そして迎えた翌日。今日は久しぶりにえなと会う日だ。
「――ここで大丈夫か?」
「あぁ、わざわざありがとうな」
我は集合場所の喫茶店前で止まった車から降りると、ここまで運転してくれた悠介に礼を言う。
(昨日、ゆうりと話した後、どうやらその事を悠介に言っていたらしく、今朝準備をしている我の元に悠介が「喫茶店まで連れて行ってやる」と来たのだ。)
「いや、問題ない。妹の頼みだからな」
「本当に妹好きなのだな、悠介は。」
「当たり前だ。あんなに可愛い妹、そうそう居ないぞ」
「た、確かにそうかもな」
全く、前から時々思ってはいたが、やはり悠介、妹――ゆうりの事大好きだよな。
というか、そんな悠介に対して気を使える様になった我はやはりこの世界に馴染んで来たという事なのだろうか。
「――じゃあ、我は行くとするぞ。」
「あぁ、明日からはまた毎日仕事だ。今日は十分に息を抜けよ。」
「あぁ」
そうして悠介はどこかへ車で走って行った。
なんだかんだ、良い奴なんだよな、悠介は。――っし、それじゃあ我も行くとするか。
そして我はすぐ後ろにある喫茶店の方を振り返る。――するとそこには、
「ねぇ、さっきから兄貴となに話してたのよ。早く行くわよ。」
「お久しぶりです!魔王さんっ!」
いつもより派手めな服を着ているゆうりと、水色のワンピースを着るえなの姿があった。
♦♦♦♦♦
それから2人と合流し一緒に店内に入ると、どうやら今は空いているらしく、すぐに席へと連れられ、食べ物を頼んだ。――のだが、、
「――って、魔王!アンタさっきから話聞いてる?」
「――ん?あ、あぁ!すまない、少し考え事をしていた。」
「はぁ、全く。あたしと2人の時は別に良いけど、えなの居る時にそれはダメなんじゃないの?」
「あぁ……」
そう、実は悠介と初めて会ったあの時から我は何度かこの喫茶店に訪れていた。(悠介と仕事の昼休みに来たり、仕事終わりに家へ押しかけてくるゆうりと来たりだ)
だが、今日の様に全く話や食べる事に集中出来ないのは初めてであった。
「あ、あの魔王さん……?スパゲッティお口に合わなかったですか……?すいません、お好きなサンドイッチもあったのに私が勧めたせいで……」
「ん?あぁ!?い、いやいや!!全然そんな事ないぞ!?むしろとても美味しいぞ!」
「そうですか……?魔王さんさっきから全然食べてないから……」
「……ッ!!」
そうして我は急いで目の前に置かれたスパゲッティという食べ物を口に詰め込む。
いや、本当にスパゲッティが口に合わなかった訳では無い。今言った通りとても美味い。
だが、傍から見たら確かに口に合わなかったのではないかとも思われるだろうな。
いつも食べ物に対する食いつきの良さを見てきたえななら余計だろう。
(違う……違うのだえな……)
そう、我がこんなにも無口で会話や食事に集中出来ていない理由。それは目の前で我を心配そうな目で見ながらスパゲッティをすするえなにあるのだ。
あ、勘違いするなよ?別にえなが何をしたという訳では無い。我がひとりで久しぶりに会ったから緊張しているだけだ。
なぜか……先程から会話に参加しようとしても、寸前で(変な事を言ってしまったらどうしようか……)と、止まってしまう。以前なら全く無かったのにだ。
全く、笑えるよな。こんなの魔王らしくないだろう。
我自身もそう思うぞ。
だからそこ、今すぐに調子を戻したいのだが……
「……ッ」
無理だ、やはり寸前のところで止まってしまう。
――だが、だからと言ってこうずっと考えていてもラチがあかない。
(よし、それなら今日は無理に話そうとせず、とりあえず2人の会話を見ているとして、何か話を振られたら話す事にしよう。)
「――あ!そう言えば魔王さん!働き始めたんですよね!確かゆうり先輩のお兄さんの紹介とかって、」
すると、そこで早速えなから話が飛んできた。
「あ、あぁ。」
「どうです?やっぱり大変ですか?」
「うむ、まぁ正直に言うとそうだな、大変だ。だが、時々休みもある。だから、全然大丈夫だ。」
「へぇ〜。なんだか魔王さん、変わりましたね」
笑顔でそう言ってくるえな。
「そうか?我はえなと初めて会った時からずっと変わらず魔王だぞ?」
「まぁ、それはそうかもですけど……なんていうか、現実的な考えをする様になったなって思います」
現実的、か。はは、確かにそうかもしれんな。
我は今まで、一向に働こうとはしなかった。きっとあの時悠介が仕事場に誘ってくれていなかったら今も前の様に食べ物を盗む公園生活を続けている事だろう。
今までの我からしたら、まず「誰かの下で働く」という事自体がありえなかったのだ。
だが、今は悠介と出会い、共に働く事でその考えは変わった。今まで自分に従って働いていた手下の気持ちも多少は理解する事が出来た。
そして、その変化は我にとってとても良かった事だと思う。確かに、今までの様な自分が常に頂点に立ち続けるのも良いが、こうやって同じ目線で共に頑張るのも、悪くは無いからな。
「現実的……確かにな。」
だから我は、「変わりましたね」そう言ってきたえなに笑顔でそう返した。