「うちで、働く?――それはつまり、貴様の職場で我が働く、という意味か?」
「あぁ、そうだ。」
いや、いきなりそんな事を言われてもだな……ゆうりの兄がどんな仕事をしているかすら分かっていないし……
それに、我、働かなくてもこうやって生きていられるのだぞ?(コンビニから食べ物はもらっているが)
「……」
いきなりの話で黙り込む我に、ゆうりは「働かないとえなに好きになって貰えないぞー?」そう言ってくる。
く、くぅ……それを言われては何も言い返せんぞ。
するとそれに続く様にゆうりの兄も、
「実は今人手が足りていなくてな、働いてくれるなら空いてる部屋をタダで使わせてやる。」
へ、部屋が使えるのか……それは確かに公園暮らしの我からしたら相当いい条件だな……
――はぁ、仕方ない、どうせこのまま何もしていなくても暇なだけだしな。
元の世界に帰るまでの時間つぶしだと思って、
「分かった。働いてやろう。」
「よし、決まりだな。」
我はゆうりの兄からの提案を了承した。
すると、ゆうり兄、悠介は肩にかけていたバックを開き、中から水色の服を取り出す。
そして、それを我に手渡しすると、
「これが作業服だ。明日の朝にお前の住んでいるという公園に車で迎えに行く。だから、その服を着て待っているんだ。」
車……?なんだそれ?――ま、まぁ良いか。
「分かった。」
こうして、我は悠介の職場で働く事になった。
♦♦♦♦♦
そして翌日、我は昨日悠介に言われた通り渡された作業服に着替えると、いつものベンチに座って待っていた。
「はぁ……」
高齢者がチラホラ散歩している朝の公園で、我はひとりため息を吐く。
だって、いくらなんでもこの服、ダサすぎないか……?(あくまでも魔王の意見です)
いつも我が着ている服とは大違いだぞ。
この世界の人間は、ファッションセンスが低いのかもしれないな。
すると、そこで公園入り口の前にひとつの鉄の塊が止まると、中からひとりの男が現れ、我の方へ歩いて来た。
間違いない、あの何を考えているか分からないクールなイケメン男は悠介だ。
なるほど……やっと分かったぞ。
昨日言っていた「車」と言うのはあの鉄の塊の事だったんだな。
「おはよう、ちゃんと服は着たな。」
「あ、あぁ。」
「よし、じゃあ早速現場に行くぞ。もう作業は始まっているからな。」
さ、作業……?昨日からずっと気になっていたが、我は一体何をすると言うのだ。
「ゆ、悠介、我は一体なんの仕事を――」
我はベンチから立ち上がると、同じ作業服を着る悠介にこれから我が何をするのか聞く――が、
「昨日は違ったが、今日からは俺がお前の先輩だ。だから名前にはさんを付けろ。ほら、行くぞ。」
悠介は我の質問に聞く耳を全く持たず、名前の呼び捨て部分だけ注意し、そのまま車の方へ歩いて行った。って、
な、なんなのだこの男は……
我が優しいから良かったが、貴様なんて魔王にかかれば一瞬にして灰に変えられるんだぞ……?
だが、まぁゆうりの兄と言う事で今回は見逃してやろう。
「はぁ……」
我は歩いて行く悠介の背中にため息を吐きながら、同じ様に車の方へ歩いて行った。
それから我は車に乗り込むと、悠介の横に座った。(助手席と言うらしい)
すると、早速車は動き出す。
「うぉっ!す、すごい……!悠介!この車はどの様な魔法を使っているのだ!?」
「魔法……?あぁ、ゆうりから聞いたぞ。お前、魔王なんだよな。」
「ん?あぁ、そうだが?」
あれ……?この男、我が魔王だと言うことを知っても顔色を全く変えないぞ……?
今まで出会ったえなやゆうりはなんとも胡散臭そうな顔をしたというのに。
「――全然驚かないな。まさか、信じるのか?」
「信じるも何も、俺からしたらお前が魔王だとしても人間だとしてもどうでもいい。仕事の立場上、俺の後輩だと言うことには変わらん。」
「な……!?」
こんな事を真顔で言うのだから、流石の我も引き目に出る。
はは、この男、中々強いな。
♦♦♦♦♦
それからしばらく車で走り続けると、そこでいきなり車が止まった。
「よし、着いたぞ。」
「お、着いたのか」
一体我はこれから何をするのか、ワクワクしながら車から出る。
すると、目の前に広がっていたのはどう考えても工事現場だった。って、
「な、なんだここは……?まだ建物が出来ていないではないか」
まさか、仕事をする場所がまだ出来ていない、なんて言わないだろうな?
しかし、そう言った我の顔を同じ様に車から降りた悠介は不思議そうに見ながら、
「何を言っている?当たり前だろ」
「え?」
「俺たちはこれからこの建物を作るんだ。」
た、建物を作る……?あ、あぁ。なるほどそう言う事か。
「なるほどな」
「よし、じゃあ早速お前も作業に入るぞ」
悠介はそう言うと、もう既に作業をしていた仕事仲間たちに我の事を軽く紹介している。
だからあれだろ?これから我はこの作業の監修をすれば良いのだろう?
分かる、分かるぞ。我に監修をさせたくなる気持ちは、前の世界でも我の銅像の監修など、良くしていたからな。
しかし、何故かそこで悠介は我にシャベルを渡してきた。
ん?何故シャベル……?
「お、おい……なぜ監修をする我がシャベルを……?」
「は?監修?お前みたいな新入りが出来るわけないだろ。ほら、作業の事は最低限教えてやる。ほら、早く作業に加わるぞ。」
「は、はぁ!?わ、我が何故そんな事をしないといけないのだ!?」
くぅ!?おかしい!?おかしすぎるぞこの世界!?仮にも我は魔王なのだぞ!?
も、もういい!?こうなったら逃げてやる!!
「……ッ!?」
が、シャベルを投げて走り出そうとした寸前、我の頭の中でゆうりの言葉が再生された。
『ちゃんと働かないと、えなは振り向いてはくれないわ』
「クッ……くそが……」
きっとこれは、我がえなを手にする為の試練なのだろう。
わ、我が、世界を統べる魔王の我が、その試練から逃げるわけにはいかないッ……!!
仕方ない……未だに悠介からの我の扱いには納得行ってはいないが……やってやろうではないか……!!