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第26話 招集

 オレの住む千鶴市は、元の名を千歳市と言った。その南には苫小牧市という幾つも港を有する工業都市が存在していた。

 しかし、覚醒戦争のおり、この二つの都市は滅んでしまった。現在は両都市が合併し、復興後は千鶴市とその名を改めたのだ。

 この二つの大都市が滅んだ理由は単純明快だった。ダンジョンブレイクが発生し、物理的に壊滅状態に陥ってしまった為である。

 しかも、ダンジョンブレイクを起こしたのが災害級〈ドラゴン〉の魔王門〈ゲート〉であることが最大の不幸でもあった。

 何故なら、災害級以上のダンジョンブレイクが発生した場合、恐ろしいのは都市が壊滅することだけではない。その後にばらまかれる呪いが最大の脅威だったのだ。



 スマホにハンター協会からの非常緊急招集の連絡を受けたオレとレラは、最寄りの駅から電車でそのまま終点まで乗り、終着駅にあるハンター協会支部まで来ていた。

 あの後、千呪はすぐに事情を察してか、オレが何かを言う前に既にその姿を消していた。彼女が姿を消す時、その魔力がオレの右手の霊子結晶の中に入っていくのを見た。恐らく、いつでも最強の従魔を呼び出すことは出来るのだろう。だが、その代償として寿命を消費するという話を聞いた後では、おいそれと千呪を召喚することは出来なかった。恐らく、オレは二度と彼女を呼び出すことはないだろう。


 ハンター協会支部は、旧南千歳駅近くに存在する大規模アウトレットモールの廃墟にあった。敷地の中央に10階建てのビルがそびえ立ち、周囲にはかつてはこのショッピングモールを賑わせていたであろう数多くの店舗の残骸が今もそのまま残されていた。


 ビルの前に向かうと、オレ達同様に招集を受けたハンター達の姿が見えた。その数はざっと200名を軽く超す程度だろうか。


 恐らく、他のハンター達はまだゲートダンジョン内に潜っている最中なのだろう。ここにいるのはオフを楽しんでいた奴らに違いない。非常緊急招集には強制力があり、理由もなく拒否した者は罪に問われる。ハンターライセンス剥奪だけならまだマシな方で、最悪、禁固刑に処せられる場合もあるという。


 そういうわけなので、この場に集まったハンター達の表情は一様に苛立っているようにも見えた。


 しかし、非常緊急招集なんて久しぶりのことだぞ。前回はダンジョンブレイクではなく、南北海道大地震の時に発動し、手すきのハンターも災害救助に駆り出されたんだっけか。あの時、大半のハンターは金にもならない災害救助から逃れるように、無理矢理空いているゲートダンジョンに向かったのだっけか。まあ、オレはちょうどいつものようにパーティーを追放されていたので、最後まで災害救助に協力していたのを覚えていた。


 先程の一瞬の大震動の後の大爆発。家から見えた黒いキノコ雲から察するに、大規模ダンジョンブレイクが発生したのは明白だった。

 だが、一つ引っかかることがある。それは、一度ダンジョンブレイクが発生し、呪いの汚染地区になった場所には二度と魔王門〈ゲート〉は現れないはずなのだ。しかし、黒煙が立ち上っていた場所は間違いなく旧千歳市のはずだ。

 何かとてつもなく嫌な予感がしているのは、きっとオレだけではないはずだった。


「いったい何が起きたんでしょうかね、師匠?」


 オレの隣にいるレラが黒い瞳で覗き込みながら話しかけて来た。


「一つ分かっているのは、ハンターが呼ばれるのは良くないことが起こった時だけってことだな」


 まあ、どんな面倒な事態になったとしても、オレに出来ることはほとんどないだろうな。全力で後方支援に尽力するより術はないのだ。最悪なのはオレの力も必要になった時だと思う。それはきっと、他のハンター達が全滅した時だけだろうからだ。

