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第14話 婚約者候補と会わないとだめですか・後編

『ソフィーリアが嫌なら、控室に爆弾を落とす?』

「やめて。即戦争になるから!」

『ぐるぐる巻きにして、外に追い出す』

『逆さづりにする♪』

『砲台に詰め込んでお持ち帰り』

「だめー。不敬罪になるわ。相手は一応王族だから! お持ち帰りってタブン意味が違うと思う!?」


 周囲にいた小人や蝶、小鳥の妖精たちは愛らしい声で物騒な発言を繰り返す。なぜこうも過激なことを言い出すのだろうか。


「ん? でも婚約者って誰か私聞いてないわ。もしかしてシン様じゃな──」

『シン・フェイ様だよ』

『スペード夜王国の、ねー』

『第十王子の、ねー』

(詰んだ……)

『具合悪いの?』

『死なない?』

「大丈夫、死なないわ。というか死にたくない……」


 頭を捻っていると、勢いよく扉を開けて母様とジェラルド兄様が部屋に入ってきた。


「ソフィ、ソフィーリア! 準備は出来まして!?」

「お母様!」

「さあ、今日も可愛らしいソフィの姿を見せておくれ」

「ジェラルド兄様まで……。公務はよろしいのですか?」

「私の分は終わらせてきましたよ」

(ということは、父様に残りの仕事を押し付けてきたのですね……)


 二人ともドレスと正装姿だ。

 母の髪はマリーゴールド色で瞳は鳶色の美女である。とても二児の母とは思えないほど美しいし、ラインの出るドレス姿は素敵の一言に尽きる。ジェラルド兄様は黒の燕尾服をきっちりと着こなしており、最近は宰相としての仕事も慣れてきているのか佇まいが違う。


「まあ、やっぱりソフィは何を着せても可愛いわね」

「ええ、母上。まさに天使ですよ。天使」

(急に王族の気品が消滅した……)


 家族は本当に私に甘い。

 可愛い、天才、天使と恥ずかしげもなく賛辞を口にする。そんな家族愛が強い母様と兄様が、婚約者を迎えるのに抵抗がないのは少し不思議だった。私は婚約者との顔合わせを急に開いたのか尋ねてみた。


「どうして私に婚約者を?」

「そろそろソフィーリアにも必要な時期だと思ったからよ」

「次期女王となるのなら、公務も増える。私も手を貸すがそれでも夫という立場でソフィを支える人物は必要だしね」

「うっ……(支えてくれる人ならいいのですが、支えどころか切り捨てられます)」


 王族の義務と言われれば、それまでだ。今回の強行スケジュールは母様の企てだろう。事前に言っていたら私が逃げると想ったに違いない。

 事実、知っていたらきっと逃げていた。


(今からでもカーテンを使って窓から逃亡すれば──)

「ソフィ、今日は絶対に逃がさないわよ。逃げられないように警備も妖精たちにも三食おやつ付きで手伝って貰ったわ」

(妖精さんまで買収済み……。お母様の本気が怖い……)


 こうなってはシン様に会わない、という未来は回避できなさそうだ。最悪、気絶して難を逃れることもできなくはないかもしれないが、状況の先送りは悪手だろう。


「……ち、ちなみにお母様やジェラルド兄様は、どういう基準で婚約者を選んだのですか?」

「そんなの簡単だよ。まずは書類と身辺調査を基に振るいにかける」

(思っていたよりもまとも)

「次に妖精たちが入国を許可するか。最後に父上、母上、私の三人で婚約者候補たちにある質問、面談、または出題を提示して、三つともクリアした者にソフィの婚約者として見合いする機会を得る!」

(そんなことが密かに行われていたなんて……。でもそれって十二回の時間軸とは違う展開だったんじゃ? いやでもシン様が残っているのは変わらないのよね……)


 ちなみに父様の出題は「自分よりもチェスが強い」だそうだ。完全に「娘が欲しいのなら、私を倒していけ」をやりたかっただけだと思われる。

 母様は私の好きなところを二十個述べ、好きになったキッカケを話すという面談形式だった。


 最後にジェラルド兄様は「3 以上の自然数 n について、xn + yn ・ zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがないことを証明せよ」または「四色あればどんな地図でも隣り合う国々が違う色になるように塗り分けることができるのか」という四色問題を出題したそうだ。テストは一般教養とかじゃない所がミソだという。


(ジェラルド兄様。絶対に私を結婚させる気ないわね。……というか、シン様これ全部クリアしたの?)


 次期女王の夫とはいえ、完全に婿養子である。おまけにダイヤ王国はある意味特殊な国なので、肌が合わなければやっていけない。

 なぜシン様はそこまで私と婚約したかったのだろうか。最終的に婚約破棄をするのに。


 打算。

 それとも、別の目的があってだろうか。

 スペード夜王国の王命で、最初からシン様の意志なんてないのかもしれない。

 ぐるぐると考えても答えなんて出なかった。


 駄目元でジェラルド兄様に抱きつく。必殺上目遣いで声を震わせて尋ねる。


「ジェラルド兄様、婚約者候補の方に会わないとダメ?」

「ダメじゃないよ。ソフィが嫌なら、すぐに相手には帰ってもらおう」

(これは……いける!)

「……でもね、私や父上や母上の難問に真っ向から立ち向かって勝ち取った子だから、きっとソフィのことを大切にしたいって思っているはずだよ。……というか思っていなかったら許さないけれどね」

「ジェラルド兄様……」

「そうよ、ソフィーリア。私たちが勝手に動いてしまったのは申し訳ないけれど、それでも会ってみるだけ会ってみて。彼は本当に貴女のことをよく見ているわ」


 それは本当なのだろうか。

 いつも凛として、表情をあまり崩さなかったシン様とは想像がつかない。

 そもそもこの時間軸で出会って──いただろうか。パーティー会場でも挨拶をした記憶はない……はずだ。


(遠目で見ていたとか? え、なんで? それはそれで怖い……)

「さあ。フェイ様が待っているわ、行きましょう」

「は、はい……」


 行く以外の選択肢はないようだ。会うことが回避できないのなら、婚約を白紙に戻すための交渉をするしかない。

 私は覚悟を決めて部屋を後にした。


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