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第30話 あの日から

  半袖のままじゃ寒いから、厚着をしてきて、気づいてしまった。

 いや実際は一ノ瀬さんのおでんを一通り食べてから気づいたんだけどさ。

 でも一ノ瀬さんの変化に気づくのが遅れてもしょうがないと思うの、だっておでんがうめーだもん。

 もう大根がほろほろでうまいんよ……あとこんにゃくとか。


 この二つは外せないおでんの定番よね。

 からしにつけてそれとまぁ、熱燗があったら最高に決まるけど、まぁビールでもよし。


ということで──


 「「──乾杯!!」」


 乾杯してはた。と気づいた。


 「え、なんで猫耳してないの?」


 一ノ瀬さんが猫耳ヘッドフォンしてないことに。

 俺、おでんを猫耳の一ノ瀬さんを見ながら食べるのを楽しみに来たのに!

 猫耳ならぬお猫耳見ねこみみみたいな・


 「え、逆になんでしてると思ったー? 食べるのに邪魔じゃんヘッドフォンなんてしてたら。ゲームとかしているわけでもないのにさぁ」


 昆布をはむっとほおばる一ノ瀬さん。


 「ほわっあ、あっつあつ、ふぁぁぁぁ」


 がっつり頬張ったせいか、変に飲み込むこともお酒で流し込むこともできず、口を上に向けてなんとか冷まそうとしている。

 間抜けな姿は衝立でうまく見えないがたぶんかわいい。


 「何やってんのよ」


 「あ、ふぁふくて、ふぁべれない…………」


 たぶんあつくてしゃべれない、って言ってるな。


 「もうちゃんと冷まさないから、どっちが食い意地はってるんだか」


 「ふぁ、ふぁまひたはふなのに~冷ましたはずなのに


 少し目に涙たまってそう。

少ししてようやく飲み込めた時にはちょっと涙目になってた。


 「あーひどい目にあった!お酒のも……うまぁぁ…………あ、かんだぁぁぁいったぁぁ」


 たまにあるよね食べ物だと思って、口の中を間違って噛んじゃうやつ。

 あれクッソいたいんだよね。


 「あはははふぁーかだーか」


 「そっちこそばーかあーほいったぁ」



 二人しておでんを食いながら、罵りあう。


 が、春とはいってもまだ初春。

 そりゃ風も吹くわけで。


 「「さっむ!」」


 おでんを頬張って、身体がポカポカしないでもないけどそれ以上に寒い。


 「これはもっと酒を飲んで内側からあったまるしかないね」


 ロシア人みたいなことを言い出して、一ノ瀬さんは酒をあおる。

 というか、さっきはビールだったお酒がいつの間にかストロング系になってる。

 それをごくごく豪快に飲んでいく。


 「ぷはぁぁぁぁぁ、うんまぁぁぁ、あったまってきたぁぁ」


 「…………そりゃそんなペースで飲んだらあったまるでしょうね。ええ」


 お酒なんておいしく飲むものだよ、うん。

 寒いけど。


 「このストロング系めっちゃうまいよ、グレープフルーツの」


 ほいっと一ノ瀬さんが窓枠から手渡してくる。

 手渡してくる。


 「…………ん?いいの?」


 「いいのいいの。おいしいものはシェアしないとね~!」


 一ノ瀬さんから受け取ったものをストロング系。

 よく考えたらこれ間接キス、では…………。


 ふーむ…………。


 …………わかった。

 これ深く考えたら飲めなくなるやつだ。


 一気に躊躇せず飲む。


 「おぉためらわずにいったねぇ、一応間接キスなんだけどなぁ──」


 知ってるよ、だけど変に動揺したらいじられそうだからね。

 だから勢いに任せて飲んだわけで……


 「──わたしのはじめての」


 ごふつ。

 言い方ぁ!


 「ちょ、むせないでよ! もう~ベランダだから汚くならないからいいけどさー」


 「ごほごほっ、ちょ爆弾ぶっこむのやめて!」


 「いやぶっこむも何も事実だけど?……あ、男の人には、ね? さすがに女の子にはあるよ?」


 じゃあはじめてじゃなくない?

