「――じゃあ、我の事を嫌いでもなく、えな自身も元気なのなら、余計に何故えなは夜、公園に来ないのだ……?」
えなが我の事を嫌いじゃないと分かると、余計に来ない理由が分からなくなった。
いや、だって、本当にそれなら何故なのだ……?
しかし、そんな我に対してゆうりは、「なに真面目に心配してるのよ、魔王らしくないんじゃない?」笑いながらそう言い、
「えなはね、今会社で大切な仕事を任せられてるのよ。だから、夜アンタと会う時間が無いってだけ。」
「大切な、仕事……?」
「あぁ、あたしが頼んだ仕事なんだが、これが上手く行けばうちの会社としては相当な進歩だ。」
「な、なるほど、」
この世界で長く住んでない為、そこらの事情は全く分からんが、まぁ、ゆうりがこう言うんだ、大丈夫なのだろう。
「まぁそれなら安心したぞ。えなはちゃんと元気にやっているのだろ?」
「あぁ」
それを聞き、ふぅっと肩から力が抜ける我。
すると、そんな我を見たゆうりは、
「はは、ほんとアンタ、えなに恋してるなぁ〜」
「恋?なんだそれは?それも好きと同じ様な意味なのか?」
「まぁ、そんな感じよ。」
「なるほど、やはりこの世界には様々な言葉があるのだな。」
――実際のところ我がずっと魔王城に居たせいで知らなかっただけかもしれんが、
「――でもね?えなと付き合いたいんならまずは「安定」を手にする事が最優先よ。」
そこでゆうりは人差し指をピンと立ててそう言った。
って、安定?それはどういう事だ?
「?安定というのは何においてだ?」
「まぁ当たり前だけどまずは収入面よね。良い?魔王、女ってのは「生活の安定」を何よりも求める生き物なの。だから、えな含む女性にモテるには、見た目以上に安定した収入が必須って訳。」
「アンタ、ずっと公園に居るから多分働いてもないし家も無いでしょ?」
「ま、まぁ……だ、だが!それはこの世界においての話で――」
「あーはいはい話を誤魔化さない。だからとりあえず、アンタはどこかで働くという事を最優先事項にする事ね。えなと付き合いたいなんてそれからの話よ。」
「ちゃんと働かないと、えなは振り向いてはくれないわ」
「ッ!!……」
我はすぐさま反論しようとする――が、今回に関してはどう考えてもゆうりの方が正論なのだろう。
前の世界でも、やはり我の様な立場では無い一般人が働いていないと女なんてとても出来ないからな。
「だが、だからと言ってどこで働けば良いというのだ……我、本当に分からん。」
だから、反論の代わりにそう口にした。
しかし、そんな我に対してゆうりは白い歯を剥き出しニヤリと笑うと、
「そういうと思った。まぁ安心して、あたしがなんとかしてあげるから。とりあえず、明日もこのくらいの時間にこの店集合ね。」
「?」
♦♦♦♦♦
その翌日。
昨日喫茶店で「なんとかしてあげる」そう言葉を残したゆうりの指示通り、我は再び喫茶店前に来た。
一体、なんだというのだ?あれから別れるまでどれだけ聞いても詳細は教えてくれなかったしな。
「――あ!よっ!魔王!」
するとそこで、我よりも先に喫茶店前で待っていたゆうりがこちらの存在に気づき、そう言いながらいつも通りの笑顔で手を振って来た。
そして、その隣には見た事の無い男の姿がある。キリッとした目にシュッとした顔立ちの黒髪ショート。一体誰だ?
だがまぁ、後々教えてくれるだろう。
「あぁ、約束通り来てやったぞ。」
我は腰に手を当て一言そう言うと、男、ゆうり、我の3人で喫茶店の中へ入った。
「――で、我の仕事の事、なんとかしてくれるのだろ?それは一体何なのだ?」
店内に入ると、ゆうりはドリンクバーという物を頼み、我に飲み物を持って来てくれた。
それを飲みながら我はそう尋ねる。
(それにしてもこの飲み物、ゆうりがオレンジジュースと言っていたが凄く美味いな、いつも公園で飲む味の無い水とは大違いだ。)
しかし、その問いに対してゆうりは答えを示さず、
「それよりも先に、兄貴の事を紹介させてくれ」
そう言い、我と対面側に居るゆうりの隣に座っている男に話を振った。
すると、そこで初めて男は口を開いた。
「はじめまして、俺はゆうりの兄の
「あ、あぁ。って、貴様ら本当に兄妹なのか……?」
「ん?魔王、なんで疑ってるのよ?」
「いや、だってあまりにも雰囲気が違い過ぎるぞ。」
ノリの軽い感じの妹に対して、クールで落ち着いている兄か……やっぱり、とても信じられん。――が、ちゃんとこれでも兄妹なのだろう。やはり、人間は不思議な生き物だな。
「確かに、俺たちの性格は離れているかもな。色んな人に言われる。」
「そうだろうな」
「あぁ」
我とゆうりの兄、悠介はその様な軽い会話を交わす。
するとそこで、「あんまり関係ない話をしてたらあたしの昼休みが終わっちゃうから」と、早速本題に入って行く事になった。
すると、いきなり表情を真剣にした悠介が、こう言ってくる。
「早速だが、昨日話は妹から聞いた。お前、働く場所が無くて困っているんだよな」
「ん?――あ、ま、まぁな。」
我は別に困っているとまでは……だが、まぁ一応そういう事にしておくか。
「なら、うちで働かないか?」
「――へ?」
それは唐突に告げられた。そしてこの男、江戸川悠介との出会いが我の人生を大きく変えることになるなんて、この時の我は知る由もない。