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第52話 元ホテルスタッフなので夜勤には慣れているつもりでしたが

 ライガが真剣な表情で私を見つめる。

 今日2回目のそれってどういう意味ですかと問いただしたくなるライガのセリフだが、言葉が全く出てこない。


 疲れにより頭が働かないとはこういう事かという見本になるくらい、考えが全くまとまらない。とりあえず何か答えないとと思いながらも、馬車の適度な振動とライガの手の温かさにリラックスした私の意識は、遠のいていく。


 ライガに手を握られたまま、一言も発せず、ウトウト居眠りしている間に城に到着した。


 東門に到着するやいなや、待ち構えていたフランツ王子の専任騎士達により、寝ぼけまなこの私とライガは東の塔の客室へと拉致同然の勢いで案内された。

 豪華さと堅固さを兼ね備えた広々とした客室の居間には、なんとフランツ王子が座っていた。


「待ちかねたぞ」


 とりあえず、まずはフランツ王子に挨拶しようと膝を折り腰をかがめたが、即座に遮られる。


「お待たせして申し訳ございませんフランツ様。ジェシカ・デ……」

「挨拶は無用だ。ジェシカ嬢、そちらのソファーにかけよ。まずは、ライガから事の報告を聞こう」

「はっ、フランツ様。かしこまりました」


(え? なんでライガから? ライガは私の従者なのに、なんでフランツ王子の部下みたいなことになってるのよ……?) 


 憮然として立ち尽くす私に、フランツ王子から再度声がかかる。


「ジェシカ嬢、座ってくれ。疲れ切った顔をしているあなたより、まずはライガからおおまかな状況を聞いておきたい」

「……ありがとうございます。お心遣いに感謝申し上げます」


 自分はそんなにひどい顔をしているのかと思いながら、礼を述べ、大人しく腰かけた。

 座ると同時に、私は疲労感と強い睡魔に襲われた。


(……寝ちゃダメ!! ホテル時代にもスタッフ不足の時には、何度も日勤からそのまま夜勤の通し勤務もしてたじゃない! こんな大事な場面で眠る……なん、て……)


「まず、今回の騒動について、最初に知ったのは私どもリーザ一族に入ってきた情報からです。シャムスヌール帝国の一部の過激派が、ヨーロピアン国への干渉を狙っているとの……」


 ライガの声が遠のいていく。

 私はまたも、心地よいライガの声を子守唄にしながら、睡魔に身をまかせた。



「……シカ様……」

「……ェシカ嬢……」


 気持ちよく寝てるのを、誰かが邪魔をする。もう少しこのまま、眠っていたいのに。


「……う……ん。あと5分だけ……」

「待てません。起きてくださいシハイニン! オキャクサマがお待ちです」


(ーオキテクダサイ、シハイニン。オキャクサマがオマチデスー って、え……。今、仮眠中だったっけ? ヤバっ、寝過ごした?! )


「何があったの? まずは、現在の状況と緊急度を簡潔に報告して!」 


 すわ、事件か、クレームかと焦ってとびおきると、目の前には浅黒い肌のおでこに小さな角のようなものが生えているガタイのいい男性と、その後ろには金髪細身のおとぎ話の王子様が座っていた。


(……あれ……まだ夢見てるの、私……? ここは、いったい……)


「ジェシカお嬢様、今ここがどこかわかりますか?」

「え……あ、……の」

「一通り、フランツ様には私からご報告申し上げました。アーシヤ様は奥の寝室でまだお休み中です。フランツ様のご厚意により、明日の朝までこちらで私ども3名の滞在を許可下さいました。ジェシカ様もは奥の寝室のソファーでお休みになりますか?」


(……夢じゃない……。そっか、今はこちらが現実なのよね……)


 ぼーっとしながらも、状況がわかってきた私は、なんとか残る力を振り絞り立ち上がり、フランツ王子の足元で膝をついた。


「フランツ様、お話中に眠ってしまい大変失礼を致しました。心よりお詫び申し上げます。また、ヨーロピアン城に滞在を許可下さり、本当に感謝致します。お言葉に甘え、このまましばらく休ませていただきます。フランツ様にも多大なるご迷惑を……」

