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第3話 おっさん底辺回復術師、若人から穏やかに優しく追放される 其の三

 コンビニを出て駅に向かうと、そこは人で溢れ返っていた。通勤する社会人はもちろん、学生の姿も見えた。


 スーツ姿や学生服に混じって、魔法衣を着ているオレは相当浮いた存在だろう。まるでどこぞのイベントに向かっているコスプレイヤーと思われても仕方がない。しかし、誰もそんな衣装を着ているオレには見向きもしていなかった。


 何故なら、魔法衣を着ているオレも、今となっては日常風景の一部になっているからだ。どちらかと言えば、オレの衣装は地味な部類に入るのだ。


 オレは通勤通学の一般人の人の流れとは別の方角に歩を進ませた。


 オレが向かう先はハンター専用車両である。先に進むにつれて、スーツ姿や学生服の姿は見えなくなり、逆に鋼の鎧兜に身を包んだ戦士やオレもよりも派手な魔法衣に身を包んだ魔法使いの姿などが目につくようになった。


 地下鉄に向かう階段を降り、ホームに到着した時には、そこは武装したハンターたちの姿で埋め尽くされていた。


 一般車両とハンター専用車両には一つだけ共通点があった。何故かどちらも本数が少ないということだ。その為、早朝になると、こちらのホームもハンターで溢れ返っていた。


 車両がホームに到着し、入り口が開いた。その中には既に大勢のハンターで埋め尽くされていた。


 オレたちは強引に車両の中に入る。後から駅員さんが扉を閉める為に出入り口付近にいるハンターを中に必死に押し込めた。声にもならない呻き声が車両内に充満する。今日は付近に重鎧を身に纏ったハンターがいないだけでも幸運に感じた。軽鎧ならば圧し潰される心配もないし、現場に到着後、自分自身にヒールをかける心配もないからだ。以前に一度、重戦士に周囲を囲まれた時は猛烈な圧迫に体力を削られ、目的地に到着した時にはHPの残高が1まで減ってしまい、危うくダンジョンに潜る前に死にかけたこともあった。本当に、何故、満員電車問題はなくならないのだろうか?


 もっと本数を増やせないのかよ! という叫びを心の裡で上げているのはオレだけではないはずだ。


 そこは一般社会もハンター社会も同じ。労働者はこのように毎日、すし詰め状態の通勤電車に乗り込み、最初の地獄を堪能することが通過儀礼となっている。この通過儀礼から逃れる為には、上位クラスのハンターとなって、専用車で現場に向かうより術は無いのだ。


 それから、ようやくオレが地獄から解放されたのは三十分後のことだった。


 その頃には、ほとんどのハンターが車両から降りていた。これより先の終点駅にはハンター協会があり、残った者はハンター協会の職員か、もしくはオフを利用してハンターライセンスの更新に向かうハンターなんだろう。


 サラリーマンになってもこんな地獄を味わわなければならないなら、オレは不安定な収入でもハンターの道を選ぶ。ダンジョンに潜っている間はそれなりに稼ぐことも出来るし、獲得できるドロップアイテムによっては、一回ダンジョンに潜るだけで数ヶ月は遊んで暮らせる金額を稼ぐことも可能だからだ。まあ、底辺回復術師のオレには無縁の話ではあるけれども。要はダンジョンには夢があるということだ。


 そんなことを思いながら、オレは三十三番のプレートが掲げられた入り口に向かった。


 三十三番プレートの出入り口の扉を開けると、そこは広い空間に繋がっていた。中には既に百人近いハンターたちの姿が見えた。


 きょろきょろと周囲を見回すと、オレの姿に気付いた人影が「こっち、こっち!」と手を振る姿が見えた。その数は五人。見た目はオレよりも一回り若々しい彼等は、れっきとしたオレの仲間たち。パーティー名『黒鉄』のF級ハンターたちである。パーティー名の由来は、何となくカッコイイから、らしい。こういうところはどんな高ランクハンターのパーティでも、中二病が発病するらしい。それっぽいパーティ名やギルド名がそこら中に転がっているのはそれが理由だ。


「すいません。少し遅れました」本当は待ち合わせの時間より三十分も早く到着したのだが、既に集まっている仲間たちを見て自然と口をついていた。


「いえいえ、まだ約束の時間より大分早いですよ! オレたちが勝手に早く来ただけですから!」軽鎧を身に纏った少年━━パーティーリーダーの高野洋一は慌てた素振りを見せながら謝罪の言葉を口にした。温厚そうな顔立ちからその人の好さがうかがえる。実際、リーダーでありながら、こんな底辺回復術師でおっさんである自分に対してため口どころか常に敬語で話しかけてくれるので、精神的負担は皆無だった。彼だけではなく、その他のメンバーも同様でいつもオレに気を使ってくれているのか敬語で話しかけてくれる。以前に在籍していたパーティーとは真逆の扱いだ。何しろ、以前のパーティーでは名前で呼ばれたことはなく、オッサンなら大分マシな方で、ジジイと呼ばれることの方が多かったのだ。扱いだけなら天と地の差がある。ハッキリ言ってここは天国だった。


 彼等の平均年齢はちょうど十九歳。同じ高校の友人同士で卒業と同時にハンターの道に進んだと言っていた。一年前、彼等が駆け出しの頃、回復術師を募集していてそれに応募したところ、快くオレを受け入れてくれたのだ。


 まさか、彼等との付き合いが一年もの長期に渡るなど、その頃は思いもしなかった。すぐに若くて優秀な高ランクの回復術師を雇い入れ、オレなんかとっとと追放されると思い込んでいたからだ。おかげで、この一年間、食うにも困らなかったし、ストレスも感じたことはなかった。


 これからも、彼等とは上手くやって行きたい。そんな日がいつまでも続くと、いや、続いて欲しいと思っていたよ。


 まさか、今日、あんなことになるだなんて思いもしなかった。


「さあ、伊庭さん。今日も頑張ってダンジョンに潜りましょう。可能なら、ダンジョンボスの魔王をオレたちの手でやっつけちゃいましょうね」


「そうそう。伊庭さんの回復魔法があるから、私たちは多少の無理をすることが出来るんですから。本当に感謝していますよ」黒の魔法衣を着た栗毛の少女━━魔術師の谷田瞳が微笑みながらオレに話しかけて来た。優し気な笑顔に見つめられるだけで心が癒された。この娘、オレに気があるぞ、などとは微塵も思ったことはないが、寝ながらそんな妄想にふけったことは一度や二度ではない。


「皆、準備はいいか? それじゃ、行くぞ!」高野洋一の掛け声に呼応した後、部屋の中央で淡い柑子色の光を放つ転移門に向かった。


 転移門を潜ると、そこは外の世界に繋がっていた。場所は異世界ではなく日本国内。住所は千葉県成田市だったか? そこに成田山という場所があるのだが、転移門はそこに繋がっていたのである。この転移門のおかげで、全国のハンターは自由に自分のランクとレベルに見合ったダンジョンを攻略することが出来るのだ。


 そこには非日常が立ちはだかっていた。オレたちの目の前には高さ二十メートルはあろうかという大きな門が佇んでいた。


 通称『魔王門ゲート』。その名の由来はこの門の先が異世界のダンジョンに繋がっていて、その最深部にはダンジョンボスとして魔王の名を冠する脅威が存在していたからだ。


 オレたち人類は、現在、世界の各地で異世界の魔王との熾烈な戦いを繰り広げていたのだ。

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