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第8話だぞ【仕事終わりに......】


「はぁ、はぁ……もう、動けん、ぞ……」

「ん?魔王というのはそんなに体力が無いものなのか?」

「く……我、戦う時は魔力を使うからこうやってそのままの体力は使わないのだ……」


 って、絶対聞いてないだろ……悠介め……

 辺りが暗くなった頃、無事作業を終えた我はひとつの建物の前に連れてこられていた。


「ほら、着いたぞ。」

「あ、あぁ」


 そうして我は、車の扉を開けて外に出る。

 すると目の前には、廃れた横長の二階建ての建物があった。

 な、なんだここは……


「悠介、ここはなんだ?」

「ここは、今日からお前が暮らすアパートだ。お前の部屋は204――階段を登って1番奥の部屋、生活に必要な物はある程度準備しておいた。」


「とりあえず、そこにある服を着てすぐ出てこい。今日は仕事初日、特別に銭湯に連れて行ってやる。」

「銭湯?」

「風呂のことだよ。」


 あぁ、風呂か。確かに我はまだこの世界に来てから一度も入っていなかったからな。

 これは普通に嬉しいぞ……!



 それから、風呂と聞き一気に気分の上がった我はウキウキで茶色に錆びた階段を上がり、言われていた通り一番奥の部屋の前に来た。


 これってあれだろう?旅している冒険者たちが利用する宿の様なものだろう?

 だから、大丈夫だ。そこまで内装の事に関しては高望みしていない。


 確かに、良い宿もあるにはあるが、この外見からしてそうでは無い事くらい分かる。

 ふっ、どうせ高望みしていると思っていただろう?残念だったな。


 ガチャ、階段と同じ様に錆びた扉の、唯一最近付けられたのか綺麗なドアノブを我は持つと捻り、手前にそれを引く。


 するとその瞬間、部屋の中からモワッとホコリの匂いが溢れてきた。

 中は明るい。どうやら悠介が付けてくれていたようだ。


「よし」


 そして、そのまま我はこれから自分の物になる部屋に入った――って、は、はぁ!?


「って、狭すぎやしないか!?!?」


 そこで我は、たまらずそう叫んだ。

 い、いや、さすがにこれは狭すぎるぞ……!?


 まず、入ったすぐ右にあるキッチン。まぁ、これは分かる。

 そしてその反対、左には扉の付いていないトイレがあり、正面には小さな部屋が一部屋。以上だ。


 こ、これ……我がずっと城に住んでいたから小さく感じるのか……?いや、違うだろう。いくらなんでも狭過ぎるぞ。

 だが、そこで先程の叫びが不審に思われたのか、


「おい?何をしてるんだ。お前の隣にも職場の仲間が住んでいるんだから静かにしろ。それに、早く着替えて出てこい。」


 開きっぱなしにしていたドアからそう悠介の声が聞こえて来た。


「あ、あぁ。分かっている。」


 だが、そこで我が「おい悠介!この部屋狭すぎないか!?」と叫ぶことは無かった。

 確かに、昨日までの我ならそう叫んでいただろうが、今日、我は1日通して悠介や、周りの人間たちに仕事の事を教えてもらったのだ。


 確かに口調は荒いし、命令も厳しいものばかりで、まだ何度も言い返したりはするが、それでも分かる。

 きっとこれは新しく入った我の為にしてくれている事なんだと。


 それに、仮にもこの部屋だってタダで貸してくれているのだ。たとえどれだけ酷い部屋だったとしても貸してくれた悠介に文句を言うのは違うだろう。

 それこそ、魔王としてのプライドが許さない。


 だから、そのまま玄関を上がると、部屋の真ん中に置いてあった布団の上に置いてある何着かの服の中から、我はひとつ選んで着替える事にした。



「お、やっと来たか。遅いぞ」

「あぁ、すまない」


 それから我は着替え終わり、階段から降りて悠介の車の方へ行くと、そこには待ちくたびれた様子の悠介が車にもたれかかって暗い空を見上げて待っていた。


「よし、じゃあ乗れ。銭湯はここから近いんだ。すぐに着く。」

「了解だ。」


 我と悠介は車に乗り込む。

 こうして銭湯へ向かった。


 ♦♦♦♦♦


「こ、これが、この世界の風呂なのか……!!」

「おい、他の人も居るんだ、静かにしろよ」


 それから銭湯に着き、会計などを悠介に済ませてもらった後、服を脱いで浴場へと入った瞬間、我はついそう口に出してしまった。


 だって、ものすごく広いではないか……!我の城も中々の大きさではあったが、流石にここまでとは思わなかったぞ……!


「お、おい悠介……!もうあそこに飛び込んで良いか……!?」

「ダメに決まってるだろ。まずは身体を綺麗に洗うぞ。湯船に浸かるのはそれからだ。」

「くぅ……まぁ良いだろう。」


 楽しみは後に残しておく方が良いしな。

 そうして悠介の背後をついて行く我。


「じゃあ、ササッと洗うぞ。」

「あぁ、って、お、おい悠介?」

「この管の様な物から、どうやって湯を出すのだ……?」

「お前、殴るぞ。」



「ふぅ……最高に気持ちが良いぞ……」

「だろ、仕事終わりの風呂は俺も好きだ。」


 それから、シャワーという物の使い方を悠介に教えてもらい、身体を洗い終わった我は、遂に待望の湯船へ浸かった。

 はぁ……この身体全体を湯が包み込む感覚……これは他の何でも感じる事が出来ない感覚だ……


 先程頭を洗った時も痒いところが無くなって行く感じで良かったが、久しぶりの湯船も良いものだな。


「で、どうだった?初めての仕事は」

「ん?あぁ、まぁ中々に疲れるが、我は魔王、そのくらい余裕だ。」

「そうか、それなら良かった。――好きなんだろ?ゆうりの後輩の事」

「――!?」


 って、な、何故悠介がその事を――


「な、何故!?その事を知っているんだ……ッ!?」

「まぁ、ゆうりから色々聞いてるんだよ。」

「な……」


 あ、あいつ本当になんでも話すな……デリカシーの無い奴だ。


「――まぁ、頑張れよ。俺は応援してるからな」

「ん?あ、あぁ……」


 だが、この悠介は我の見た感じ悪い奴ではないしな、今回は魔王の我に免じて許してやるとするか。

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