そして、それから朝までスヤスヤ熟睡し、現在の状況に至る、と。
どんなに思い出しても、美少女の登場シーンなんて何処にも無かったんですけれども!?
オレは戦慄し、脳裏に自分が警察に手錠をかけられ連行される光景が過った。周囲のやじ馬たちから「ロリコンめ! ロリコンは死刑にしろ!」などとヤジを大合唱される幻も垣間見えた。
「どしたの、師匠?」小麦色の肌をした少女がオレの顔を覗き込んで来た。その顔立ちにまだあどけなさが残っていて、身体の発育とは反比例して彼女がまだ子供であることを再認識した。そのおかげで、オレの下腹部に帯びた熱はたちまち冷静さを取り戻した。
危ない。あと少しで富士山が大噴火するところだった。オレは心の裡で冷や汗を拭うと、安堵の息を洩らした。
オレは熟女趣味なので、子供に性的興奮は覚えないのだ。少女の童顔がオレの危機を救ってくれた。でも、再び、サラシからはみ出しそうになっている豊満な胸と赤フンドシに包まれたプルンプルンと弾けた大きな桃を見てしまったら理性を保てる自信は皆無だった。性的興奮を覚える部分を見ない様に、オレは必死になって横に視線をずらした。その先には、滅茶滅茶になった居間の悲惨な光景が目に入ってきた。
そんなこと、どうでもいい! 家は崩壊さえしていなければ問題はない。今はそんなことよりも、目の前の大事件をどうにかしないといけないのだ。このままでは、オレは良くて未成年略取、悪ければ誘拐罪に問われることなる、かもしれないのだ。
「あのですね、お嬢さん? 貴女はどこのどなたで、どうしてオレの家に、しかも裸同然の姿でいらっしゃるんでしょうか? 可能な限りオレの不利にならない回答をお願いしたいのですが?」
「なに言ってるんすか、師匠? ボク、ボクっすよ。昨晩、師匠の弟子になった竜野レラちゃんじゃないですか」冗談きついっすよ師匠、と呟きながら、腰に手を当ててはにかんで見せた。
オレは頬に熱を帯びるのを感じた。朗らかな笑顔が可愛らしいと思ってしまい、思わず見とれてしまった。しかし、すぐに我に返った。
竜野レラ、ですと? それは奇遇ですね。昨日、友達になった奴も同じ名前なんですよ。そいつは二mを超す大男で、魔王の装備なんか着ている奴でしてね、口調も一人称は『我』とかって、見た目も中身もまんま魔王のような奴なんすよ。だから、なんと申しましょうかね。
「どーゆーことっすか!? 詳しい説明を求める!」
「ええ? マジにボクのこと分からないんすか? 昨晩、あんなに熱く語り合った仲じゃないっすか」
「人聞きの悪い言い方は止してもらおうか? 本当、マジに、オレは今、相当まずい立場にいるんでね? お願いだから、頼みますよ?」息を荒らげながら、少女━━レラに哀願するように言った。
「なんのことだかわからないけど、分かりました、師匠!」そう言って直立不動の姿勢をとると、見事な角度で敬礼をして見せた。その際、サラシが剥がれ落ちそうになるのが見えた。
これはまずい! と、オレは凝視したい衝動を必死に抑えながら、その瞬間を目撃しないように視線を真上に上げた。偶然にもそれが見事な直立不動の姿勢になっていた。
「あ、いっけない。危うくこぼれるところだった」布が皮膚と擦れ合うような音が聞こえて来る。どうやらサラシを巻き直しているみたいだ。
残念なような、安心したような複雑な思いが胸中に広がった。
「まずはなにか服を着てくれまいか?」
流石にこれ以上は色々とまずい。理性方面と、特に下腹部の周辺事情が、である。
「服? そんなの無いよ?」
「何故!?」目を剥き出しにしながらレラを凝視した。サラシはちゃんと巻き直っていて、どうやらポロリの危険性は完全に無くなったみたいだ。
「魔王の装備は鎧の中がサウナ状態になっちゃうんだ。だから、こいつを装備している時はサラシとフンドシ姿か、いつもは全裸なんだよね」そう言いながら、全身をくまなく見せる為なのか、軽やかなステップで舞う様に一回転して見せた。
その時、色々な部分が激しく揺れているのを目撃してしまい、オレの下腹部は再びマグマの熱を帯びてしまった。身体だけなら、レラはもう立派な大人だった。そのギャップが今は非常にまずいのである。何故ならば、このままでは死火山が活火山に変貌してしまいそうになっていたからだ。
何故、今日はいつもの方を選ばなかったんですか!? と、思わず口に出して叫びそうになってしまった。
「ってか、お前、本当にレラなのか!?」
「いや、だから、さっきからそう言っているでしょ?」レラは呆れた様な目でオレを見た。
「でも、口調とか、身長とか。色々と別人じゃないか?」
「ああ、そのことね。これ、ボイスチェンジャー機能がついているんだよ」近くにあった魔王の兜を拾い上げると、頭に装着してみせた。「我はレラなりや」一言呟いて見せると、その声は確かにオレのよく知っているレラの声だった。
「何故、そんな機能が兜についているんだよ?」
「さあ? 多分、中に入っていた人の威厳を保つ為に、自動翻訳で魔王言葉に変換される、とか?」兜を脱ぐと、そっと床に置いた。「ボクにはよくわかりゃにゃいなぁ」にゃあ、と何故か猫言葉で猫の仕草をして見せた。
