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第七話 【一条善樹】再会

五人分


Dグループが六人って、誰のこと?・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たち、ずっと五人のグループだったよね・・・・・・・・・・・・・・



 ガヤガヤとしたお客さんの話し声が、一瞬聞こえなくなったような気がした。

 善樹が大きく目を見開くのと、美都がコーヒーを飲み干したのが同時だった。


「五人グループ……? いや、風磨も合わせて六人だったじゃないか」


 そう主張しながら、善樹は自分自身、「本当にそうだったか?」という疑問が頭の中で渦を巻いた。ズキン、という頭痛すら感じてこめかみを抑える。美都が「大丈夫?」と眉根を寄せた。


「あ、ああ……ごめん。ちょっと、動揺して。えっと、長良さんは何が言いたいの?」


 もう一度、彼女の発言の真意を確かめるために、善樹は疑問を投げかけた。美都はまだ分からないの、とでも言うように、「だから」と話を続けた。


「私たちDグループは、私と善樹くん、林田くん、天海くん、坂梨さんの五人。風磨くんは含まれていない。他のグループだってそうだったでしょ? 全グループ、五人のグループだったよ・・・・・・・・・・・・・・・・・


「嘘……五人? 僕たちが五人だった? じゃ、じゃあ風磨はどうなんだよ……? 長良さんだって、会っていただろ。確かにあいつはたまにしか姿を現さなかったけど、それでもみんなと会話をして——」


 もはや、美都の発言を咀嚼する前に、喉元でぐちゃっと潰れてしまって、飲み込むことを拒んでいるような感覚がした。美都はふう、と息を吐いて「あのね」と再び口を開く。


「私たちは、一度も風磨くんに会ってないし・・・・・・・・・・・・・・会話もしていない・・・・・・・・。全部あなたが独り言で、風磨くんの口調で話してたんじゃない。善樹くん、時々乱暴な口調で話してる時あったよね。まるで本当にそばに風磨くんがいるみたいに」


「え——」


 善樹と美都の間を流れる時が止まった。善樹には少なくともそう感じられた。

 長良さんは、風磨と会っていない?

 そんな、嘘だ。

 だって風磨は、時々だがディスカッション部屋にいた。発言は少なかったものの、ずっと自分のそばに——。

 そこまで考えた時、善樹の頭の中でインターンの時の記憶の映像がぐにゃりと歪んでいくのを感じた。


 ディスカッションの席は、確かに五人分しか用意されていなかった・・・・・・・・・・・・・・・

 食事は? そうだ。食事の席も五人分だった。風磨の分は用意されていなかった。

 部屋だって、風磨は善樹と同じ部屋だ。双子だから、と割り切って考えていたけど、そうじゃない。そんな特例、いくら自分が会社側の人間だからといって、認められないだろう。布団も一枚しか敷かれておらず、自分で二枚目を敷いたのを思い出す。

 それから、みんな……誰一人、風磨と会話をしようとしなかったし、彼に何かを尋ねることもなかった。風磨の自由奔放ぶりに呆れて誰も相手をしないだけだと思っていたが、インターンの課題からして、風磨について誰も何も聞かないというのはおかしい。


「ねえ、考えたらおかしなことばかりでしょ? 善樹くん、いい加減目を覚まして。風磨くんはインターンに来ていない。……いや、もっと言うと、風磨くんはあなたのそばにはいないんだよ・・・・・・・・・・・・・・


 ドクン、ドクン、と心臓の音がいやに大きく聞こえる。善樹は目の前がくらくらとして、はっと両目を抑えた。

 そうだ……僕は一度も、風磨と一緒に暮らしてなんかいない。 

 部屋で彼と会話をしているつもりになって、自分の中にいる風磨と対話をしていた。

 やつは時々、自分の中に現れる。風磨が話していることは、全部自分が考えていたことだ。鏡を見ながら、窓に映った自分の顔を見ながら、風磨の気配を感じていた。風磨とそっくりな自分の顔を見つめて、まるでそこに彼がいるかのように錯覚していた……。


「思い出して、善樹くん。風磨くんは一年前の春に、車に轢かれて亡くなってる・・・・・・・・・・・・——」


 嫌だ、思い出したくない。

 善樹の意思とは関係なく、脳が思い出すことを拒絶する。


 風磨は死んだ。

 一年前、善樹が大学二年生だった春に、乗用車に轢かれて死んでしまった。


 ふらふらと、魂が抜けたような心地で参列した風磨の葬式の映像が頭の中でフラッシュバックする。不思議なほど涙が出なくて、心にぽっかりと穴が空いていた。両親以上に、抜け殻のようになっている善樹を見て、親戚たちは皆一様に「かわいそうに」と上辺だけの言葉を投げかけた。みんな、かわいそうだなんて思っていないくせに。横柄なところがあった風磨は親戚たちからも疎ましがられていた。だから、風磨がいなくなったことを、本気で悲しんでくれている人が何人いたか、分からない。その時の善樹は大切な自分の片割れを失って、茫然自失状態だった。


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