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第25話 緊急アラート

 帰還の転移魔法が発動した後、オレ達は半壊した家の中にいた。

 誤って家の中で召喚してしまったブラックゲートは帰還と同時に消滅してしまった。

 色々と考えなければならないことが山積していたが、とにかくまずは腹ごしらえしようと思い立つ。そろそろご飯が炊ける頃合いだと思い、オレは壁掛け時計に目をやる。しかし、時計がかかっていた場所は綺麗に崩壊していて、壁掛け時計は見るも無残な姿で足元に転がり落ちていた。

 仕方なくそのまま台所に行き、炊飯器を確認すると、保温のランプが光っていた。奇跡的に半壊した台所で炊飯器だけは無事だった。保温のランプを見る限り、電気もまだ無事らしい。


「レラ、塩おむすびでも作って食べるか」


「ボク、10個食べます!」


「それじゃ、私は4個でいいわ」


「はは、二人ともよく食べるな。よし、今作ってやる……?」


 はて、今、レラ以外の女性の声がしたような気がしたぞ?


 オレはレラに振り返る。そして、レラの背後に青白い顔に喜色を浮かべた黒い貴婦人こと千呪さんの姿を見た。


「何で千呪さんがここにいらっしゃるんですか⁉」


 ダンジョンモンスターがダンジョンブレイク以外で外の世界に出てきているだなんて前代未聞のことだ。


「あら? さっき主従の誓いを立てたばかりじゃありませんこと?」


 千呪はわざとらしく目を点にし、首を傾げて見せた。


「いや、だって、ダンジョンモンスターが普通に外の世界にいるもんだから」


「失礼ね。私の何処がダンジョンモンスターに見えるのかしら? どこからどう見ても可憐で麗しい貴婦人でしょう?」


 千呪は頬を膨らませながらそう言う。どうやら本気で少しムッとしているみたいだ。何だか、さっきまで殺し合いをしていたとは到底思えない空気だった。まるで十年来の友人とお喋りしているような感覚になった。まあ、友達なんて一人も出来たことはないんですけれども。


「千呪はダンジョンモンスターじゃないのか?」


「先程も私は、自分は黒き魔人が一柱とご紹介したはずですわよ、我が主様」


「え? 千呪さんはダンジョンモンスターではない、と?」


 何だかよく分からないぞ。オレ達の知識の中では、ダンジョン内にいるのは全てモンスターのはず。そもそも魔人って何のことだ? 分からないことだらけで頭の中が少々混乱してしまった。

 その時、近くで豪快な腹の虫の音が響いてきた。見ると、レラが涎を垂れ流しながらオレのことをジッと見ていた。


「まあ、ともかく、まずは飯だな。飯の後で千呪さん、貴女に聞きたいことが山とある。色々と聞かせてもらえるか?」


「もちろんでございますわ、我が主様。何なりとご申しつけくださいませ。支配レベルの許す限り、私は何でもお話いたしますわ。そう、身体の何処にほくろがあるとか、なんでもね?」


 千呪はそう言って、艶めかしい微笑を浮かべながら、ペロッと舌なめずりをする。

 一瞬でオレは頬に熱を帯びるのを感じたが、レラに気取られる前におにぎりを作ることにした。


「二人は居間で休んでいてくれ。良ければお茶を……ああ、無事なペットボトルが幾つかあるな」


 オレは足元に転がるウーロン茶の500mlのペットボトル二本を拾い上げると、それをレラに渡した。


「散らかっているけれども、何とか座る場所を確保してくつろいでいてくれ」


 オレがそう言うと、レラはオレからペットボトルを受け取って笑顔で「はーい、分かりました、師匠!」と返事した。


「千呪、このお茶、美味しいよ。あっちで一緒に飲もう」


 レラは無邪気な笑顔でそう言うと、千呪にペットボトルを一本手渡した。


「ありがとう、お嬢ちゃん」


「竜野レラ。私のことはレラって呼んで」


 千呪は一瞬、驚いた表情を浮かべた後、柔和な笑みを口元に浮かべた。


「ええ、分かったわ、レラ」


 千呪はそう言って目を細めた。

 レラの奴、千呪に対して微塵も敵対心を抱いていないみたいだ。殺されかけた相手に完全に気を許しているみたいで警戒心の欠片も感じられなかった。

 しかし、確かに千呪から殺気めいたものはもう感じられなかった。それが分かっているからこそ、レラも警戒心を解いているんだろう。

 千呪もまさかここまでレラが警戒心を緩めるとは想像もしていなかった様子で、相当戸惑っていたみたいだ。

 まさかほんの数分前まで殺し合いをしていた相手と仲良くお茶をしようとは思いもしなかった。


「さて、手早く作るか」


 そう言いながら、オレは炊飯器から銀シャリのつまった釜を取り出した。そして流しの近くに転がっていた塩の入った小瓶を取ると、蓋を開けて適当にご飯に塩を振りかける。後はしゃもじで軽く混ぜ合わせ、一口米を味見する。

