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第5話 おっさん底辺回復術師、若人から穏やかに優しく追放される 其の五

 ダンジョンから出ると、そこに何人かのマスコミ関係者の姿が見えた。


 この魔王門ゲートの攻略難度は最低ランクの小鬼級ゴブリンである。F級ハンターでも攻略が可能であり、上級ハンターならば一日で攻略してしまう程度のものだ。


 それでも、ゲートは期限内にダンジョンボスである魔王を討伐しないとゲートブレイクを起こし、周囲に相当な被害を出てしまう。このランクのゲートでさえゲートブレイクを引き起こしたら間違いなく街が一つ消し飛ぶくらいの被害は出るだろう。


 その為、見逃しを防ぐ確認の為にも必ずハンター協会がゲート攻略をマスコミに報告し、ニュースで報道してもらう規則になっていた。まあ、この位の低ランクゲート攻略のニュースなど、新聞の三面記事にまとめて取り上げられる程度のものだ。恐らくTVで報道されることもないだろう。


 マスコミ関係者たちはオレたちを素通りし、既にダンジョンから帰還していたゲート攻略パーティーに急ぎ足で向かって行った。


 いつかはオレたちのパーティーもTVに取り上げられるくらいには有名になってやる! オレはそう胸に秘めながらゲートを後にした。


 時刻はまだ昼前。何しろ、今日は一回戦闘を行っただけでお開きとなってしまったのだ。これでは今回の稼ぎなどたかが知れていた。


 オレたちは反省会も兼ねて、昼食がてら居酒屋海の民を訪れていた。日本国内のみならず世界中にチェーン展開している世界規模の居酒屋だ。ハンターのみならず一般人も多く利用する店で、料金もリーズナブルである。店内は普通の居酒屋とは違い、異世界ファンタジーアニメに出て来るような中世ヨーロッパ風の内装で、円卓を座席が囲う様に配置されていた。店内を見回すと、一般客に紛れてオレたちみたいに鎧や魔法衣を着込んだハンターたちの姿も数多く見受けられた。


 店員に案内されて、オレたちも席に着いた。テーブルの上にはランチのメニュー表の他にもアルコールのメニュー表も置かれていた。


 オレは、生ビールの写真を見て思わず唾を飲み込む。頭の中で財布の中身と相談するも、瞬時に断念を余儀なくされた。今朝はポーションを購入していたことを忘れていたのだ。あの出費に加えて、今日の稼ぎが絶望的なのは相当な痛手だった。オレみたいな底辺回復術師でも、一日中ダンジョンに潜っていれば少しは活躍する場面もあり、最低でも三万円くらいは稼げたはずだ。ドロップアイテムに恵まれれば、随時ボーナスも支払われ、多い日で十万円くらいは稼げる日もあるのだ。しかし、ハンター稼業というものは不安定な生活を余儀なくされるもの。今日みたいに稼ぎが無い日もざらである。しばらくの間、夕飯はモヤシ炒めだけか、と涙が出そうになった。


 その時、辛うじてお札が一枚残っていることを思い出す。ワンコインのランチ定食ならお釣りがくる。ついでにソフトドリンク一杯くらいなら頼めそうだ。残ったお金でモヤシを買えば、数日間は飢え死にの心配はないだろう。


「伊庭さん。今日はオレたちが奢りますんで、何でも頼んじゃってください!」笑顔を浮かべながら、高野洋一はオレにランチのメニュー表を手渡して来た。


 予期せぬ嬉しい言葉に、オレは思わず破顔する。


「え? い、いいの?」オレは恐る恐る好青年の顔を覗き込む。「でも、オレ、今日、何も活躍出来なかったし」


 かつて一度たりとも活躍なんてしたことはなかったが、とりあえず遠慮の体を見せた。


「なんなら、ビールもいっちゃってください!」


 再び、脳裏にキンキンに冷えたあいつの姿が過り、オレは唾を飲み込んだ。その誘惑と年長者の威厳がせめぎ合ったが、そんな安っぽいプライドなどキンキンに冷えたあいつの前では無力だった。


「それじゃ、ランチ定食と大ジョッキをお願いします!」


 その時、遠慮という言葉などオレの中から消え去っていた。


 高野洋一は店員を呼ぶと、ランチ定食一つと大ジョッキを注文した。


 はて? 君たちはなにも頼まないのかね? 


