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第19話 緊急クエスト

『2、死者蘇生魔法』の項目を凝視しながら、オレは興奮のあまり全身を震わせていた。


 回復系クラスの究極形態は『聖女』か『聖者』と言われていた。これはどちらもS級ハンターのみが到達することが出来る隠しクラスである。しかし、そのどちらにも死者を蘇生するスキルは備わっていなかった。いや、オレの記憶が正しければ、死者蘇生の魔法スキルを持つ隠しスキルは存在しなかったはずだ。


 つまり、オレは現在、死者蘇生魔法を使うことが出来る世界唯一の存在になったということだ。このスキルの存在が知り渡れば、きっと世界中で大騒ぎになることは明白だった。


 これでようやくオレも最底辺から栄光の頂点に上り詰めることが出来るんだ! などと思ったのはほんの一瞬のことだった。


 オレは意気揚々とスキルをタップしてウインドウを開いた。しかし、そこに書かれていた内容を見て絶句してしまった。


『死者蘇生魔法を使用するには、蘇らせる人数×一万人の生贄を捧げてください。なお、生贄は知的生命体に限ります』


 またもやスキルを使用する代償として、大勢の生贄が必要になると書かれていたのだ。


「おいおい、一人を生き返らせるだけで一万人も犠牲にしなきゃならんとは、コスパが最悪じゃねえかよ」オレはガックリと項垂れながらウインドウを閉じた。


 これでオレも一躍時の人になれる、と有頂天になっていたおかげで、そこから元の底辺に蹴落とされた精神的ショックは相当なものだった。自然と深い溜息が洩れ、酷い疲労感が全身に襲いかかった。


「本当、この禁術師ってクラスは生贄大好きっ子だな。こんなんどれも使えるわけねえだろうが」


「他にはどんなスキルがあるんだろ? ねえ、師匠。早く次も見てみようよ」レラは好奇心垂れ流しみたいに瞳を輝かせながら、急かす様に言って来た。


 こっちの気も知らんと、能天気な奴だ。次のスキルを見るのが億劫だった。どうせ、またとんでもない内容のスキルに違いないのだ。


「あー、うん、そうだな。でも、また極悪なスキルじゃないといいが」そう言いながら、オレは三番目のスキルに目を移す。


『3、レベルドレイン』


 それを見てオレは一瞬目を疑った。こいつはとんでもないスキルがあったもんだ、と恐怖すら覚えたからだ。


「おいおい、やばいにもほどがあるだろうがよ」


 オレはげんなりとし、スキルの説明すら読む気が失せた。


「レベルドレイン⁉ これってまさか、ボクのレベルも吸い出せるの⁉」


 あ、そっか。レラは弱くなりたいから飛びつくに決まっているよな。


 本当はスキル説明を読まずにウインドウを閉めようかと思っていたが、仕方ない。スキル説明を開くとしようか。

 オレはそのままレラにスキル説明を見せた。


『対象者のレベルを吸い取り、自分のレベルにすることが出来ます。ただし相手のレベルが1であった場合、効果は無効化されます。なお、吸収可能なレベルは現在のレベル数までとなり、一度発動すると24時間のクールタイムが必要になります』


「おおお……師匠! やったよ。これでボク、弱くなれるよ!」


 レラは大きな目を更に大きく開いてキラキラと瞳を輝かせながらオレを凝視してきた。頬は赤らみ、小さな肩が小刻みに揺れていて歓喜に打ち震えているようだった。

 レベルを上げたいと願っているオレとレベルを下げたいと願っているレラ。確かにこのスキルを使えばオレは強くなれるしお互いの目的を叶えることが出来るだろう。でも、他人のレベルを吸い取るという行為にオレは抵抗感を覚えていた。


