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第24話 従魔

 レラの必殺スキル『竜帝咆哮』が放たれた後、オレは衝撃波に吹き飛ばされ、近くの壁に激しく身体を打ち付けた。激痛のあまり意識が飛びそうになってしまったが、必死に痛みをこらえ意識を保った。この状況でわずか数秒程度でも意識を失うことは死に直結する。もしかしたら本能がそれを悟っていたのかもしれない。第一、幼い愛弟子を放って眠るわけにはいかないと、多少なりともオレにも意地があったのが幸いした。

 オレは激痛にふらつきながらも、即座に立ち上がった。

 見ると、光の爆発は既に治まっていた。レラは必殺スキルを放ったままの状態で、その場に立ち尽くしていた。

 一瞬、オレは最悪の状況を想像してしまった。もしかしたら、レラはあまりに強大なスキルを放ち、立ったまま絶命してしまったのではないだろうか、と。


「レラ……?」


 オレは恐る恐るレラに話しかけた。


「師匠……」


 そう呟きながら、レラはゆっくりとオレに振り返った。その顔は疲弊しきっていたものの笑っていた。どうやらオレの心配は杞憂に終わったらしい。安堵の吐息が自然と口から洩れた。

 レラが無事で良かった。そう言えば、あいつらは、千呪と腐り姫はどうなったんだろうか?

 オレは慌てて奴らの方に目を向けた。

 そこに飛び込んできたのは驚愕的な光景だった。

 腐り姫の姿は何処にもなく、前方に千呪が佇んでいた。その身体を半分にして。

 推察するに、レラの必殺スキルは腐り姫を消滅させ、その後方にいた千呪の身体を半分ほど吹き飛ばしたのだ。

 決着だ。オレ達は勝ったんだ。正確にはレラが、ではあるが。


「レラ、やったな!」


「師匠……ごめんなさい」


「おいおい、何を謝るんだよ? お前は勝ったじゃないか」


 すると、レラはにへら、と表情を崩すと、申し訳なさそうに呟いた。


「ボク、負けちゃった」


 レラは呟き、崩れ落ちるように床に倒れこんだ。

 オレは咄嗟にレラに駆け寄る。

 そこで、オレは絶望的な声に話しかけられた。


「後一歩だったわね、お嬢ちゃん」


 オレは戦慄し、身体が硬直する。恐る恐る声のした方向に顔を向けると、そこには半分に消し飛んだ身体でこちらにゆっくりと歩いて来る千呪の姿だった。


「お前、死んでいないのか?」


 オレは庇う様に倒れたレラを抱きしめた。


「死ぬ? 誰がかしら?」


 千呪は口の両端を吊り上げるように、ニイッと微笑んだ。


「私に死はないわ。御覧なさい」


 そう言って、千呪は胸のあたりの破れたドレスをめくって見せた。

 千呪のはだけた肌には、レラの右手にかけられた人面呪が蠢いていた。人面呪は呻き声を吐き出し、それがあたかも呪詛のような呪いの言葉に聞こえた。


「私に肉体はない。あるのは怨念と呪いの集合体のみよ。物理攻撃は無効。魔法で焼き払っても、瘴気となって霧散するだけ。また集まればいいの。ほら、こんな感じで」


 千呪がそう言うと、黒いモヤのようなものが集まり、それは一瞬で元の身体を形成した。破れたドレスも修復しているのを見る限り、衣服すら呪いで出来ているみたいだ。


「だから言ったじゃない。私を倒すにはレベル6以上の浄化魔法が必要だと」


 千呪は嘆息しながら、やれやれと、呆れるように呟いた。

 それは攻略方法でもなんでもないと、オレは怒鳴りつけてやりたかったが、敗者にその資格はない。それに、オレはただ黙って見ていただけの傍観者だ。こうなってはこのまま殺されるよりほかはなかった。


「オレ達を殺すのか?」


「私が手を下さずとも、力を使い果たしたお嬢ちゃんは呪いの抵抗力を失い、そのまま衰弱死するでしょう。貴方は……殺すまでもないわね。ダンジョンブレイクまで、せいぜい短い余生を楽しみなさい」


 ああ、やはりか。オレは相手にすらされていなかった。きっと、その辺の小石程度としか認識されていなかったに違いない。

 でも、小石は小石なりに無駄な抵抗をさせてもらおうと思った。

 オレは瀕死のレラにヒールレベル1をかけた。淡いオレンジ色の光が、レラを包み込む。


「そんな低級ヒールをかけても、私の呪いは解呪出来ないわよ?」


「それでも、オレにはこれしかないんだ。例え無駄だと分かっても、オレにはこれしか出来ないんだ。放っておいてくれ!」


 オレは自分の惨めさを噛み殺しながら、レラにヒールをかける。


「ふふ、哀れな虫けらね。それがレベル6以上のヒールだったら、私の呪いを浄化出来たかもしれないのに」


 その時、オレは手を止め、千呪に顔を向けた。


「それってどういうことだ? お前の呪いを解呪するには、レベル6以上の浄化魔法しかないんじゃ?」


「レベル6を超すヒールなんて、そんなもの存在しないからよ。あまりにも強すぎるヒールは回復を超えて消滅魔法にしかならないわ。そんなものが存在していたら、私の持つ千の呪いすら消滅してしまうでしょうね」


