ゲートの入り口近くにいる黒服━━ハンター協会の職員にハンターライセンスを提示すると、オレたちはゲートを潜って中に入って行った。
中に入ると、そこは既に異世界であり、薄暗い洞窟世界が広がっていた。
「ライト」すぐに魔術師の谷田瞳が照明魔法を使用し、周囲に明かりが灯された。
「今日は昨日より深く潜ろう。今のオレたちのレベルなら、最下層だって大丈夫のはずだ。でも、くれぐれも油断はするなよ、皆」高野洋一は穏やかな口調でそう言ったが、パーティーメンバーを見つめるその眼差しには静かな闘志を込めていた。一瞬、彼の双眸に鋭いオーラが揺らいだ様に見えた。
一瞬の油断がダンジョン内では生死を分ける。そのことを再確認する様に、オレたちは頷いてパーティーリーダーに応えた。
「言ってる側からお出ましだぞ! さあ、皆、今日も頑張ってダンジョン攻略だ!」高野洋一の掛け声に、オレたちは、おお! と勇ましく応えると、今日、最初の戦闘に突入した。
目の前に現れたのは定番のゴブリンの一団であった。
パーティーはすぐにあらかじめ決められていたフォーメーションを組んだ。
オレたちは、前衛、中衛、後衛とに分かれた。前衛にはパーティーリーダーを含めた戦士二人が配置され、中衛には弓士が一人。後衛には谷田瞳を含めた魔術師二人が配置された。これは基本的なフォーメーションである。余程特殊なモンスターを相手にしない限り、大体はこんなフォーメーションで戦闘は行われる。ただ一つ、他のパーティーと違うところは、回復術師が隅っこで隠れて仲間を応援しているところだろうか。
ちなみに、説明するまでもないが、その隅で隠れている回復術師というのがオレである。
誤解の無い様にに説明しておくが、別にオレは臆病風に吹かれて逃げ隠れしているわけではない。これはパーティーメンバー全員の総意なのだ。
「伊庭さんは大事な回復役ですから、戦闘が始まったら呼ばれるまで何処かに隠れていてくださいね」高野洋一から満面の笑顔でそう提案されたのだ。
まあ、出会って間もない頃は、まだオレの方がレベルは上で、十年というキャリアもあったから、随分と皆を助けていたものだ。でも、一ヶ月も過ぎれば立場は逆転していた。レベルなんてあっさりと抜かれてしまった。その後はレベル差があり過ぎて上手く連携も取れず、戦闘に入るとオレはすぐに孤立してモンスターの格好の標的と化した。戦闘の度に瀕死状態に陥り、そのせいでろくに経験値すら稼げずにダンジョン撤退が相次いだ。要はパーティーのお荷物になってしまったということである。いつも死にかけるオレを見かねて、仲間の皆から戦闘が始まったら無理しないで隠れていてね、とお願いされたのである。
本当は、邪魔だから何処かに行っていろ、と思っていたのかもしれないが、彼等は決してオレをパーティーから追放しようとはしなかった。
だから、オレはこれ以上、足手纏いにはならないように、必死に岩陰に隠れて戦闘を見守り続けているのだ。決してサボっているわけではないぞ。
その時、オレにスキル『見守り』と『隠密』が開花した、ということはなかった。
戦闘は、こちら側の圧勝ですぐに終わった。見たところ、誰もかすり傷一つ負った様子はない。そうなると、回復術師のオレの出番は今戦闘ではなかったことになる。皆の成長を喜ばしくも思い、ちょっと切なくもあった。
最後のゴブリンが崩れ落ちると、同時に下で倒れていたゴブリンの死体が白く輝き始めた。死体は粒子となって結晶化する。微かに赤色の光を放つ魂魄石なったのである。それは、モンスターの魂が結晶化されたものだと言われている。
魂魄石は輝きながら浮かび上がると、オレたちの身体の中に吸い込まれていった。
それと同時に、オレの左手の甲に埋め込まれた霊子結晶が光り輝くと、そこから飛び出る様に青白く光るステータス画面が現れた。
覚醒した人間には、身体の何処かに必ず霊子結晶が出現する。それこそがハンターの証でもあった。
モンンスターを倒すと、それが結晶化して魂魄石になる。その後は今のようにランダムでその場にいるハンターの霊子結晶の中に吸い込まれていく仕組みになっているのだ。体内に吸い込まれた魂魄石はゲームの様に経験値やスキルポイントに変化する。オレたちハンターは好きな項目にポイントを振り分け、レベルを上げたりスキルを強化しながら強くなっていくのだ。
オレだけではなく、他のメンバーたちも同様にステータス画面を確認していた。
