近づいたシリルの目は、真剣そのものだ。新緑の瞳は責めるように見つめてくる。問い詰めるように、側にある。
「僕は、醜いですか?」
「シリル」
「アデルを取り押さえ、ブラムが応じない時には本当に、僕は彼を傷つけるつもりでした。今回の事、僕はアデルにもブラムにも謝るつもりはありません。こんな僕は、レヴィンさんが好きになった僕とは違いますか?」
泣きそうな目だった。必死な言葉だった。壊れかけて悲鳴を上げる心が、言葉を求めている。レヴィンは抱きしめ、首を横に振った。
「ごめん、俺が」
「落ちたのは僕の勝手です。レヴィンさんが謝る事なんてない。欲しいものを見つける事もできなかった僕が初めて欲しいと思った人なんです。心から求めた人だから、離れられないんです。たった一つ、貴方を失わない為なら僕はどこまででも落ちていけます」
「うん」
分かっている。ずっと本気なのは分かっている。ちゃんと知っていたのに逃げ続けた。一緒に旅をして、変わりだしたのは分かってる。力を求めた理由も知っている。全部、レヴィンの側にいるためなんだと。
「……シリル、俺の話を聞いてくれる?」
レヴィンはそう切り出した。全てを話す事はまだできない。けれどちゃんと話さないと触れる事もできない。認めて、受け入れてくれないと動けない。もうずっとそうだ。自分の罪と穢れに尻込みして、触れる事を躊躇ってその度に苦しませてきた。
シリルは静かに頷いてくれる。そっと隣に腰を下ろして、レヴィンが話し出すのを待っていた。
◆◇◆
「俺が子供の頃、国は荒れていて大変だった。ラインバールでの戦いに、不作が続いて食べる物がなくて、耐えかねた貧しい人が蜂起したんだ」
覚えていないくらい幼い記憶を語れるのは、これが転落の始まりだったから。調べて、飲み込んだ事だから。
「俺の両親はこの時に死んで、俺だけが残った。農民の拙い一揆は一ヶ月と続かなくて、残されたのは沢山の孤児だったんだ」
親の顔も覚えていない。そこが温かかったかも分からない。覚えているのはとてもお腹が空いていて、苦しくて死んでしまいそうだったこと。
でも、その後の地獄を知っていれば、この時死んだ方がよかった。
「国はこの時の孤児をとある孤児院で引き取った。沢山の孤児が集められて、みんな救われると思っていた。その孤児院の名前が『天使の家』だった」
子供を指して天使とつけ、最初の日は暖かな布団の中にくるまり、飢えを忘れた。同じように傷ついた仲間と熱を分け合うように眠ったのだ。
「けれど、違った。孤児院なんてのは名ばかりで、本当は暗殺者の養成と人体実験が目的の非合法な施設だった。身体検査をされた翌日、俺は地下にできた巨大な牢獄に入れられた」
冷たい石造りの壁に窓はない。格子のはまった個室には薄っぺらい布団だけ。遙か頭上にある明かり取りの窓にすら格子がはまり、雨の日には水が流れ落ちてきた。
「俺は五歳で、集められた奴らの中では年が上だった。それに、身体能力も高かったから暗殺者としての教育をされた。武器の使い方は勿論、毒や暗器の使い方、言語や文化の勉強、身のこなしや、人の誘い方、足音を消す方法、油断させる方法、声や姿を真似る技術。一年でこれについてこられなければ、ゴミ箱行きだった」
そうして消えた子供を何人も見た。使えないと判断されたら即刻、そいつは薬物実験のモルモットになる。そうなれば絶対に助からない。だから必死でくらいついた。こんなに落とされても、生きる事を諦められなかったんだ。
「初めて人を殺したのは、六歳。人のいい資産家の老人で、泣いている俺を心配して連れて帰って、温かい飲み物を飲ませてくれた。怖いと言った俺を心配して側に来てくれたのに、俺はその人を殺した」
助けを求める事は考えていなかった。全てを話してどうにかなるなんて、思えなかった。逃げたら殺される。話しても殺される。逃げる道なんてないんだと、一年の拷問が縛り付けた。
「これを、見て欲しい」
服を脱ぎ、背を見せる。忌まわしい罪の証。育った暗殺者につけられる、これは奴らの言うところの『ご褒美』だ。そして、少しずつ施された薬物実験のモルモットの証でもあった。
「これが、天使だよ。優秀な奴につける証だそうだ。六枚、あるだろ? これが最上。俺は、覚えていないくらい殺してきた。感情を捨てて、ただそこにあった」
持つだけ無駄なものは最初の一年で捨てた。実験で死んだ子供を見ても、いつしか悲しいと思わなくなった。残ったのは恐怖。死にたくないという純粋で強い恐怖だけ。ただそれだけが縛り付けていた。
「いいなりになっていれば殺されない。失敗しなきゃ殺されない。毎日それだけを胸に生きてきた。その為にあらゆるものを身につけてきた。連れてこられた奴の死を見るたびに、同じように転がる自分を想像して吐いてた」
その頃にはもう、恐怖以外は分からなくなっていた。幸せも、愛情も、許しも、罪悪感もなくなっていた。そう、育ってしまっていた。