 むせて言えなかったけど。


 いたずらっぽく笑う一ノ瀬さん。


 「そりゃそうでしょうけどね? じゃなくて、初めて、とかやめてよ、炎上する!」


 炎上…………?とつぶやく一ノ瀬さん。

 ばれたらしそうだけど、マドンナだし。


 「何言ってるの葵君、大学行ったら君は私の彼氏として、生きていくんだから炎上なんてよくあるよ?気にしちゃまけまけ」


 「…………あ」


 「……忘れてたべ?」


 ふぅぅ、そうだった。


 「……まぁまだ1月以上先の話ですし、ね?」


 「もう大学開始まで1月切っているけどね?」


 無言で、お酒をあおる。

 あーお酒おいしい。

 余計なことはお酒を飲んで忘れるに限る。


 「てか葵君のチューハイおいしそう、ちょーだいっ!」


 俺の返事も聞くか聞かないかで、窓枠から手を伸ばしてくる。


 「あ、リップとかついても大ジョーブ? コップにうつそか?」


 何今更そんなことで気を使っているんだこの人は。

 そこに気を遣うならもっと使うとこあったんじゃないか?


 「今更じゃない?それは」


 さっきも口付けて飲んじゃったし。


 「…………それもそっかー」


 変に常識人のところあるよね、一ノ瀬さんは。


 「…………うまぁこれ!果汁の感じがめっちゃする!」


 一口飲んで目を見張る。

 ごくごく、二口、三口、と飲んでいく。


 「でしょ!」 


 最近買った中で一番うまかった。


 「もう一月もたつんだねぇ…………」


 「…………? ですね!」


 なんかいきなりエモい空気を出し始めたのに申し訳ないが、俺は何のことか一切わからない。パッションで返事したけど。


 「絶対何のことかわかってないでしょ」


 「はははわかってますってははは」


 1月終わってから大体ひと月ですよね~。

 うん。もう休み半分終わってしまった。


 「……葵君と話をするようになった時からだよ?」


 一ノ瀬さんのジト目。

 そんな見ないで恥ずかしい。


 「もちろん、一ノ瀬さんにすべてを救ってもらった時以来ですよね?」


 あの時は単位を落とすかどうかだった。


 「葵君の覚え方変じゃない!? もっと覚え方あるでしょ他に。……でもそう、あの時の君、1月のめちゃ寒いときにベランダで黄昏てたじゃん、コーヒー片手に震えながら。あれは衝撃だったよー」


 「あの時は理由あったから、ね」


 単位という切実な理由が。


 「なんだっけ、ピカソを降臨させる、とか言ってたんだっけ?」


 「違うよ!ジョブズを憑依させようとしてたんだよ」


 「でも葵君が使ってるスマホアンドロイドなんだよねぇ」


 にやにやとする、一ノ瀬さんの顔。


 「ふっ、弘法筆を選ばず、的な?」


 「絶対今使う言葉じゃないよ~」


 それもそうかもしれない。でもスマホなんてちゃんと動いてくれればね?

 PCとかあれば困らないんだよなぁ。


 「でも早いものだよね~」


 「はやいもんだね~」


 いろいろあった。

 なんかマドンナの偽装彼氏になったり、幼馴染がちょっと変わったり、姉が来たり…………。

 そして今ではベランダでマドンナとおでんを食べて酒を飲んでいる。

 というか一ノ瀬さんはタバコも吸い始めている。


 めっちゃうまそうに。


 「不思議だ…………」


 「本当に」


 「てかおでんうめぇ」


 「おいしいねぇ」


 「一ノ瀬さんおでん屋開いたら?」


 「…………何それ、じゃあ葵君は屋台引っ張る人ね」


 「まさかの開くの屋台なんだ!」


 俺お店を想像してたよ!


 「いやー私はおしゃれなお店とかでも似合うと思うけど、葵君は似合わなそうでしょ?」


 なんかおれ今貶された気がしたんだけど?


 「てか一緒にやる前提なんですね」


 「…………あはは確かに!」


 一ノ瀬さんがにヘラと笑う。


 「でも面白そうじゃない?」


 なんかなんだかんだ文句言いながらやってそうではあるな。


 「…………たしかに」


 一ノ瀬さんは看板娘とかになりそう。

 何ならばずちゃって、テレビとか出てそう。


 「まぁまずは大学を無事に卒業しないといけないんじゃないかな?」 


 「本当に」


 俺卒業できるか不安だもん。

 でも大丈夫か2年生からはちゃんとやるはずだし、未来の俺が。


 「じゃあジム行って肉体改造して、服とかもパリッとしたやつかって、顔も変えて、ゲームではプレデターを目指そう!おー!」


 「おー!…………え?」


 さらっと全部えぐくない?

 というか途中で、顔変えろとか言わなかった?

 え、整形しろってこと?


 「じゃあ今日は前祝いだー、飲むぞー!」


 また豪快に一気に飲んだ。


 …………これこの人ただ飲みたいだけなんじゃないかな?

 だってこの間も前祝していたし。


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