「やった! 遂にレベルが20になったぞ!」高野洋一が破顔しながら喜びの声を上げた。
「オレもだ!」と、他のメンバーたちからも喜びの声が上がった。どうやら全員が同時にレベルが20に上がったらしい。皆、破顔しながら喜びを噛み締めていた。
オレはというと。嘆息しながら、いつもの代わり映えしないステータス画面を覗き込む。
『レベル10(才能限界到達済み)
初級回復術師
スキル ヒールレベル1(限界値)
魔法杖レベル1(限界値)
魂魄石残量 ????????』
以上である。
驚くべきことに、オレのレベルはたったの10でカンストしてしまっており、これ以上強くなれないことが確定済みなのだ。これは世界中で確認されている中でも最低値だった。オレ以外に、レベル10でカンストしたハンターなど、誰一人確認されていないらしい。
しかも、何故かスキルにポイントを割り振ることも出来ない為に、オレは初級ヒールしか使えないのだ。普通の回復術師なら、解毒や麻痺解除くらいのスキルは持っているはずなのだが、何故か神様はオレには最低限のスキルすら与えてくれなかったらしい。各種ポーションが必須だったのは、これが理由だ。
レベルが上がらなければ他のスキルを覚醒させることも出来ない。ステータス値は言うまでも無く、全てのハンターの中でも最低値であろう。
一つ、分からないのが魂魄石残量である。数字化されておらず、どの程度貯まっているのか表示されないのだ。
まあ、経験値にもスキルにも割り振れないなら、いくら持っていても意味がないんだがな。これぞ宝の持ち腐れという奴である。
オレは嘆息しながらステータス画面をしまった。それと同時に罪悪感が胸に塗れた。
「あの、オレ、また戦闘にも参加しなかったどころか、何一つ役に立っていないのに、皆と同じ様に魂魄石をもらっちゃっても良かったのかな?」しかも使い道がないのに! とまでは口に出せなかった。
まあ、体内に吸い込まれた魂魄石を取り出す方法はないのだから、意味の無い質問ではあった。それでも口に出さずにはいられなかったのだ。
「何を言っているんですか。回復術師の出番が無いのはパーティーにとって喜ばしいことじゃないですか。堂々ともらっちゃってください。これからも頼りにしていますから!」白い歯を輝かせながら、高野洋一は笑顔でそう返して来た。
他のメンバーたちも同様に笑顔で頷いて見せた。今はその笑顔を見るのが辛いぜ。
何処まで善い奴らなんだ! オレは涙の氾濫を必死に堪えた。嬉し涙でも、人前で涙を見せるのは恥ずかしいと思ったが、それ以上に幸福を感じてしまった。
「さあ、次に行きましょう。皆、油断せずに確実にモンスターを狩って行こう」と、高野洋一が言った時だった。
突如として、ダンジョン内に眩い明かりが灯り出したのだ。ライトの魔法はそれによって掻き消された。
ダンジョン内に漂っていた重苦しい瘴気が晴れ、代わりに清々しい空気が流れ込んで来た。
これはあれだ。何度も目にして来た光景だ。
その時、パーティー全員のスマホが鳴り響いた。
オレはすぐにスマホをチェックする。
そこには『魔王討伐完了』の文字が表示されていた。
ここのダンジョンもこれで終わりか。それは一つの職場を失ったことを意味し、新たな職場を探さなければならないことを意味していた。
何処かのパーティーが、ダンジョンボスである魔王を討伐したことを報せるメールであった。これで、このダンジョンは間もなく消滅することになる。
見ると、パーティーメンバーは全員、落ち込んだ様子を見せていた。顔を俯かせ嘆息していたり、地面に座り込む者もいた。今度こそは自分たちでダンジョンボスの魔王を討伐しようと意気込んでいただけに、他のパーティーに先を越されてショックが大きかったんだろう。
オレは自分に多大な責任を感じていた。もし、ここにいるのがオレではなく普通の回復術師であったのなら、彼等は目標を達成出来たのかもしれなかったからだ。自分さえ普通に仕事をしてさえいれば、ダンジョン最深部にはもっと早く到達出来たに違いないのだ。
「落ち込んでいても仕方がありません。あと三十分もしたらダンジョンが消滅しますので、今日のところは大人しく帰りましょう」
高野洋一が皆を励ます様にそう言うと、パーティーメンバーは大人しくその言葉に従った。
オレたちは悔しさを胸に残し、消滅していくダンジョンを後にするのだった。