「う、うぅん……」
悠介さんと共に風呂から上がり、それから特にえなたちと何かがあったという訳でもなく、そのまま1日目は終わろうとしていた。――――が、布団に入り就寝してからどのくらい経ったのだろうか、我は夜中に目を覚ました。
和室の中心に置かれた机を端に退け、空いたスペースに引いた敷布団から我は上半身を起こすと、左側の窓を見る。
空はもう真っ暗で、そこに月や数々の星々が輝きを放っていた。
そう言えばえなと初めて会った時、「都会は排気ガスのせいで星が中々見えない」なんて言っていた気がする。
確かにここまで星が輝いている夜空を我はこの世界で初めて見た。という事は、ここはいつも住んでいる町と比べて廃棄ガスとやらが少ないという事か?――ま、とりあえずはいいか。
続いてその流れで隣に置いたスマホを手に取ると、時間を確認する。
「0時28分……」
この世界の時計は見にくいと多々思う事があるが、おそらく深夜だろう。
隣では悠介さんも静かに眠っている。
「我も早く寝よう」
なんせ今回は今日で終わりではないのだからな。
明日もしたい事が沢山あるのだ。だから今は体力を回復させるとしよう。
そうしてすぐ上半身を再び倒し、まぶたを閉じた。
――――が、一度起きてしまえば案外目は覚めるのだな、我は眠る事が出来なかった。
「仕方ない、夜風にでも当たるとするか」
こうして我は仕方なく布団から出ると、旅館から出て深夜のひんやりとした風に当たる事にした。
「――冷えるな」
それから部屋を出ると階段を降り、旅館から出る。すると海が近い事もあり意外に風が強く、我は肌寒さを感じた。
今は暑い季節らしいが、夜は寒いのか。これは何か服を羽織って来た方が良かったかもしれないな。
「って、ん?」
すると、そこで目の前に広がる砂浜の中にポツリとひとりの人影が見えた。
遠目からでも分かる、月光に照らされた黒髪ボブ――あれはえなだ。
「お〜いえな〜!!何をしてるんだ?」
「ふぇっ!?ま、魔王さん!?こんな夜中に何してるんですか!?」
「それはコチラのセリフだ。」
我は砂浜に座る人間がえなだと分かると、駆け足で寄って行き隣へ腰掛ける。
「えへへ……ちょっと寝付けなくて」
「なんだ、奇遇だな。我も同じだ」
「そうなんですか?」
「あぁ」
「……」
「……」
だ、ダメだ会話が続かん……ただでさえ今日の風呂で
「あ、あの……魔王さん?」
「……ッ!?な、なんだ、?」
するとそこでえなは誰に言うという訳でもなく、目の前にどこまでも広がる海を見ながら、優しい笑顔でこう呟いた。
「海面に映し出された月、綺麗ですね」
「ん?あぁ、確かにそうだな」
確かに、空に浮かぶ月を見るのも綺麗だとは思うが、海面に揺れる月というのもまた綺麗だな。――――まぁ、我は今そんな事よりもえなの綺麗な顔に釘付けだが。
「――覚えてますか、魔王さん。私たちが初めて会った時も同じ様な話をしましたよね。」
「あぁ、「廃棄ガスで見えない星が多い中、月は力強く輝いている。そんな月が好きだ」と、えなはそう言っていたよな」
「は、はい……覚えてくれていたんですか?」
「あ、当たり前だ!えなは我の――」
「我の?なんですか?」
「……ッ!!」
ま、まずい……!?なんか変な感じの事言ってしまったか……!?
「ねぇ、私は魔王さんの何なんですか?」
そう言い寄ってくるえなの顔は相変わらず綺麗だが、普段よりも少し頬が赤らめていた。
く、くぅ……!?
「な、なんでもないと言っているだろうッ!!」
「キャっ!?」
するとそこで我は勢い余って言い寄って来るえなを押し倒してしまった。もちろん、我も一緒に砂浜に倒れる。
「「……ッ!!」」
か、顔が近い……そしてえなの呼吸が我の顔にかかり、呼吸のタイミングが手に取る様に分かった。――――って、!?!?
「す、すまんッ!!!」
すぐに起き上がると倒れるえなと距離を取る我。
い、今のはヤバかった……!?し、死ぬかと思ったぞ!?
「い、いえ……大丈夫、です……」
えなはいつも通りの声色でそう返してくれるが、表情は見ていない為、どう思っているかが分からなかった。
「……」
「……」
そして、再び沈黙の時が流れる。
静かな夜に響き渡る波音は、その音が鳴れば鳴るほどふたりの沈黙の長さを煽って来ている様に聞こえ、我は内心どんどん焦って来ていた。
こ、これは何か言わなければ……
「……ッ!!」
我はとにかく、話題を振ろうと考え無しに言葉を口から出そうとえなの方を向うとする。
すると、えなも我と同じ考えだった様で、同時に振り向いた我とえなは声を出す寸前で目が合った。
「……ッ!?」
「あっ!?」
「ど、どうしたんだ?えな?」
「あ!?い、いや、別にどうって訳でも無いんですけど――」
「今の、嫌とかじゃ無かったんでその……ね、根に持たなくて大丈夫です」
「ふぇ……?」
ほ、本当に言っているのか……?わ、我一応えなの事を押し倒したんだぞ……?
その瞬間、今日の悠介さんの言葉が頭の中で再生される。
『でも、あんな事を出来る仲なんだし、相手もお前の事、好きなんじゃないのか?』
『――俺は応援しているからな。』
「……ッ!!」
これは……いけるかもしれない……!!
それに、ここで告白しないと魔王ではない……ッ!!我はえなを自分の女にすると、心に誓ったではないかッ!!
「な、なぁえな」
「は、はい……なんですか?」
「えなは月が好きだと言ったよな、力強く輝きを放つ綺麗な月が好きだと」
「は、はい」
「確かに、我も月は好きだ。だがな――」
「別の世界からここへ来て、何も分からず、周囲からは距離を取られ、ひとりぼっちだった我に優しく話しかけてくれたえなは、我にとっての月なのだ。」
「……ッ!!そ、それって……//」
そこでえなの頬がかあっと赤くなる。
が、止めない。この想いを――我は伝えるのだ。
「あぁ、我はえなの事が好きだ。これからもずっと一緒に居て欲しい。」
「……ッ!!!」
「だから我と――――」
ドシャンッッッッッッ!!!!
その瞬間だ、我とえなの目の前に稲妻の様な光の柱が現れた。
そしてすぐに我は感知する、これはただの雷なんかではない
「な、なんですかこれ!?」
「下がってろえな、絶対に我から離れるのではないぞ」
我は頬から冷や汗がつたる感覚を覚えながら、光の柱を凝視する。
すると、その光の中からひとつの人影が現れ――
「魔王様、やっと見つけましたよ。お迎えに上がりました。」