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第12話 聖女の癒し

 汝に我が尾と獣耳を捧げる。ルークの情熱的な科白が私の頭の中を駆け巡った。


 私の聞き違いでなければ、今、ルークは私にプロポーズしたのよね?


 でも、どうして? 会ったばかりなのに私に求婚するだなんてルークは何を考えているのだろうか?


 それに私を助けてくれた理由も答えてもらっていない。


 もしかしたら、からかわれているのかもしれないけれども、彼の真剣な眼差しが一瞬でそれを否定した。


「私と結婚? それは何の冗談なの?」 


 私は毅然とした態度で彼に訊ねた。命の恩人ではあるけれども、それとこれとは話は別だ。彼に対して抱いている感情は好意的なものしかない。でも、だからといって二つ返事で求婚の返事をするわけにもいかなかった。


「冗談なんかじゃない。オレ達獣人にとってこの言葉は神聖なもの。決してふざけて口にしていい言葉では無いのだ」


 ルークは微笑すら浮かべず、真剣な表情で私にそう訴えかけてくる。


 冗談なんかじゃないことは私にだって分かっているの。獣人の文化がどんなものなのかは何一つ知らないけれども、彼が今、私に捧げた言葉の重みは何となくだけれども十分理解出来た。


 本当なら、私は二つ返事で彼の求婚を受け入れたかった。恩もある。それに、私が彼に抱いた感情は好意的なものしかない。ルークの美貌も優しさに溢れた心も、真紅の瞳も、雄々しい黒い獣耳だって、モフモフした黒尾も何もかもが好き、大好きだと言いたい。でも、それは本当に無理だった。


 だって、出会って間もない殿方と結婚なんて出来ないわ⁉ 本音を言えばお付き合いする時間が欲しい。というか、パニック状態に陥っているので今は頭が上手く回らないんです。男性とお付き合いもしたこともないし、とにかく恥ずかし過ぎてすぐにお返事なんて出来ないのよ⁉


 って、ルークに言う訳にもいかないので、私は一言こう叫んだ。


「ごめんなさい!」と。


 私は謝罪の言葉と同時に、深々と頭を下げた。でも、勢い余ってバランスを崩してしまい地面に倒れそうになる。


 このままでは頭から地面に突っ込んでしまう。そう思った瞬間、ルークが私を抱き止めてくれた。


「大丈夫か?」


「ええ、大丈夫……⁉」


 右足に鈍痛が走った。どうやら足をひねってしまったらしい。歩けないほどではなかったけれども、しばらく休まないと動けそうになかった。


「そう言えばまだ邪魔なものを外していなかったな。待っていろ、ミア。今、その鉄仮面を外してやる」


 ルークは私を片手で抱きかかえたまま、もう片方の手を私の鉄仮面に伸ばして来る。


「ダメ! 触れたら貴方が傷ついてしまうわ⁉」


 次の瞬間、凄まじい威力の電撃が迸り、ルークの右手を焼いた。皮膚がめくれ肉が弾け飛ぶのが見えた。肉が焼き焦げる匂いが立ち込めようともルークは構わず鉄仮面に手を触れ続けた。


「爆ぜろ」


 ルークがそう呟いた瞬間、電撃は消滅した。


 そして、パリン、と何かが割れるような音が響いた瞬間、私の頭から忌々しい鉄仮面が崩れ落ちた。地面に落ちた鉄仮面は粉々に砕け散り、灰となって消滅する。


 私はこの瞬間、ようやく短い悪夢から解放されたのだ。でも、喜びは湧いて来なかった。何故なら、目の前ではルークの右手が大変なことになっていたからだ。


「これでミアを縛るつけるものはない」


 ルークは目を細めると、にっこりと笑いながらそう言った。でも、彼の右手は原形をとどめないほど黒く焼け焦げていた。


「どうしてこんな危ない真似をしたの⁉ 下手をすれば命を失っていたかもしれないのに……!」


 私はルークの右手を両手で掴みながら怒りの言葉を口にすると、キッと彼の真紅の瞳を睨みつける。


「愛する者を救うのは当然のことだ。ミアの世界ではおかしなことなのか?」


 ルークは痛みを堪える素振りすら見せず、穏やかな微笑を浮かべながら素敵な科白をサラッと呟いた。


 彼は本当に私を想ってくれているのね。そう思うだけで動悸が激しくなるのを感じ、頬に熱を帯びるのを感じる。このままルークの瞳を凝視し続けていては完全に骨抜きにされると思い、私は彼から目を逸らした。今は治療に集中しなければならない。この時だけは自分が聖女であって良かったと思った。


「待っていて。今、治してあげるから」


 私は両手に神聖な魔力を込めると「ヒール」と呟き回復魔法を発動させた。


 柑子色の魔素がルークの傷ついた右手を包み込み、光がおさまった後には彼の右手は完治していた。


 聖女に覚醒した私の魔力は以前とは桁違いまで強まっているのが分かった。これでは治癒ではなく再生だ。今の私ならどんな重傷でも一瞬で癒すことが出来るだろう。


「聖女の治癒魔法か。初めて見るが凄いな」


 ルークは子供の様に真紅の瞳を輝かせながら感嘆の声を洩らす。


「夜の国にはヒーラーはいないの?」


「残念ながら、我が国は女神の祝福を拒絶しているのでな。ヒーラーは一人も存在していないんだ」


「なら、どうやって右手を治癒するつもりだったの⁉」


「ミアを救うのに右手の一つなど惜しくはないからな。何も考えていなかったよ」


 呆れてしまった。出会ったばかりの私に求婚するのも大概だが、自分の身を顧みず後先考えない猪突猛進の性格は改めて欲しいと強く思った。


「ルーク、一つ約束して。もうこんな無茶はしないって」


「それは出来ぬ相談だ。ミアを救う為ならオレは何度だって同じことをする。それを止めることはミアにも不可能だ」


「もう、分からず屋なんだから……!」


 私はルークから離れようとするも、足を痛めていたことを失念していた。再び右足に鈍痛が走り、思わず私はしゃがみ込んだ。


「足をひねったのか? 何故、自分にヒールをかけないのだ?」


「ヒールは自分にかけることは出来ないの。女神の祝福とは自己犠牲愛を源にしているから、自分を癒すということは私欲の為に使うと見なされ一切発動しないようになっているのよ」


「ふむ、女神とやらも存外ケチ臭い奴なのだな」


「そのおかげで誰かを救うことが出来るのなら、私はこれからも喜んで女神様の信徒であり続けるわ。だって、この力のおかげでルークの傷を癒すことが出来たんだもん」


「聖女の力も万能ではないのだな。ならば……」


 ルークはそう言うと、ヒョイッと私を抱きかかえた。突然のお姫様抱っこに私は動揺の限界点に達しそうになる。


「と、突然なにを……⁉」


「無理をすれば足の傷が悪化する。いいからオレに任せておけ」


 そう言ってルークは私を抱きかかえたままお城の方に向かって歩き出した。


「ヒーラーはいないが、我が国にも医者はいる。大至急、宮廷医師達を呼び治療に当たらせよう」


「いえ! ちょっと足を捻っただけだから、少し休めば大丈夫! お願いだから降ろして!」


 流石にこの姿を誰かに見られるのは恥ずかし過ぎるわ⁉


「いいからジッとしていろ。ついでにこのまま城内を案内してやる。楽しみにしているがいい」


〈どうしてこんなことになったの⁉〉


 私は赤面しながら心の裡でそう叫ぶのであった。

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