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10話 誠実の証(2)

「ことに陛下、忠誠を尽くす家臣への褒美は考えておいでで?」

「ん?」


 神聖な雰囲気から一転、俗な空気に変わった。肌で感じたユリエルは、見上げるレヴィンがニヤリと笑ったのを見た。


「この任務を無事に終えたら、俺欲しいものがあるんだけれど」

「シリルの事でしたら既に私は許していますよ。後は二人の同意のもとでお願いします」


 ユリエルもにっこりと笑った。それに意表を突かれたのはレヴィンの方だっただろう。キョトッとして、次にはムスッとした顔をした。


「嫌な人」

「そうですか? 私は寛大な主だと思いますよ」

「自分の弟を男の、しかも天使に差し出そうってのか?」

「貴方が天使であるのと、シリルの問題は別です。私はこれでも恋愛は自由であっていいと思っていますから。遊びで手を出されるのは腹立たしいですが、真剣に考えていると言うならば見守りましょう」


 「自由恋愛」という部分でレヴィンは笑う。そして「でしょうね」と付け加えた。


「まぁ、周囲が何を言うかは二人で処理してください。後、かけおちもやめてください、面倒なので。堂々と付き合えばいいし、私はそれに関して何も言いません」

「本当にいいんだ」

「私に比べれば問題は小さなものですよ」


 そう、彼らの前にある問題など些細だ。同性である事と、身分の問題。けれど同国であり、内部だ。


 ユリエルの想い人は、敵だ。


 ふと暗くなる気持ちに胸を締め付けられる。会いたいと願う気持ちが苦しくなる。ふとした瞬間に私人に戻され、苦しさを感じる。人を愛するということはこんなにも厄介で、苦しくて、温かい。

 トントンと肩を叩かれてハッとする。見られたくない部分を見られた。それが嫌で前を睨むと、柔らかい表情のレヴィンが笑っていた。


「なんかさ、陛下って案外可愛いね」

「なっ!」

「いい事だって言ってるの。誰かを思って心が動くのはいいことなんだよ。俺は最近、それをよく感じる。だからこそ手放せないんだ。何を投げても、例えそれが自分の命でも、守らなきゃいけないものってのはある。そう思わせてくれる相手がいるのは、幸せなんだなって」


 寂しそうに、悲しそうに、幸せそうに。複雑に絡む感情が見える。レヴィンの過去がこんな顔をさせる。

 彼は知っているのだろう。心の動かない時間や、動かしてはいけない時間の不幸を。だからこそ感じる今の幸せを、噛みしめているのだろう。


「まぁ、いいんじゃないの? 間違いなくあの人、いい男だしね。ユリエル陛下を支えるならあのくらいの度量が無いと無理だろうし」

「簡単に言いますね」

「簡単じゃないのは知ってるよ。だからこそ手伝う。俺も応援してるよ、二人をさ」


 らしくない話をしている。それでも、受けてくれる相手がいることは心が軽い。明かした秘密は決して軽くはないけれど、受け入れてくれたのだと分かると嬉しくなる。


「やってやろう、必ず。俺はあんたの味方だ」


 そう力強く言ったレヴィンに頷き、ユリエルもひっそりと誓う。

 友の幸せと、描いた未来を実現させることを。


◆◇◆


 翌日、シリルとレヴィンを送り出すユリエルは皆の前に立ってシリルを激励した。


「これより先、貴方の行いは王の行い、貴方の言葉は王の言葉と等しい。その責任を考え、無事に責務を果たして下さい」

「はい、陛下。私はこれより陛下の名代として、立派に責務を果たして参ります」


 皆の前で堂々とした姿を見せるシリルを前にして、ユリエルは胸が熱くなる。幼いとばかり思っていた弟の成長を見て、兄として胸に迫る思いがあった。


「レヴィン、シリルを守る要として、よく彼を助けてください」

「お任せを、陛下」


 慇懃にも取れる丁寧な礼をしたレヴィンは、チラリとユリエルを見て笑う。昨夜の今日でよくもまぁ、こんなにも平然としていられるものだ。

 呆れた顔をしたユリエルに、シリルが腕を伸ばす。そしてその手が首に抱きつき、ギュッと幼い子がするように引き寄せられた。


「行ってまいります、兄上」


 いつもの柔らかな声がそう言うのに、ユリエルは柔らかく微笑み頭を撫でる。立派なシリルもいいのだけれど、やっぱりこの方がこの子らしい。

 けれどそれは表面上だけだった。耳元に自然と寄せた唇が、小さくユリエルに囁きかけた。


「安心してください、兄上。僕は、兄上の幸せを何よりも願っています」

「シリル」


 驚いて顔を見ようとしたけれど、強く抱きついていてそれが叶わない。二人だけに聞こえるような小さな声が、更にユリエルの耳に言葉を吹き込む。


「僕は、兄上の幸せを誰よりも願っています。誰が反対しても、僕だけは味方をします。だからどうか、旅立つ僕達を思って身を慎んだりはしないでください。どうか、僅かな時でも顔を合わせ、睦まじい時間を過ごしてください」

「それは……」


 心の中を読まれているのか、ユリエルは思っていた事を言い当てられた気分で苦笑する。シリル達が無事に戻ってくるまでは身を慎んで彼らの無事を祈ろうと思っていたのに。


「駄目ですよ、兄上。愛しい人の求めを拒むなんて。そんなの、心が病気になってしまいます。素直に甘えてください」

「難しい事を要求するのですね」

「そう難しくはないはずです。いいですか? これが僕がこの任務を引き受ける条件ですからね」


 釘を刺すように言われてしまってはどうしたらいいのか。だが、その心が嬉しくてユリエルは笑った。

 その時、少し離れて見ていたレヴィンが近づいてきて、突然ユリエルとシリルを抱き込むように抱きしめる。それに、ユリエルは明らかな抵抗をした。


「ちょっと!」

「いいじゃないのさ」

「よくありません! 可愛い弟ならいざ知らず、なんでお前に抱きつかれねばならないのです!」


 ジタジタと体を捻るが簡単には外れない。そうしているうちに、耳元で含み笑う声がした。


「まぁ、任せてよ。必ずシリルを守ってみせるし、任務もこなす。だからさ、あんたは信じて待ってなよ」

「レヴィン」


 暴れるのを止めて、ユリエルはレヴィンを見る。近くに見る紫の瞳が、柔らかな光をたたえていた。


「生きて帰りなさい。無理をして、お前に何かあったら私は生涯自分を責めます。それが、私がお前に求める最も大切な任務です」

「難しい事を言うよね、ユリエル様は。でも、素直に有難う。頑張ってみるわ」


 そう言うと腕を離し、出発前の護衛達の所へと向かってしまう。その背を見て、ユリエルとシリルは見合わせて笑った。


 秋の始め、ルルエ国リゴット砦を出たシリルとレヴィンは一路、タニス王都を目指したのだった。

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