まあ、どうでもいっか。とりあえず、当面の危機は去ったみたいだ。オレはてっきり、酔った勢いで近所の小学生でも家の中に連れ込んでしまったのではないかと恐怖したのだが、自分の意志で家の中に入ってきたのなら問題はないだろう。いや、警察がその気になれば、オレが諸々の罪で逮捕される状況からは未だ脱してはいない。油断は禁物だ。ここはとっととレラさんにお帰り願おうか。じゃないと、オレが危ない。
「事情は理解した。それではそろそろお開きにするとしましょうか」ニッコリと満面の笑みを浮かべながらレラに言った。
「そうだね。それじゃ、ボク、弟子らしく朝御飯の支度をしてきます」
「いやいや、そんなお気になさらず。早くお家に帰らないとご家族が心配するだろう?」
「あ、それなら大丈夫だよ。覚醒戦争の時に全員死んじゃったんで、今はボク一人だけだから」
オレは思わず言葉を詰まらせた。
やっちまった。あの覚醒戦争の体験者なら、高確率でそういう状況になっていることは推測出来たってのに。そもそも、こんな十代前半くらいの子供がハンターをやっているという時点で察するべきだった。
「すまん。配慮が足りなかった。謝罪させてくれ。辛い記憶を思い出させて申し訳なかった」許してくれと呟きながら、オレは深々とレラに頭を下げた。胸の中が申し訳ない気持ちで一杯になっていた。
「いいよ、いいっすよ、師匠! もう十年前の話なんだし。ボクは気にしちゃいないから、頭を上げておくれよ」
「いや、それでも無礼を働いたことに変わりはない」その時、ハッとあることに気付いた。
あれ? 十代前半の子供だって? そういえばレラは昨晩、オレと同じで『始まりの覚醒者』の一人とかって言っていなかったっけか? なら、こいつは今、何歳なんだ?
「女性にこんな質問をするのは非常に失礼だとは思うのですけれども、レラさんはお幾つなんですかね?」恐る恐るレラに尋ねてみた。
「十三歳になったばかりだよ、師匠!」目を細めながら、何故か嬉しそうに答えた。
レラは頭に獣耳でも生えたような髪型のせいで、どうしても獣人娘にしか見えなかった。例えるなら猫族の獣人娘といった感じだろうか。感情を露わにするたびに獣耳の形をした髪がぴょこぴょこ動くのはどういった仕組みなのだろうか?
「となると、お前さんがハンターになったのって三歳くらいの頃か!?」
「あー、うん。多分、そう!」一瞬、頭の中で計算を試みてすぐに諦めたかのような素振りを見せた後、レラは親指を立てて見せた。
「そっか。そんな小っちゃい頃から一人で頑張ってきたのか。偉いな、レラは」そう言って、オレはレラの頭に手を乗せると優しく撫でてやった。
すると、レラはまるで子猫が喉元を撫でられ、喉を鳴らして喜んでいるかのような表情を浮かべた。頬を染め目を細めると、まるでもっと撫でてと懇願してくるように、オレの方に頭を寄せて来た。
「へへ、師匠にほめられちった」にへへ、と顔をふやけさせると、満面に喜色を浮かべた。
「ところで、レラの家は何処なんだ?」
「え? 師匠、冗談が過ぎるっすよ? なにを言っているんすか?」
「冗談? お前こそ、なにをおっしゃっているんですか?」
「弟子は師匠と寝食を共にするものだって、お父ちゃんが言っていたよ」
「それはつまり、どーゆーことっすか?」
「今日からここに住むってことっすよ、しーしょーう?」無邪気な笑顔でオレの顔を覗き込んで来る。「これからお世話になります。そして、どうかボクを最弱王にしてくださいね、師匠!」ぶい! と呟きながらVサインのポーズを取って見せた。
オレは予想外の事態を前にして絶句してしまった。
これから、十三歳の未成年女子と一つ屋根の下で暮らす、だって!?
まずい、まずいぞ! もしかしてオレってば、ダンジョンに潜るよりも危険な状況に置かれているんじゃないのか!? このままでは、誰かにちょっと通報されるだけで警察に逮捕される危険性があるぞ。
何とかしなければと焦る一方で、その状況に歓喜している自分も確かに存在していた。
これだから童貞おじさんは困るんだ、と自分で思って情けない気持ちで心が溢れ返りそうになった。情けなさのあまり、ほろりと涙が零れ落ちた。
結局、オレはどうしても断ることが出来ずに、渋々と、それでいて心の裡では嬉々としてレラを我が家に迎え入れることにした。
「分かったよ。約束だもんな。部屋は何処でも好きな所を使ってくれ」疲弊しきったように深く嘆息すると、オレは全てを諦めた。
「わーい、やった、やった! それじゃ、師匠の許可もおりたので、ボク、朝ご飯を作って参ります!」キャッホー! と喜んだ様子でレラは台所に向かって行った。
こうして、オレは、最弱にして最底辺の回復術師のおっさんの分際で、獣人娘風のボクっ子最強美少女と奇妙な師弟関係になってしまった。
ここで一言、オレが言いたいことは、最強が最弱に弟子入りするって、どーゆーことっすか!? ということだけだ。
家の壁に大きく空いた穴から朝陽が差し込むのが見えた。
新しい朝が来た。どうかこれが希望の朝でありますように、とオレは強く願ったのであった。