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第63話 戻ってきた日常と変わりゆくものと、そして

「ジェシカお嬢様、おはようございます」

「んーー……おはよう、マリー。今日もいいお天気そうね」

「はい、本当に気持ちの良い一日になりそうですわ」


 マリーにサポートされ、朝の身支度をする。

 髪を梳かれながら、ふと鏡のなかのマリーと目があった。


「どうしたの、マリー。私の顔になんかついてる?」

「ジェシカお嬢様、お気づきですか?」

「何が?」

「最近、とても綺麗になられましたね」

「えーー、そ、そうかしら? なんだか照れくさいわね」

「サリュー達は、お嬢様が恋をなさっているに違いないと楽しそうに話しておりましたわ」

「こ、恋?! もう、そんなんじゃなくてよ。……マリーから、サリューに変な事話さないように注意しておいてね」

「フフッ……。かしこまりました。そのように申し付けますわ」


(……むーー……、やっぱり、どうしても嬉しい浮かれた気持ちが、顔にあらわれちゃうのよね。気を引き締めておかないと!)


 ライガと、結婚してから三ヶ月。

 日々忙しく、あっという間に時が過ぎる。


 剣大会や、アーシヤとオールノット公爵達とのロバート事件が遠い昔の事に思える程、平和な毎日が続いている。


 私は、父公爵とエバンズの指導の下、公爵代理の仕事を覚えているところだ。

 元々、モハード先生から歴史を学ぶ際に、哲学、医学、そして歴史から紐解く過去の政治経済の成功と失敗などをたくさん教わってきたので、おおまかな領地の運営方法は理解している。

 また、上田知花時代に、ホテルの支配人をしていた事も、余裕をもって公爵代理を行える大きな要因だ。

 本当に、人生って、いつどこで過去の経験が役に立つかわからないものだ。


「本日の昼食は、公爵様ご夫妻と、モハード様とご一緒でございましたね」

「ええ、そうよ。今日が、モハード先生とのお別れ会なの。寂しくなるわ」

「そうでございますね」


公爵代理の仕事に集中する為に、今まで授業をお願いしていた先生方には、いったんお仕事を終了してもらった。 

 モハード先生は教師を引退し、ナルニエント公国城近くの家を引き上げる事になった。森奥の出身地へ帰って、書を記しながら晴耕雨読な生活をしたいらしい。

 モハード先生には、本当にお世話になったので、別れは寂しい。


「はい、おわりましたわ、お嬢様」

「ありがとう、マリー。では、今日もお仕事がんばるわ」


 執務室へと向かう。

 最近は、朝食はサンドウィッチ等の軽いものを、仕事の合間に執務室でとっている。


「おはようございます、ジェシカお嬢様」

「おはよう、ライガ」


 執務室には、既にライガが来ていた。

 つい、頬が緩む。


 私はそそくさと奥の本棚に向かいながら、ライガに手招きする。

 そこは、万が一人が入って来ても、見られることのない死角の場所なのだ。


「おはよう、ライガ」

「おはよう、チカ。今日も綺麗だ」


 ハグしながら、朝のキスを交わす。


「あーー、もっとこうやってまったりしたい。早く自由の身になって、二人の時間を増やしたいわ」

「俺もだ。チカ、愛してる」


 とまあ、そんな感じで、日々、ライガの甘々な言葉と抱擁とキスの嵐を受けている。

 正直、踊りだしたいくらい嬉しいし、こうやって抱きしめられると脳が溶けそうになるほど、ライガに心を奪われている。


 ライガは、これまでの無表情が信じられない位、素の色々な表情をみせてくれる。

 甘えたり拗ねたりするのが、びっくりする程可愛くって、ますますライガを好きになる。


 とは言うものの、まだ今二人の関係がばれると面倒なので、こうやって隙間時間にスキンシップをとるようにしているけど、全然足りない。

 仕事は山ほどある。特に私は、まだ見習い中の身だし。


 なのに、あああーー……。こうして、ライガとキスしていると、他の全ての事がどうでもいいような気がしてくるからキケンだなあ……。


「……うん、16歳の私の誕生日までに、環境を整えましょう! 誕生日に、2人の事をオープンにできるように」

「……チカ、それはさすがに難しいと思うけど……」

「いえいえ、私は神鳥のお告げが聞こえる公爵令嬢なのよ。何とでも手はあるわ。よーし、今日も気合いれて仕事するわよ!」

「ククッ……、わかったよ、お嬢様。今朝はどれから片づける?」


 私の専任剣士兼、専属秘書となったライガと共に、私は公爵代理の業務に取りかかる。


 両親とモハード先生との昼食は楽しい時間となった。

 私とライガはナルニエント公国の正門までご一緒し、モハード先生を見送ることにした。


「モハード先生、本当にお世話になりました。先生と出会えた事、教えを受けたことは、私の一生の宝物ですわ。ありがとうございました」

「レディ・ジェシカ。この5年半は私にとっても得難い充実した時間でしたよ。と言いたいところですが、お別れを言うのはまだ早いのです」

「……どういうことでしょうか?」


 モハード先生は、門番や他の人間に聞こえないように声をひそめた。


「レディ・ジェシカ。ヨーロピアン国王暗殺事件の実行犯、ロバート氏が毒で死んだことはご存じですね」


 モハード先生の突然の言葉に、私とライガは目を見開いた。


(えええ? なになに、どういうこと!? なぜ、モハード先生がそれを知っているの? 犯人が死んだとは報じられたけど、死因が毒だという事は秘密にされてた筈なのに……!!)

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