目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第20話 ブラックゲート

 真っ赤に染まったメッセージ画面を見て、オレは思わず絶句した。

 もしもブラックゲートを24時間以内にクリアしないと人類が絶滅してしまうと、ハッキリ表記されていたからだ。


「おいおい、人類が絶滅するって、冗談きついぞ?」


 流石に冗談だよね? たかだか一つの魔王門〈ゲート〉がダンジョンブレイクしたところで、最悪、街が一つ消し飛ぶ程度の被害のはずだ。まあ、それだけでも十分大惨事ではあるが。だが、ウインドウ画面にはハッキリと『人類が絶滅する』と、まるで血の様な赤色で明言している。

 世界の滅亡ではなく、人類が滅亡する、という部分が引っかかる。それは同義ではないのか?


「人類が絶滅するなら、朝ご飯の前にクリアしなきゃですね、師匠」


 ウインドウ画面を覗き込みながら、横からレラが話しかけてくる。


「いや、もしもここに書かれていることが本当なら、オレ達だけじゃ手に余るぞ? ここはハンター協会に連絡してしかるべき対処をしてもらわないと……」


 いや、流石にそれは無理か。それにはオレの禁術師のことまで説明しなきゃならないんだった。

 自分の身を守るためにも、ここは無視して成り行きに任せるのも一つの手だ。だが、もし本当にこのまま緊急クエストを放置して失敗した場合、どれほどの被害が出るのか。メッセージ画面通りなら、オレ達の命も危ういだろう。

 オレがうんうん唸っていると、再び新たなメッセージが表示された。


『こちらはチュートリアルクエストになります。ブラックゲート内部にはボスモンスターに相当する封印されし黒き魔人のみが存在しております。今回に限り、黒き魔人を討伐するだけでクエストクリアになります』


「チュートリアルクエストだって? へえ、それならやれるかな?」


 はて? ちょっと安心してしまったが、緊急クエストなのにチュートリアルを兼ねるのか。何だか嫌な予感しかしないんだが。


『尚、チュートリアルクエストに参加するだけで、新たなるスキルが使用可能になります』


 色々と悩みどころだな。出来るなら危険なことはしたくないが、強くなれるなら多少のリスクは止むを得ないか。

 しかし、ダンジョンに入ったところでボスモンスターに相当する『黒き魔人』とやらを討伐することは出来るんだろうか?

 オレは再び自分のステータス画面を見る。

 しかし、身体ステータスは元の回復術師のままだった。一般人よりかは喧嘩が強い程度。しかし、ある部分を見てオレは目を見開いた。


「MPの数値が『∞』になっているだと?」


 これはつまり、魔法が使い放題ということか? もし攻撃スキルがあればある意味オレは最強の兵器になったと言っても過言ではない。弾薬を気にすることなく撃ち放題の銃器があれば、それだけで強力な存在になり得るだろう。

 しかし、残念ながら禁術師のスキルに攻撃系のものはまだ見当たらなかった。未開放部分になら何かあるかもしれないが。

 ともかく、MPに使用制限が無くなったことで、オレは世界最底辺の回復術師から、世界最高の薬箱くらいにはランクアップしたと言ってもいいだろう。将来的にハンターを辞めることになっても、何処かの医療機関で就職出来るかもしれない。オレのヒールレベル1でも、外科手術が必要な傷くらいなら多少の時間をかければ完全に治癒することが出来る。それが使い放題というだけでもオレの価値は跳ね上がるだろう。

 引退後の話はさておき、ここには最終兵器とも呼べる最強の底辺回復術師がいるんだった。


「レラは武闘家から回復術師に転職したんだよな? それで、今、使える攻撃系スキルはどれくらいあるんだ?」


「うんとね、今使える攻撃スキルは3つある固有スキルだけかな?」


「固有スキルを3つも持っているのか? それは凄いな」


 凄い奴だとは聞いていたが、かのS級ハンターですら、多くても2つくらいしか固有スキルを所持していないと聞いたことがある。そんな恵まれた状況なのに回復術師になんてクラスチェンジするだなんて、あまりにも勿体ないと思わずにはいられないぞ。