 良い塩梅であることを確認すると、オレは近くにあったサランラップを適当な長さに切り分け、そこに塩飯を乗せていく。後はラップで塩飯を包み込み、軽く握って完成だ。それを後、15個ほど作り上げた後、オレは二人の元に向かった。


「出来たぞ」


 おにぎりを持って居間に向かうと、そこで炬燵を向かい合わせで座りながら、楽し気に談笑しているレラと千呪の姿があった。

 まるで母娘のような和気あいあいとした雰囲気だった。

 あまりにほのぼのした光景に、オレは思わず呆気に取られてしまった。


「わーい、ご飯だ、ご飯だ! もうお腹ペコペコです!」


 レラは涎を垂れ流しながらオレが運んできたおにぎりの山を見て瞳をキラキラと輝かせた。


「遠慮なく食ってくれ。あいにく、具のない塩むすびだけれどもな」


「いっただきまーす!」


 こたつの上におにぎりを盛った皿を置くのと同時に、レラは両手で塩むすびを掴み取り、一気に頬張った。一つ目の塩むすびは一秒で消えてなくなり、二個目の塩むすびを食べ終わるのに二秒もかからなかった。凄まじい食欲だった。


「やっぱり戦いの後のご飯は最高です!」


 レラは屈託のない笑顔を浮かべながら嬉しそうに声を張り上げた。

 塩むすびでよければいくらでも食べてくれ。レラがいなかったら、もしかしたら人類は絶滅していたかもしれないんだからな。その報酬が具のないただの塩むすびというのは、本当に申し訳ないと思った。せめて鮭のおにぎりくらいは食わせてやりたかったな。


「では主様、私も遠慮なくいただきますね」


 そう言って、千呪も塩むすびを一つ取り、それを口に頬張った。


「よい塩加減ですこと。主様、大変美味しゅうございますわよ」


 何の抵抗もなく千呪は塩むすびを食べていた。そこでオレの疑念が確信に変わった。

 きっと千呪は……いや、答え合わせは食事の後にしよう。何故ならば、既に半分以上の塩むすびがレラの胃袋の中に消え去っていたからだ。

 このままではオレの食べる分まで無くなってしまう。

 オレは慌てて塩むすびを一つ取り上げた。それと同時に、残りの塩むすびはレラと千呪の両手の中に奪われてしまった。

 まあ、何の活躍もしていないオレは一個だけでも食べられただけ良しとしよう。

 こうして、オレ達のささやかな朝餉はものの三分で食べ終わってしまった。


「さて、朝食も済んだことだし、千呪には色々と聞かせてもらいたいことがある」


「ええ、何なりと」


「まずは君のことを詳しく教えてくれないか?」


 千呪は何故か頬を染めると、はにかみながらオレを見つめて来た。


「意外と大胆ですのね、我が主様って」


「いや、何か勘違いしていないか? 魔人とか、ゲートダンジョンの住人が自由にこちらの世界にいられることとか、その辺を教えてもらいたいんだよ⁉」


「冗談ですわよ、我が主様」


 千呪はうふふ、と微笑んで見せた。

 何だか使い魔に手玉に取られているみたいで『主』という実感が全く湧かなかった。


「残念ですが、今のご質問は半分しかお答えできません」


「それは何故?」


「支配レベルがまだ低く、私にはその権限がないからです」


「支配レベル? それって何なんだ?」


「我が主様、ステータスを開いてみてくださいましな」


 オレは言われるがまま禁術師のステータス画面をオープンする。


「そこに従魔支配レベルという項目があると思います。今は千呪、つまり私の名前も表示されていると思いますが」


 見ると、スキル眷属転化レベル1の項目の下に、従魔支配レベルという項目があった。その下に支配従魔一覧と書かれており、そこに千呪レベル1と表示されていた。 


「ああ、確認した。これは何なんだ?」


「現状、私は主様の従魔になっておりますが、完全なる支配下には置かれておりません。それこそ、私がその気になれば、今からでも主様を弑逆し、この世界に呪いを振り撒くことさえ可能です」


 何だか恐ろしい話になってきたな、と、オレは背筋に冷たいものを感じた。


「ご安心を。私に反逆の意思はございません。今のところは、ですけれども」


 千呪は口の両端を吊り上げながら、ニタッと微笑んだ。


「現状、私の支配レベルは1です。この状況では公開可能な情報にも制限がかかります。魔人についての詳細はまだ私の口からは申し上げられません。もしどうしても知りたければ支配レベルを上げてくださいましな。魔人についての機密レベルは3ですので、最低限、そこまでレベルを上げてください。なお、私が使用できるスキルも支配レベルによって上限がございますので」