 そんな当然の疑問が頭を過ったが、すぐに運ばれて来た大ジョッキを前にして、そんな些細な疑問など吹き飛んでしまった。


 キンキンに冷えた大ジョッキを持ち上げると、黄金色の液体を一気に喉に流し込む。冷たい白い泡が口元に付着する感触を味わいながら、思わず歓喜の声を洩らした。これはたまらん。久し振りの生ビールはオレの魂を満たした。


「それと、これもどうぞ」高野洋一はそう言ってオレの前に包装された小さな箱を差し出してくる。


「これは?」


「オレたちからの気持ちです。伊庭さんに受け取って貰いたくて、皆でお金を出し合って買いました」


 仲間たちは全員、好青年と同じ優し気な笑みを浮かべながら、オレを注視した。


 オレは差し出された箱を受け取ると、包装を剥がして蓋を開ける。中から淡い蒼色の光が溢れ出した。


「これは、魔石? しかも安物じゃなく、上等な奴じゃないか!?」


 箱の中に入っていたのは魔法の杖に取り付ける魔石が入っていた。その澄んだ蒼色から上質な魔力が込められていることが分かった。今朝、コンビニで売られていたものとはレベルが違う。これは値段にすると五十万円はくだらないだろう。


「伊庭さんの魔法の杖にある魔石が大分くすんでいることに気付きまして。この間、皆で話し合って魔石をプレゼントすることに決めたんですよ」


「こんな高級品、受け取れないっすよ。どうしてオレみたいな底辺回復術師にこんなに良くしてくれるんですか?」嬉しさよりも困惑が先に立った。むしろ、オレの方こそ、日頃のお詫びに彼等になにかプレゼントしなければならないと思っていたくらいなのに。


「気付いていますか、伊庭さん? 今日が何の日かを」好青年の笑みが更に柔らかみを帯びる。


「あ、もしかして、オレたちが出会って一年目、とか?」


 仲間たちは「そうです」と一斉に笑顔で頷いた。


「あの日、右も左も分からない新米ハンターであるオレたちのパーティーに大ベテランハンターの伊庭さんが入ってくれて、本当に嬉しかったんです。おかげで、オレたち、ここまでやってこれたんですから」高野洋一はそう言って輝いた瞳でオレを凝視した。


 そんな輝いた瞳でオレを見ないでください。だって、あの時、オレは別の超絶ブラックなギルドから追放された直後で、ほやほやの新米パーティーなら雇ってくれるだろうって思って、打算的にメンバー募集に応募しただけなんですから。それに、この道十年の大ベテランとは言っても、無駄に長い間、この業界にいるだけのただのおっさんなんですから。胸が痛くなるから、オレに尊敬の眼差しを向けないでもらいたい。


 その時、オレは舞い上がってしまった。何故なら、他人から褒められるのなんて小学校の読書感想文で金賞を取った時以来だったからだ。まるでオレの周囲だけ春が訪れたような錯覚を受けた。


「本当にありがとうございました。そして、もう一つだけ言わせてください」


 なんだろう? これ以上、感謝の言葉も気持ちもいらないよ? でも、なんでも来たまえよ。賞賛の言葉なら拒みはしないぜ?


「今日限りで伊庭さんにはオレたちのパーティーから卒業してもらいます。その魔石は退職金代わりだと思ってくれて構いませんから!」


 好青年は爽やかな笑顔で、オレに死刑宣告にも等しい言葉を言い放ったのであった。

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