 固有スキルとはギフトとも呼ばれるスキルで、クラスに関係なく個人が生まれ持ったスキルのこと。そのどれもが特殊かつ強大であり、固有スキルを一つ持っているだけでどんなに能力値やレベルが低かろうがB級以上のハンターに認定される。

 レラはそんな固有スキルを3つも所持しているのか。ここだけの話、やっぱりレラは可憐な少女の皮を被った化け物なのかもしれない。そう考えるとヒールレベル1が極大消滅魔法になってしまったのも改めて頷けた。

 ハンターはレベルが100になるとクラスチェンジすることが可能になる。しかし、元々才能限界が100に満たないハンターが大半であるため、クラスチェンジしているのは最低でもB級以上のハンターのみだった。

 クラスチェンジしてもレベルは下がらないが、ステータスは1~2割程度低下してしまう。そして、そのクラスに見合わないスキルも使用不可能になってしまう。だが、隠しクラスなら話は変わってくる。

 例えば戦士系のクラスには聖騎士といった隠しクラスが存在しているが、その際、神聖魔法なども使えるようになる、と言われている。実際に隠しクラスに転職したハンターに出会ったことがないので、あくまで噂程度の知識しかない。大抵、隠しクラスに転職したのはA級以上のハンターのみだ。万年E級ランクのオレにとって、A級以上のハンターはまさしく天の上の人間だった。


「レラ、固有スキルの詳細をオレに教える必要はない。そのスキルのみでゲートダンジョンをクリアすることは可能か?」


「S級ゲートダンジョン以外なら、ボク一人でもクリアできるよ? さっき着ていた魔王の装備も、この間一人でA級ゲートダンジョンに潜ってゲットしてきたものだし」


 よし、色々な問題はこれでクリアだな。オレは決意を固めた。


「なら、レラ。オレと一緒にブラックゲートダンジョンとやらに潜ってくれないか? 申し訳ないが、オレにはお前の回復術師ではない方の力が必要なんだ」


 レラには本当に申し訳ないと思う。癒しの力で誰かを救いたいと願う彼女の想いを蔑ろにし、オレはアタッカーとしての力を要求してしまった。しかし、そうでもしないとオレはこれ以上前に進むことが出来ない。これは千載一遇のチャンスなんだ。この機会を逃せば、オレはこのまま最底辺の回復術師としての一生を終えるに違いない。

 もしこの申し出を断られたら、オレには当てがない。友人も皆無なオレには、今は目の前の最強の力を持った幼い弟子しか倒れる存在がいないのだ。


「いっすよ、師匠。そんじゃ、朝ご飯の前にちゃっちゃとブラックゲートとやらを攻略しちゃいましょう!」


 レラはオレの想いなど考えるまでもなく、無邪気な笑顔でそう答えた。


「ありがとうな、レラ。本当に申し訳ない」


「何がっすか?」


 レラは目を点にして首を傾げた。


「だって、レラは一応、回復術師なんだろ? それなのに、オレはお前に回復術師じゃなく、アタッカーの力を要求してしまった。それが侮辱だということは分かっているのに、オレときたら……」


「何言っているんですか、師匠。最底辺の回復術師同士、ここは助け合わないと。だから、気にしないでいいっすよ。それに、ボク、戦うのは好きだから問題無しです」


「レラ……」


 オレは目頭が熱くなるのを感じた。それと同時に、何かとてつもなく酷いことを言われたような気がしたが、深く考えないことにした。


「ご飯が炊けるまでまだ時間はあるな。それじゃ、試しにブラックゲートとやらを召喚してみるか」


 オレはこれがチュートリアルということもあって、相当油断していた。禁術師なんて隠しクラスに目覚めたおかげで気が大きくなっていたんだと思う。もし、最底辺の回復術師のままだったなら、オレはきっとこんな暴挙に出ることはなかっただろう。そして、レラという最強の手札が更にオレを増長させていた。いつものオレなら、きっと一人なら挑戦する気にもなれなかっただろう。このままハンター協会に泣きついていたと思う。


 オレは禁術師の霊子結晶を起動し、ブラックゲート召喚をタップする。

 間もなく、オレはただの気まぐれで世界を滅ぼしかけるのであった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?