「なあ、レラ。このスキルを使うのは止さないか?」


「ふえ? なんで?」


 レラはオレの言っていることが理解できないのか、目を点にして首を傾げた。


「死地を潜り抜けモンスターとの死闘の果てにようやくゲットした魂魄石でオレ達ハンターはレベルを上げて強くなれる。それは言わば人生そのものだってオレは思うんだ」


 オレがそう言うと、レラの目は更に小さな点になり、頭の上には沢山の疑問符が浮かんでいる、ように見えた。


「師匠、さっきから何を言っているの?」


「だからさ、オレがレラのレベルを吸い取るってのは、今までのレラの努力を横からかっさらうようなものだろう? それってずるしてオレが強くなるってことだ。確かにオレは最底辺のハンターであるし、いつかはカンストしたレベル10の壁を乗り越えたいとは思っていたよ? でもそれは正しい努力の末にたどり着きたかった場所であって、オレよりも大分年下の子供から手柄を奪い取るなんて真似、何か間違っているようにしか思えないんだ」


 普通の人間なら楽してレベルが上がるぜ! とかって喜ぶかもしれないが、それではただの盗人と変わりはしない。奪い取るのが金品とレベルの違いでしかなく、間違いなく窃盗でしかない。それはただの犯罪だ。しかも姑息で卑劣な。まあ、レベルを吸い取ったら犯罪だという法律をオレは聞いたことはないが、それはモラルの問題でもあるだろう。

 オレは最底辺を這いずり回って来た人間だが、だからといって犯罪に手を染めようとは思わない。見ず知らずの人間から蔑まされ、侮られ、嘲わらわれようとも、それで犯罪に手を染めようとは微塵も思ったことはない。その点だけはオレは自分のことを評価してやりたいと思う。


 すると、レラは、うーんとうなった後、腕を組んで何やら考え込む仕草を取って見せた。


「師匠の言いたいことは分かった。でもさ、禁術師の力って自分で手に入れた力なんだし、後ろめたさを感じる必要はないんじゃないかな?」


「自分で手に入れた力?」


 レラにそう指摘されて、オレは返す言葉を見失った。


「禁術師に目覚めたのは偶然かもしれないけど、別にズルして手に入れたわけでもないっしょ? なら問題ないんじゃない? 要はどう使うかってことだとボクは思うな」


「宝くじに当たったようなものなのかな? いや、でも……」


 やっぱり後ろめたさは感じるかな。それに他人のレベルを奪うスキルの存在が明るみになったら、オレ自身どうなるか分かったものじゃない。危険分子としてハンター協会辺りに一生監禁されるってことも考えられる。やはりこの力は何とかして封印するべきなんだろう。


「ならさ、師匠。こうしたらいいんじゃない? そのレベルドレインはボク限定でしか使用しないってことで」


「レラ限定で?」


 オレはジッとレラの顔を覗き込む。よくよく考えたらこんな褐色美少女からレベルとはいえ何かを吸い取ることに犯罪めいたものを感じてしまった。それに何だか気恥ずかしい気持ちにもなってきたぞ。


「その力のことが世間にバレたらまずいってことは馬鹿なボクにでも分かるよ。だからさ、師匠の力を秘密にする代わりにボクのレベルを吸い取って欲しい。そうでもしないと、ボクはボクの夢を叶えることは出来そうにもないし。これは師匠にとってもボクにとってもチャンスなんだ。だからお願い。どうかボクのレベルを毎日吸い取ってください!」


 レラはお願いします、と大声で叫ぶと、深々と頭を下げた。

 正直、レラの願いはオレにとっては贅沢なものだと感じた。普通、人間ってのは強くなりたいとは願っても弱くなりたいとは思わないものだ。ほんの少しだが幼い弟子に嫉妬すら覚えた。

 まあ、本人が良いというのであれば別に構わないのかな?

