二階の一室を借りたシリルは、同じように入ってきたレヴィンを睨み付けた。
「どうして正体を隠していたのに、ばらしてしまったのですか?」
理由があるはずだ。けれどそれが見えないから不安になる。
レヴィンは誤魔化すようにそしらぬ顔をしている。その態度に、シリルは余計に目をつり上げた。
「レヴィンさん!」
「そう怒らないで。ほら、お兄さんに似てくるよ」
「兄弟ですから」
「うーん、可愛くない答えは好みじゃない」
わざとらしく怯えて見せるのもなんとなく嫌で、シリルは余計に怒った顔をする。けれど次にはレヴィンは苦笑を浮かべて、椅子に座った。
「彼は領主に不信感を持っていると思う。だから協力できれば、領主の悪事を暴く助けになると思ったんだ。暴く事ができれば失脚できるし、危険も減らせるからね。税に関する罪は重罪、しかも統治すべき村でこれだけ餓死者が出ている。間違い無く死罪だよ。おそらく被害はこの村だけじゃなく、周囲も同じだからそっちも助けられる」
レヴィンの考えを聞いて、シリルも深く頷く。同時にイライラしてしまった事を後悔した。この人はちゃんと考えがあるんだって、知っているはずなのに。
確かに税に関する罪は重い。程度にもよるが、これは悪質だ。更に管理すべき領地でこれだけの餓死者を出したとなれば領主の能力まで問われる。証拠さえ揃えれば法で裁く事は簡単だ。
「俺の案はこういうもの。ダメかな?」
「いえ、いいと思います。明日訪問する予定の領主は、兄が殺せと命じた人なのですか?」
「うわぁ、直球で聞くね。まぁ、否定もしないけれど。確かにターゲットの中に居たよ。でも、絶対じゃない。状況を見て酷いようなら対処して欲しいって感じ」
「それでも、知っていたのですね」
知っていても、何もできなかったのか。シリルは考えてしまう。この横暴がまかり通る国になっていたなんて、城でぬくぬくと育っていた頃は知らなかった。世界はとても綺麗だって信じていた。今思えば、信じさせられていただけだったんだ。
「知ってても、手が出なかったんじゃないかな。ユリエル様への反発は大きいし、敵は巨大で腐った欲が長年根を張っている。あの人が今やろうとしていることは、この病巣を切除して治療する荒療治だ」
気遣わしい笑みが痛く映る。知らなかった世界はあまりに酷い事がまかり通っている。そんな世界で、ずっとユリエルは戦っていたんだ。
「不器用だからね、あの人も。もっと楽な道なんていくらでもあるよ。あの人との事だってそうだろ? こんな腐った国なんて捨てて、あの人の手を取って逃げたってよかったのにさ。頑張れば頑張るほど苦しむ事は目に見えているのに」
「それをしないのが、兄なんだと思います」
辛くても踏ん張って、負けないように前を見て。痛々しい生き方だってシリルも思う。もう少し幸せになってもらいたいって。でもそれも、できないんだ。王であろうとする気持ちが、個人の幸せを優先させてくれないんだ。
「シリル、覚えておくといいよ。世界は常に関わり合いだから、決して自分一人の思いで動く事はない。それでも動かしたいなら、何かを犠牲にして痛みを負わなければいけない。その覚悟のある人だけが、世の中を動かす可能性を持っているんだよ」
寂しそうで、悲しそうで、痛そうな顔。今日はレヴィンのそんな顔を沢山見せてくれる。側に居ると胸が痛くて、締め付けられる。そしてこの表情は、兄のものにも似ていた。
この人に何かしてあげたい。でも何ができるのか分からない。精一杯に探して、シリルは柔らかく笑って頷いた。レヴィンの手を取って、静かに頷いた。
「僕の世界は小さいけれど、やっぱり簡単には回ってくれません。レヴィンさん、僕は犠牲を払う覚悟があります。僕に差し出せるものなら、見えるものも見えないものも。だから、僕の世界を守る手伝いをしてもらえますか?」
弱いなりに決意をしてきた。大事な世界は簡単に壊れるんだとシリルは学んだ。誰かの犠牲の上に幸せが成り立っていたんだと知った。できる事はないかと模索して、そして僅かに掴んだところだ。それを失わない為なら、何だってできる気がした。
シリルの言葉を聞いて、レヴィンは苦笑しながら頷いてくれた。そして労るように、優しく頭を撫でてくれた。
「僕はこれから、ヒューイさんと話をしてきます。隠さないなら、こっそりお願いしようと思います。誠意を持って話せば大丈夫だと思います」
「そうだね、いっておいで。その代わり、あまり詳しくは話さないようにね。あくまで表面上の事だけを言うんだよ。あまり詳しく知りすぎると彼の為にもならないからね」
国をまたぐ陰謀だとか、家臣の黒い謀反なんて物騒な事はかくしておかないと。変に知られると秘密がバレてしまうかもしれない。シリルは頷いて部屋を出て行った。