 すると、周囲がざわつき始めた。周囲のハンター達の視線が一斉に前に向けられ、オレも同じ方向に視線を向けた。

 ハンター協会ビルから一人の杖をついた若い男性が現れた。英国紳士風の風貌で口元に柔和な笑みを浮かべていた。

 彼の名は矢代正道。ここハンター協会千鶴市支部の支部長を務めている。


「ハンターの諸君、よくぞ集まってくれました。時間も無いので早速本題に入りたいと思います」


 矢代支部長が近くの黒服に合図をすると、スマホに着信があった。見ると、それは魔王門〈ゲート〉の発生情報だった。


「今、皆様の端末に先程出現が確認されました魔王門〈ゲート〉の情報を送らせていただきました。現在、旧千歳市の千歳神社跡地に謎の魔王門〈ゲート〉が出現したとの情報が入って来たのですが、諸君たちには大至急この魔王門〈ゲート〉の攻略に向かっていただきたい」


 さっきの爆発と黒煙はやっぱり魔王門〈ゲート〉が出現したのが原因だったのか。しかし、あれではまるでダンジョンブレイクが発生したような衝撃だったが。


「諸君もご存じの通り、旧千歳市は過去のダンジョンブレイク災害により呪いに汚染された封鎖地区になっております。そして、一度ダンジョンブレイクが発生した地区で再び魔王門〈ゲート〉が出現したことは過去を遡っても一度も確認されたことはないのです」


 矢代支部長の説明を聞き、周囲がざわつき始めた。


「異常事態とも呼べる状況の上、最悪なことに現在、千歳神社跡地に出現した魔王門〈ゲート〉にダンジョンブレイクの兆候が見られます。その為、申し訳ございませんが、集まっていただいた皆様にはこれから大至急ダンジョン攻略に向かっていただきます」


 魔王門〈ゲート〉レベルも何の情報も分からないのに、それは無謀ではないだろうか? 多分、この場にいる者達は全員同じことを考えているだろう。死地に出向けと命じている矢代支部長ですらそれがいかに無謀なのかは分かっているはずだ。


 つまり、それだけ切羽詰まっているとも言える。


「ですがご安心を。魔王門〈ゲート〉レベルは最低級の小鬼級であるとの情報が観測班から入りました。ですが、汚染地区には死人も徘徊しており、ゲート周辺も危険な状況です。よって、作戦は以下の通りに致します。端末をご確認ください」


 再びスマホに着信が入る。


『D級以下のハンター達はゲート周辺の安全を確保。脅威が現れた場合、これを実力で排除すること。その間にB級とC級ハンター達により魔王門〈ゲート〉を可及的速やかに攻略すること。攻略後は直ちに旧千歳駅まで撤収すること。なお、このクエストに参加したハンターには全員に特別報酬が与えられます』


 特別報酬の項目を見て、ハンター達から歓声が上がる。

 まあ、魔王門〈ゲート〉レベルが小鬼級なら問題はないか。


「レラ、今日は美味いものが食べられそうだぞ? オレ達にもボーナスが支給されるみたいだからな」


 どうせオレの出番は無いだろうし、楽に金が貰える。そんな風にオレは軽く考え、陽気にレラに話しかけた。

 すると、レラの顔が青ざめていることに気づく。身体も小刻みに震えていた。


「どうしたんだ、レラ?」


「いいえ、何でも、ありません……ただちょっと、嫌な気持ちになっただけ」


「嫌な気持ち?」


「とてつもなく悪い予感がするんです。多分、気のせいだと思いますんで、気にしないでください」


 もしかしたら、レラの野生の本能が危険を感じているのかもしれない。


「なら、行くのは止めておくか?」


 今回のミッションはハンターの義務であり強制力があった。断れば何かしらの罪に問われる可能性は高い。だが、レラみたいな子供やオレみたいな底辺ハンターが行きたくないと哀願すればお目こぼしがあるかもしれない。だが、その場合、レラはともかくオレは確実にハンターライセンスの剝奪はほぼ確定だろう。元々、ハンター協会からもライセンスの更新のたびに、いつ辞めるんですか? まだ辞めないおつもりですか? なんて、受付のお嬢様方には毎回呟かれているので、こことぞばかりにオレを辞めさせることだろう。