 オレは決心した。ここは己の欲望に正直になろう。


「レラ、分かったよ」


 レラは顔を上げると頬を染め破顔する。


「一度吸い取ったレベルを戻すことが出来るかは分からないが、それでも構わないなら喜んでお前のレベルを吸い取らせてもらうよ。でも、くれぐれも禁術師のことは秘密に頼むぜ?」


「分かった! 師匠とボクだけの秘密だね。えへへ、絶対に誰にも言わない!」


「なら、早速試してみるか」


 オレはウインドウを開くと、スキル画面を覗き込んだ。

 よくよく見ると、解放されているスキルは3つだけ。後は一律『???』の表示がでているだけだ。

 いや、未開放のスキルの横には必要レベルが表記されていた。レベルが上がれば順次解放されるのだろう。

 オレはレベルドレインのスキルをタップする。


『レベルドレインでレベルを吸収する対象者に向けて霊子結晶をかざしてください』


 オレはウインドウ画面の指示に従い、レラに向かって禁術師の霊子結晶をかざした。


「いくぞ、レラ。準備と覚悟はいいか?」


「どんと来いだよ、師匠」


 オレは一度だけ深呼吸をすると、レラを凝視しながらスキル名を呟いた。


「レベルドレイン!」


 その瞬間、オレの霊子結晶はドス黒い魔力を放った。


「なんだ、このドス黒い魔力は⁉」


 オレは驚きのあまり叫んでいた。禁術師の霊子結晶から放たれた魔力があまりにおぞましく、一瞬だけ目の前に死神の幻が見えてしまったのだ。

 そして、ドス黒い魔力は人の手に形を変えた。それはまるで影の手と呼ぶに相応しかった。

 禁術師の力はオレの想像を遥かに凌駕するほど危険なものではないのか? 本当にこのスキルをレラに使ってもいいものなのか?

 戸惑いは焦りとなり、オレは咄嗟にスキル発動をキャンセルしようとする。しかし、一度発動したスキルは止めることは出来なかった。

 無数の影の手と化した魔力はたちまちレラの全身にまとわりついた。そして、レラの身体を拘束すると、影の手は一つの大きな黒い手と化し、そのままレラの心臓を貫いた。

 かに見えた。

 大きな黒い手はレラの身体を突き抜けると、そのまま一瞬でオレの霊子結晶の中に戻っていった。それはまるで映像を高速で逆再生するかのようで、瞬く間に終わっていた。


「師匠、もう終わり?」


 レラはキョトンとしながらオレに訊ねて来た。

 もしかして、レラは今の影の手に気づいていなかったのか? あれはオレにだけ見えていた幻だったのだろうか?

 次の瞬間、オレの目の前にステータス画面が現れた。


『レベルドレインの発動に成功しました。今回吸収出来たレベルは+10になります。次回、同スキルを使用するには24時間のクールダウンが必要になります。禁術師のレベルが11にアップ致しました。禁術師のレベルが10を越えましたので新たなるスキルの使用が可能になりました』


 新たなスキルの使用が可能になった? 


 オレはスキル画面に目をやる。

 そこには『ブラックゲート召喚』と表示されていた。


「ねえ、師匠? ちゃんとボクのレベルを吸い取ってくれた?」


「ああ、大丈夫。ほら、オレの禁術師のレベルが11になったぞ」


 レラはオレのステータス画面を覗くと、たちまち破顔する。


「おめでとう、師匠! 晴れてレベル10の壁を乗り越えられたね⁉」


 レラはおめでとうございます、と言いながらパチパチと拍手を鳴らした。

 しかし、オレはスキル画面を見たまま身体を硬直させてしまった。


「なんだ、これ?」


 オレは新たに出現したスキルの説明画面を見て唖然となる。

 そこには、真っ赤な文字でこう書かれていたのだ。


『緊急クエストのご案内。24時間以内にブラックゲートを召喚し、同時間内にゲートダンジョンをクリアしてください。なお、攻略失敗の場合は人類が絶滅致します。可及的速やかにブラックゲートダンジョンの攻略を御薦めいたします』

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