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第6話  おっさん底辺回復術師、若人から穏やかに優しく追放される 其の六

「実は、今日オレたち全員、レベルが20になったんですよ!」


 高野洋一は爽やかな笑顔に喜色を付け加えながら話を続けた。


 一方のオレはというと、さらっと死刑宣告クビされたので、全身が真っ白になっていた。好青年の言葉の中にある全員の中に、既にオレという存在が除外されていることにも気付き、死刑宣告が決定事項であることを悟った。今、この瞬間、彼等にとってオレは既に仲間ではなく、単なる知人に降格したのだ。


 でも、理由が知りたい。まあ、確かに戦闘は全く役に立たなかったし、年齢も皆より一回りも違ってジェネレーションギャップが半端なくて話が全く嚙み合わなかったし、お荷物なクセに報酬はきっちりと貰って、レベルアップに必要な魂魄石も使い道がないってのに毎回毎回貰って皆の成長を阻害していたことは認めるよ? あ、思い当たる節があり過ぎたね。いや、それでもオレたち、上手くやってきたじゃないか! 


 オレが分かり切った理由を問い詰めようとした瞬間、遮るように好青年は話を続けた。


「オレたちには夢があるんですよ。ギルドを結成してトップランカーになるという夢が。それにはギルドを結成しなくちゃならない。伊庭さんもご存知でしょう? ギルドの結成条件を」


 うん、知っているよ?


 確か、パーティーレベルが平均20に到達し、主要メンバー六名のハンターランクがE級以上になった場合、ハンター協会にギルド結成申請することが出来る、だったかな? トップランカーを目指す者ならギルド結成は避けては通れない道だ。ソロでトップランカーをやっている化け物も存在しているが、それはあくまでも例外中の例外。そう言えば、オレも若かりし頃はトップランカーを目指し、自分のギルドを持つことが夢だったっけか。大分昔の話ですけれども。


「以前から決めていたんです。オレたち全員のレベルが20になったらランク昇進試験を受けて、皆がE級に上がったらギルドを結成しようって。そこに伊庭さんが居ないのは残念で悲しいことですが、オレたち、一生伊庭さんのことは忘れませんから!」


 どうしてオレの存在を除外したのか、理由になっていないんですけれども? って、あ、そうか。オレはレベル10で既に才能限界に達していて、E級に上がることは不可能だったんだ。


 もしかして、オレの代わりを既に見つけていらっしゃる? 


「ご心配なさらずとも、既に後任の回復術師は見つけておりますのでご安心ください。オレたち、もう大丈夫ですから」


 オレが大丈夫じゃないし、別に君たちの心配は全然しておりませんけれども!?


 反論の余地が無いのは分かっている。追放される理由も理解出来る。でも、直接彼等の口から聞かないことには納得できないことだってあるのだ。


 オレが追放の理由を問い質そうと立ち上がったのと、彼等が床に座り込んだのはほぼ同時のことだった。


「お気持ちは分かります! ですが、分かって下さい!」好青年はそう言いながら、床に額を擦り付ける様に土下座のポーズを取ると、他の四人も同様のポーズを取って見せた。「残念ですが、伊庭さん。本日限りでオレたちのパーティーから卒業してください。この通りです!」


 そして、物語冒頭に戻るという。


 オレはそれ以上、何も言葉を発することも出来ずに着席した。きっとその時のオレの顔は蒼白し、全身は真っ白に染まっていたことだろう。


 その時、ちょうど先程注文したランチ定食が運ばれて来た。


「それじゃ、そういうことですんで、オレたちはこれで!」そう言いながら好青年はテーブルに置かれた伝票を取り上げた。「先程申し上げた通り、ここの支払いは御任せください。それでは、伊庭さん、さようなら!」


 逃げ去る様にかつての仲間たちは店から出て行った。


 後に残されたオレはといえば、目の前で白い湯気を漂わせているランチプレートを見下ろしていた。皿の上には大根おろしが上に添えられた和風ハンバーグの姿が見えた。大根おろしは既に褐色に染まっていて、ポン酢ソースが既にかけられた後だった。見ただけでさっぱり感が際立ち、想像するだけで口の中に肉汁と大根おろしの融合した旨味が広がっていくようだった。


 腹の虫が静かに鳴り響く。どんなに絶望に打ちひしがれていても食欲が湧くことを思い知らされた。


「わーい、ハンバーグ定食だ。何か月ぶりだろ? 冷めないうちに食べなきゃ」


 ぽたぽたと涙をテーブルの上にこぼしながら、オレはハンバーグを箸で一口分の大きさに切り分けてから口に運ぶ。


 何故かは分からなかったが、口に入れたハンバーグは少しだけしょっぱかった。


「オレの涙って、結構塩っ辛いのな。初めて知った」そう言いながら、大ジョッキをあおり、ビールを喉に流し込んだ。


 こうなったらヤケ酒をしてやる! と思ったが、財布の中身と相談して、これ以上の散財は不可能と判断。これから無職になる為、財布の中に入った千円札一枚がオレの生命線になったのだ。これでモヤシを何袋買えるのか、それだけが今のオレの優先課題だった。


 さしずめ、この和風ハンバーグ定食と大ジョッキは、就職が決まるまでの最後の贅沢品なのだろう。ならば、よく味わってから胃の中におさめなくてはならない。しばらくの間、スーパーでバーゲンセールの切り落としの豚肉や輸入の鶏もも肉ですら、オレにとっては手を出せない程の高級な嗜好品になることは確定事項であったからだ。

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