「そんなことをしたら、師匠がハンターをクビになっちゃうでしょう? ボクならこの通り大丈夫ですから」


 そう言って、レラは青ざめた顔に無理矢理笑顔を浮かべると、ガッツポーズを取って見せた。

 健気な弟子の想いに触れ、オレはほんのり目頭が熱くなった。


「大丈夫だ、レラ。何かあってもオレがレラを守ってやる。いざとなったら千呪もいるし、大丈夫だぞ」


 そう言って、オレはレラの頭に手を置く。レラは嬉しそうに目を細めると、まるで子猫の様にゴロゴロと喉を鳴らした。


 200名を超すハンター達が集まってのレイド戦になるんだ。魔王門〈ゲート〉レベルも小鬼級だし、多少の危険があってもきっと大丈夫。それに、オレは初弟子となったレラに何か美味いものを食わせてやりたい。この時のオレはこの状況を軽く考えすぎてしまった。その為、あの悲劇が起こったのだ。


 この後、オレ達はハンター専用列車に乗り込み、旧千歳駅に降り立った。

 旧千歳市は現在、汚染地区を鉄壁によって覆い囲まれていた。街を囲う鉄壁は興味本位で中に入ろうとする不届き者共の侵入を防ぐ役割もあったが、本命は街の中を徘徊するとある驚異の流出を防ぐ為にあった。

 あの日、旧千歳市に出現した災害級〈ドラゴン〉魔王門〈ゲート〉がダンジョンブレイクを起こした際、都市は壊滅し大勢の住人が命を落とした。だが、本当の恐怖はそこから始まった。ダンジョンブレイクは破壊のみならず、呪いをも撒き散らした。その呪いというのが、死人をグールとして蘇らせるものだった。

 現在、旧千歳市には十万人近いグールが徘徊する死の都市と化していたのだ。

 だが、グールといえどもハンターの前では雑魚モンスターに過ぎない。問題なのはその数で、流石のハンターでも数の暴力の前では無力だった。

 そして、最も厄介なのは、倒しても復活すること。例え跡形もなく焼き払っても、聖女が使う浄化魔法を用いても、明日の朝には再び復活してしまう点にあった。とある研究者はそれを魔王門〈ゲート〉の呪いだと言っていた。倒すことが不可能な不滅の存在。ある意味、この呪いこそが人類最大の脅威かもしれなかった。


 よって、今回の作戦も迅速に行わなければならない。グールは生者の匂いに引き寄せられる。もし、グールの大群に囲まれれば高ランクハンターですら危うくなるだろう。


 旧千歳駅に降り立った総勢200名を超すハンター達は、重たい防壁が開いた瞬間、一気に駆け出した。目指すは旧千歳駅から西に2㎞進んだ先にある千歳神社跡地。

 大通りには十数体のグールの姿が確認されるが、先方を走っていた剣士クラスのハンター達が駆け抜けながらグール達を斬り裂いた。


「急げ! 一気に駆け抜けるぞ!」


 誰とも知らない声が前方から響き、オレ達は無言で走り続けた。

 途中、何匹かのグールを見かけたが、それは無視して一気に千歳神社を目指す。

 ただ走るだけなら、底辺回復術師のオレでも彼等についていくことが出来た。最底辺のオレでも、一般人よりは遥かに身体能力が優れていることを改めて認識させられた。


 目的地にはすぐに到着した。前方を走っていたハンター達が瞬く間に神社周辺を徘徊していたグールの小さな群れを殲滅する。


「これより作戦に入る! D級以下のハンター達は現場の確保と敵の速やかなる排除を行え。B、C級のハンターは準備が整い次第魔王門〈ゲート〉に突入する。急げ!」


 その時、オレは戦慄した。目の前に佇むそれを見て身体が強張るのが分かった。


「師匠、何でこれがここにあるんですか⁉」


 レラの驚愕に満ちた問いかけに対し、オレは何も答えることが出来なかった。それはオレの方こそ聞きたいことだった。


「何てこった……最悪、オレ達はここで全滅するかもしれんぞ」


 千歳神社には、比較的小規模な魔王門〈ゲート〉が出現していた。ゲートの大きさは二階建ての一戸建て住宅程度。小鬼級の魔王門〈ゲート〉ではよく見られるサイズだ。

 しかし、オレ達が驚愕したのはそのオーラの色だ。

 そこに佇んでいたのは、先程、オレ達が死闘を繰り広げていたブラックゲートそのものだった。

 レラの本能は正しかった。凶悪な魔力を前にして、オレの額から一筋の汗が流れ落ちた。

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