「それはつまり、今のままでは千の呪いとやらは一部しか使えないってことか?」


「御名答。今のレベルでは先程お見せしたスキルが最大限度になりますわね。まあ、それでも人類を絶滅させることは可能ですけれども」


 オレは先程、レラの右手にかけられた人面呪を思い出した。あの小さな顔の数々を思い出しただけで全身総毛だった。腐り姫を殴っただけでレラは呪いに感染してしまった。もし、あの呪いが世に出てしまえば感染を防ぐことは不可能かもしれない。


「だから千呪を倒せず、ダンジョンブレイクしたら人類が絶滅するって表示されていたのか」


「もしあの時、ダンジョンブレイクしていれば、私にかけられた呪縛は解かれ、人類絶滅の為に今頃街は死と呪いに飲み込まれていたでしょうね。最初に放った呪海のすきるだけでも、ここら一帯の街は簡単に殲滅することが出来ますわよ」


 呪縛が解ける? まだ何か色々と秘密が隠されているみたいだな。


「ということは、千呪はオレ以外の支配下を受けているということか?」


「それにはまだお答えできませんわ、主様」


「機密事項につき、それも情報制限がかけられているってことか」


 千呪はそれには答えず、静かにペットボトルのお茶をすすった。沈黙は肯定ということだな。


「じゃあ、答えられる質問をするぞ。千呪、お前、オレ達と戦っている時、相当手加減していたんだろ?」


「はい、そうですわよ。だってチュートリアルですもの。流石に私が全力で戦えば、主様達は一瞬で呪い殺されていたでしょう」


 やっぱりそうか。あの時感じた違和感の正体はそれだ。何かと手加減されているような気がしたんだ。圧倒的な力を感じつつも、何故か力を試しつつ、勝てる道筋を提示してくれていた。そうじゃないと色々と説明がつかないのだ。


「それはボクも感じていたかな。恐らく千呪は百分の一も力を出していなかったと思うから」


「だから、あの時、レラは『今の状態なら勝てるかもしれない』と言っていたんだな」


 レラは頷くと「実力差はハッキリと分かっていましたから」と苦笑した。


「あそこまで絶望的な戦力差は久しぶりだったんで、めちゃくちゃワクワクしましたよ。今度は本気の千呪をやってみたいけれども、ボクの目標は普通の回復術師になることだから、その機会は二度とないかもね」


「あら、レラ、それはどういう意味? 貴女、最高の回復術師なのではなくて?」


「そこは後で説明するよ。それよりももう一つだけ聞かせてくれ。どうして千呪はこちらの世界でも存在出来るんだ?」


 魔人の機密事項に触れるから、もしかしたら答えてくれないかもしれないな。


「主様のおかげですわよ」


「オレの? まさか、オレの魔力を使ってこちらの世界に存在出来るとか、そんなところかな?」


 オレは禁術師になってMPの数値が∞になっていたことを思い出す。


「いいえ、違いますわ。主様のSP〈ソウルポイント〉を使わせていただいておりますの」


「SPだって? それは何なんだ?」


「禁術師には普通のハンターとは違い、SPという独自のステータスが設けられておりますの。まあ、一言でSPは魂とでも言いましょうか」


「魂? それってまさか……」


「ええ、そうですわ。黒き魔人をこの世に顕現させるのに必要な触媒は主様の魂。要は寿命ということになりますわね」


 その瞬間、オレは目の前が真っ暗になってしまった。


「じゃあまさか……」


 と、オレが言いかけた時だった。

 何処からか緊急アラームが鳴り響いた。見ると、オレの魔法衣に入れていたスマホから鳴り響いていた。


「何事だ⁉」


 オレは慌ててスマホを手に取り、画面を覗き込んだ。

 スマホは赤く明滅していて、画面の中央に『緊急アラート』と表示されていた。


「まさか……ダンジョンブレイクか⁉」


 オレがそう呟いた瞬間、突然激しい揺れが家を襲った。

 地震か⁉ と思ったのも束の間、激しい爆発音が遠くから響いてきた。

 オレは慌てて外に出る。見ると、東の方角にキノコ雲のような巨大な黒い煙が立ち上っていた。


「あの方角はまさか……旧千歳市か⁉」


 それが意味するもの。もしかしたら、この地区は間もなく消滅するかもしれない。

 オレは緊急アラートを発し続けているスマホに目をやり、画面を開く。


『全ハンターは至急最寄りのハンター協会に集合。これは要請ではない。強制招集になります』


 間違いない。今の爆発は旧千歳市にあるゲートがダンジョンブレイクした衝撃に違いない。

 旧千歳市。かつては北の空の玄関と呼ばれた都市。しかし、現在では、始まりのゲートが存在する死の街と化していた。



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