「ジェシカ嬢、もうよい。今は休んでくれ。あなたが倒れないか心配だ」

「……このたびのご寛容、感謝申し上げます」


 フランツ王子は、ポンと私の肩に手を置き、そして部屋を出て行った。

 私はまたすぐに、ソファーへと崩れ落ちる。


「ごめん、ライガ。ほんまに役立たずでごめん。私、もうだめ……」

「チカ、せめて寝室のソファーで寝てくれ」

「むり、もう、無理。ここで寝る」


 私はそう言い終わるか終わらないかの内に、速攻で眠りの世界へと戻った。


 次の朝、というか数時間後、アーシヤと私達は今回の事件についてのすり合わせを行い、フランツ王子にお礼とお詫びを申し上げてから、ナルニエント公国へと戻った。

 両親にも、アーシヤと2人で、打ち合わせ通りのストーリーを話した。後日、国王からも直接、確認のための呼び出しがくるだろう。

 父公爵、母公爵夫人にとっては、アーシヤの件も、私がかかわった事も、寝耳に水の展開で、フランツ王子が来訪して空気が凍った時以来の大変な驚きようだったが、さすがは公爵をはっているだけあって、冷静に話を聞いてくれた。


 今後のアーシヤの身の振り方については、公爵家としては認められたものではないのは明らかだが、これが最善の苦肉の策なのだ。ナルニエント公爵は逡巡の後、その策を受け入れた。

 父の諦めの表情に、心が痛んだが、致し方ない。


 第一優先事項はアーシアを無事に生かすことだ。

 そして時間はかかっても、周りからのアーシヤへの謀反の疑いを払拭し、彼自身の後悔の念を薄れさせ、冷静な頭と心を整えてから、公爵家の跡継ぎへとササッっと戻すこと。

 その為には、しばらくヨーロピアン国を離れてもらう必要がある。


アーシヤに、オールノット公爵や国王、貴族からの執拗な尋問からうまく逃れられるとはとうてい思えない。良心の呵責に耐え切れず、ポロっと打合せしたシナリオと違う事を言われると、私やライガだけでなく、ナルニエント公爵、オールノット公爵家、そしてフランツ王子にまで迷惑がかかる恐れがある。それだけは、絶対に避けなくてはならない。となると、しばらく別の場所に避難してもらうのが安全策だと判断した。


 人の噂もなんとやら。数年たてば、人々の頭から今回の事は消えるだろう。

 それにプラスして、私は自分の為にどうしても手に入れたい権利があった。ついでにそれもゲットしようと考えたのだ。


 両親に事情を説明し終わると、すでに午後をまわっていた。

 アーシアと私はそれぞれ自分達の部屋へと戻る。ライガも後ろについてきた。


『自分の部屋へ戻ることができる』


 が、こんなにも嬉しい。

 当たり前の生活の有難さをしみじみと感じた。


「ジェシカ」

「ん? どうしたの、お兄様」

「……私は……。今回のことは、本当にすまない。フランツ王子にも、皆にも迷惑をかけて……」

「アーシヤお兄様、そこまでですわ。とりあえず、今私達がすべきことは、体を洗い清めて眠る事です。また明日、お互いにゆっくり休養をとった後に、クリアな頭で今後の詳細を相談しましょう」


 私はアーシヤにニコッと笑顔をみせ、それから彼を軽く抱きしめた。


「……ありがとう、ジェシカ……本当に」


 アーシヤは涙を流しながら、私にハグを返した。


(とりあえず、ひと段落、よね。あーもー、本当に疲れた。眠い……)


 私は部屋の前でライガとわかれ、待ち構えていたマリーとサリューの説教を聞きながら、お風呂で体をゴシゴシと洗ってもらった。


 まだまだ、後処理はたくさん残っているけれど、とりあえず事件は収束へと向かっている。


(ああー、平凡な日常、最高。いつもの、お布団、落ち着くわあ。これが幸せってやつよね)

 そんな事を思いながら、私は深い深い眠りについた。


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