも、男の人」
「あぁ……」
なんと言うか、聞いていい話なのだろうか。別に他人の趣味をあれこれ言うつもりはないし言える立場でもない。だが、あの人の相手が男というのは……生々しいな。
一瞬想像したレヴィンは妙に腰に響くものを感じて妄想を止めた。最近そちらはご無沙汰だから妙な色気に当てられそうだ。
「ユリエル陛下は、なんて?」
「その人の事、遠い月のようだって。それに、命ほど大切だとも言っていました」
「意外と一途で情熱的なんだね、ユリエル陛下って」
「相手も相当無理をして、色んなものを犠牲にしてるって。そう、苦しそうに、幸せそうに言うんです。でも、そう言ったのと同じ表情でフォレを愛でる兄上を見ていたら妙に、不安になってきて」
考えすぎだと言えばそれまでだ。恋人を想って幸福な顔をするのは普通の事。敵国の鳥を愛でて幸福な顔をしたのは、単に動物好きと言えなくもない。だが、シリルはこの二つを直感的に結びつけたのだろう。だから不安になっているんだ。
レヴィンも考えた。ユリエルが詩人に扮して時々抜け出していたのは知っている。ただそれは、堅苦しくて息が詰まる日常からほんの少し逃避して、息抜きに出ただけだと思っていた。もしもあの時、誰かに会いに行くことが目的だったら?
それにラインバール平原での戦の直後、ユリエルは明らかに様子が違った。塞ぎ込んで珍しく仕事を放棄して森に散策に出たのをレヴィンは窓から目撃している。しかも、立て続けにその夜も出かけていた。
その翌日からはむしろ元気になっていた。そして今回の強硬な作戦だ。
いつもその陰にルルエの存在があるように思う。明確ではなくても、距離が近い。疑うにはあまりに恐ろしい事だが、一度不審を抱くと妙な確信があるように思えてくる。
「そんなに心配なら、つけてみようか?」
ここでこうして考えたって答えはでない。レヴィンは軽い調子でシリルに言った。それにシリルは困惑したが、やがてしっかりとした表情で頷いた。