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第7話 魔王、ギルドを追放される? 其の一

 その時である。突然、店内が激しく揺れた。一瞬、大きな地震でも起きたのか、と焦ったが、どうやらそうではない。まるで巨大な鉄球でも上空から地面に叩き落されたかのような震動が店内を襲ったのだ。


 今の震動はなに? なんなんすか? 慌てて周囲を見回そうとした時、店内に怒鳴り声が響き渡った。


「我をギルドから追放するとは、いかなる了見ぞ!?」


 店内に闇の底から響き渡る様な男の怒声が響き渡った。


 男の怒声と同時に、再び先程の激しい震動が店内を襲った。


 見ると、オレの席の近くに、とあるハンターパーティーの姿があった。


 そこには一般的な装備に身を包み、顔を恐怖に引きつらせたハンター五名の姿と、漆黒の鎧に身を包んだ大柄な暗黒騎士風の人物の姿が見えた。


 禍々しい漆黒の鎧兜を身に纏った人物の全身からは瘴気のような黒いオーラが放出されていて、円卓の上に大きな拳を置いていた。その姿はどう見ても何処かのダンジョンボスに居座っていそうな魔王そのものであった。


 まさか、先程の震動は、この魔王さんが円卓を叩いて起こしたわけじゃないよね?


「何故、我が、ギルドを追放されなければならぬのだ。納得のいく説明を求める!」怒声を張り上げながら円卓を軽く叩いた。


 魔王さんが円卓を叩くのと同時に、店内に三度目の強烈な震動が襲いかかった。


 店内は騒然となり、その場に居た全員が顔を蒼白させ、事態の成り行きを見守っていた。下手に逃げようと動けば殺されるかもしれない。そんな恐怖が店内を支配していた。


「怒らないで聞いてほしい。オレたちが欲しかったのは回復術師であって、魔王じゃないんです」リーダーらしき騎士職風の男性ハンターが、恐る恐る魔王さんに言った。


「何度も言っておるが、我は魔王ではなく、初級回復術師であるぞ!? 魔王などと、我を愚弄するか!?」


 四回目の強烈な震動が店内を襲った。


 やばいよ? 次、五回目の同じ震動が起これば、たちどころに店は潰れてしまうかもしれない。もちろん、物理的な意味でだよ?


 それにしても、妙なことをおっしゃっておりましたな。あの風体で初級回復術師ですと? なら、オレと同じではないですか!?


 何故か、オレは嬉しくなって目を輝かせた。


 似たような仲間がいる。しかもオレと同じ様に追放されそうになっているのだ。そう思うだけで、オレの胸の中は安らぎに満ち溢れて行くようだった。


「愚弄するなどと、とんでもございません! ただ、オレたちは回復役が欲しいのであって、消滅魔法の使い手が欲しかったわけではないんです! お願いですから、そんなに怒らないでください!」リーダー風の男性ハンターは酷く怯えた様子で、口から小さな悲鳴を洩らした。


「消滅魔法だと? なにを言うか!? 我は回復術師であるぞ? 消滅魔法など使えるわけがなかろうが! ならば、とくと見よ。これが我のヒールレベル1ぞ!」そう言って、怯えたハンターたちに右手を上げて見せる。手のひらに黒いオーラの様な魔力が迸った。


 おいおい、その魔力はどう見ても神聖的なものではなく、呪い的な何かじゃないですかね? 放てばありとあらゆる生命が死に絶えそうな予感がするのはオレだけっすか?


「ぎゃああああ!? それを撃つのは止めてください!」若い女性ハンターが狼狽しながら泣き叫んだ。


「分かりました! それなら、貴方を追放するのは諦めます。ならば、オレたちが全員、自主的に追放されますので、このギルドは全て貴方に差し上げます。ですから、どうか命ばかりはお助けを!」リーダー風の男性ハンターは叫ぶと、慌てて逃げ出した。


 それを皮切りに、他のハンターたちもリーダーを追いかける様に次々と出口に殺到した。その逃げっぷりに、オレは子供の頃、野犬に追い回された時の自分の姿を重ねた。彼等の恐怖は、その時の十倍ではきかないだろう。ダンジョン以外で大人が、しかも屈強なハンターが恐怖で全力疾走する姿を、オレは初めて見たかもしれない。


「お、おい、待つのだ! 我は別に其方らを弑しようとしたわけではなく、我の回復術師の実力を披露しようとしただけであって……」


 魔王さんが逃げ去る仲間たちを呼び止めようとするも、既に彼等は逃げ去った後だった。


「どうしてこうなるのだ……。我はただ、皆に喜んでもらいたかっただけなのに」落ち込んだかの様に顔を俯かせると、魔王さんは力なく席に着いた。


 一瞬の静寂が店内を満たした後、客も店員も騒ぎの元凶から顔を背けた。


 程なくして再び店内に戻った喧騒が、先程の騒ぎを無かったことにした。


 しかし、その時、オレだけが暗く沈みこんだ魔王さんの寂しげな背中を見つめ続けていた。その姿が、先程、追放先刻を受けた自分の姿と重なった。いや、仲間たちが自主的に追放されたので事情が真逆なのかな?


 しかし、仲間を失ったという部分だけは同じだ。その気持ちは痛い程理解出来た。


 ああ見えてオレと同じ初級回復術師だという。しかも似たような境遇の持ち主。いかつい声と邪悪な姿とは裏腹に、台詞を聞くだけなら悪い奴には見えなかった。


 そうして、自然とオレは席を立っていた。もちろん、ランチプレートと大ジョッキを持ってだ。


「ここ、座っていいか?」


 オレは黒くて大きな背中にそう話しかけた。

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