「二人にお願いがあります。私はこれから、国内の掃除をしたい」
「あぁ、うん。まぁ、タイミング的にはいいよね」
頃は収穫が終わり、税が納められ始める時期。新たな不正を行う役人や領主の手元に証拠が残っている可能性がある。しかも、収穫祭が王都で行われるのに合わせて国王、もしくは王に準ずる者が赴くのが通例だ。この時期にしかるべき人間が各領地を回っても不自然ではない。
そこでレヴィンははたと気づいてユリエルを睨む。隣のシリルも何かを察したのか、真剣な表情でユリエルを見ていた。
「もしかして、シリルに掃除させるつもり?」
「シリルを国王代理として収穫祭に出席させます。そのついでに、道中各領地へと赴いてもらいます」
「まった! 危険なの分かってるよね? 各領地の領主だってシリルを王に据えたいと思ってる。抱き込みたいと思ってるんだ。そこに放り込むつもりかよ」
「国王代理として、王に準ずる権限も与えます」
「鴨葱だぞ!」
「食いついてもらわないと意味がありませんから。美味しそうに飾り付けます」
開いた口がふさがらない。これが実の兄がやることか。レヴィンは怒りを込めて睨み付けたが、こういう時はガンとしてユリエルも譲りはしない。
けれど意外な場所から、決意の声があがった。
「分かりました、兄上。僕にできることなら何でもします」
「シリル!」
隣の少年は実に真面目な、意志の強い瞳でユリエルを見据えている。その横顔は凛として美しいくらいだ。
「兄上が出来る事なら僕に頼みはしない。兄上にできないからこそ、僕にお願いするのですよね?」
「えぇ。私が各領地を回っても、警戒されて尻尾を出しません。貴方が相手なら奴らは不用意に近づきボロを出しやすい。何より、奴らは貴方の成長を知りません」
心を明かすように言ったユリエルに、シリルは嬉しそうに笑う。力を認められた事が嬉しい様子だった。
「分かりました、お受けします」
「シリル!」
「ですが、問題があります。僕は囮になれても、自衛ができません。捕えられでもしたら本当に奴らの思うつぼです」
「レヴィンがいれば、十分に貴方の身は守られますよ」
やんわりと笑うユリエルの瞳が、不意にレヴィンを見た。それにドキッとしてしまう。なるほど、このためにまとめて謀ったのか。
「レヴィンをシリルの護衛隊長としてつけます。二人で各地に赴き、諸問題を解決してください」
「簡単に言うね」
「簡単ではありませんよ」
そう言って苦笑するユリエルを睨んだが、結局それ以上は何も出てこなかった。
詳しくは後日、という事になった。シリルが受けるというのだからレヴィンが断るはずもない。他の人間に任せるくらいなら一緒に行ったほうが安心だ。
「苦労するな、互いに」
場が少し開けて、シリルはユリエルの傍であれこれと話している。とてもそこに参加する気にはなれなくて離れていると、意外な人に声をかけられた。
「あの兄弟、なんだかんだで似てるんだね。振り回されてるでしょ?」
「そうだな。だが、悪くはないのが困る」
なるほど、重症だ。こんなに振り回されてそれでも笑っていられるんだから。
ルーカスは断りを入れてから隣に座る。敵の大将だっていうのに居心地悪くないから困る。
「悪いな、巻き込んで」
「え?」
見れば、困った笑みを浮かべるルーカスがいる。それに、レヴィンも困ったように目尻を下げた。
「だが、これがあいつなりの誠意なのだそうだ」
「厄介な人だね」
そう、本当に厄介だ。こんな信頼、受けたことがない。こんなに懐深くまで晒してくるなんて予想してない。簡単に人を騙すし、残忍にもなれる人なのに、内に入れば深い愛情をかけてくれる。
「人たらしだ」
「確かにそうだな。あれは厄介だ」
苦笑したルーカスを見て、レヴィンもまた深く頷いた。
▼ユリエル
シリルとレヴィンに秘密を明かした翌日、夜も遅くなってからシリルとレヴィンを寝室に呼んだ。シリルは何度か来たことがあるが、レヴィンはいまいち落ち着かない様子でいる。笑ってお茶を出し、ユリエルは対面に座った。
「詳しい話、ですよね?」
緊張した面持ちでシリルが問う。それに、ユリエルは頷いた。
「昨夜話した通り、国内は今収穫と納税の時期です。鬼の居ぬ間に不正をしたい領主などはせっせと着服しているでしょう。だからこそ、今視察を行えば不正を隠す事が難しい。私が行けば見つかる事を恐れるでしょうが、シリルならば油断するでしょう」
「なんだか、それも腹立たしい気がします」
新緑の瞳に不快感を見せ、可愛らしい眉を寄せる姿は最近さまになってきた。だが、本来はあまりこのような顔をして欲しくないのだ。
「いくつかの領地で不正が顕著だと報告を貰っています。それらをまわり、不正を暴きつつ王都を目指してもらいたいのです」
「それはいいけれどさ。不正って、どうやって見つけるつもり?」
「それは」
「僕がやります」
レヴィンが嫌な顔をして言ったのは、おそらく自分が動くつもりだったからだろう。だが、ユリエルはこれ以上彼に汚れ仕事をさせるつもりはなかった。それを言う前に、シリルは強い言葉で割って入った。
「兄上がこれまで僕に教えてきた内政の仕事は、こうした事に役立つはずです。帳面を調べれば必ず矛盾がでます。元々、矛盾した事を書いているのですから」
シリルは聡い。それは分かっていたことだが、予想よりもずっと察しがいい。ユリエルは満足に笑みを浮かべて頷いた。
「シリルに国王代理として一時的に権限を与えます。貴方の求めは王の求め。おかしいと思えば調べてください。そして、必要ならば領主や役人を捕らえて私の所に送ってください。後は私がやりましょう」
「はい、兄上」
満足そうに笑うシリルを見るレヴィンが、とても気遣わしい顔をする。そして次にはユリエルを見て、求めを口にした。
「俺に軍を動かす権限を貰いたい」
「レヴィンさん?」
淀も無い言葉は真剣そのものだ。シリルを守る、その為に一人で背負う覚悟のある目だった。
「役人や領主を捕らえて引っ張るなら、お付の兵や俺だけじゃ足りない。シリルの判断に従うが、最悪軍を動かせる権限がないとやり遂げる事ができない」
「お前が背負ってくれますか?」
「そのつもりだよ」
逃げない紫の瞳を見つめて、ユリエルは静かに頷く。そして、予め用意しておいたものを机の中から出して彼の前に置いた。