 オレはその時、ようやく違和感の正体が分かった。何故、あの時、レラは千呪に感謝の言葉を述べたのか。そして、どうしてあの時、千呪はレラの必殺スキルを真正面から受けたのか。オレは単に千呪がオレ達を見くびっていたからだと思っていたのだが、実はそうじゃなかった。

 だが、今は答え合わせよりもやることがある。


「レラ! お前のヒールレベル1を千呪にぶっぱなせ!」


「あら、そのお嬢ちゃん、拳闘士じゃなくて回復術師だったの?」


 千呪の呆けた声が聞こえるのと同時に、レラは倒れたまま右手を掲げた。


「ヒールレベル1!」


 レラが静かに呟くのと同時に、ヒールレベル1という名の消滅魔法が千呪に放たれた。


「これは何なの⁉ まさか……!」


 千呪がレラの放った規格外のヒールレベル1の正体に気づいた時には勝負はついていた。

 断末魔の叫びは聞こえなかった。千呪は驚愕に顔を強張らせた瞬間、ひとかけらの呪いすら残さず消滅したのだから。

 呆気ない幕切れであったが、まさしく絶体絶命の状況からの大逆転劇だった。

 千呪が迂闊な一言を洩らさなければ、間違いなく敗れていたのはオレ達の方だっただろう。


「やったのか……?」


 すると、目の前にメッセージ画面が現れた。


『ダンジョン攻略を確認致しました』


 それは確定的な勝利宣言だった。

 オレは安堵のあまりがっくりとうなだれてしまった。

 ぶっちゃけ、オレは何もやっていないんだけれどもな。

 そんなことを思いながら、オレは大きく息を吐いた。


「師匠の、やりましたね」


 オレの腕の中に抱かれたレラが、右手の親指を上げながら囁きかけて来た。見ると、レラの右手の呪いは消え去っていた。


「何を言っているんだか。全部レラのおかげだろう。ありがとう、また助けられちまったな」


 オレはそう言ってレラの右手を掴んだ。レラは嬉しそうにはにかんだ。

 すると、オレの目の前にメッセージ画面が現れた。


『おめでとうございます。黒き魔人『千呪』の撃破に成功いたしました。これより『眷属転化』のスキルのチュートリアルを開始いたします。禁術師はブラックゲートを守護する黒き魔人を倒すと、眷属転化のスキルによって使い魔にすることが可能になります。もしくは神話級のアイテムに変化させることも可能ですが、今回は強制的にこちらで使い魔を選択させていただきます』


 次の瞬間、オレ達の目の前に瘴気の塊が現れる。

 それは人の形となり、オレの目の前に現れた。


「我が名は黒き魔人が一柱、千呪。これより魔王候補たる禁術師様の下僕として仕えさせていただきます」


 千呪は跪きそう呟くと、顔を上げてにっこりと微笑んできた。


「よろしくね、坊や」


 そう言って、千呪はオレにウインクしてきた。

 よく見ると千呪は相当な美女だった。さっきまで殺し合いをしていたのが嘘のように、オレの胸はときめいた。

 頬が熱を帯びるのを感じ、思わず千呪に見惚れてしまった。


「師匠! 鼻の下が伸びてますよ⁉」


 レラの苛立った声が聞こえるのと同時に、オレは腹に激痛を感じ叫んだ。


「レラ、痛い! 腹の肉がちぎれちゃう! つねるのは止めてくれ!」


 すると、再びメッセージ画面が現れる。


『これにてチュートリアルを終了致します。皆様方は自動的に外の世界に転移致します。間もなくこのダンジョンは消滅致します。それではお疲れさまでした』


 ようやく終わりか。

 オレが安堵の息を洩らすと、再びメッセージ画面が現れる。


『次回のブラックゲート攻略期限は二週間後になります。それまでにクリア出来なかった場合は、この国が完全消滅致しますので、お早目のクリアを御薦め致します』


 オレがメッセージ画面の内容に愕然としていると、オレ達の身体は眩い光に包まれた。

 転移魔法が自動的に発動し、気づくとオレ達は半壊した家の中に佇んでいたのだった。


「またブラックゲートを攻略しないといけないなんて、聞いていないぞ⁉」


 そう呟き、オレは膝から崩れ落ちるのであった。

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