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第50話 セビーリアへの帰還

 1月にエーリカの都を出発したルルイエたちが、セビーリアの都に帰り着いたのは、3月もそろそろ終わりに差し掛かる頃合いだった。

 エーリカに向かった時と同じく、交易都市ミルカまでは馬車で移動し、そのあとは大型転移装置を利用して、いくつかの国を経由しつつセビーリアへと戻って来た。

「おかえりなさい、ルルイエ」

 セビーリアの大型転移装置の施設には、ジャクリーヌが出迎えに駆けつけていた。

「ジャクリーヌ、ただいま」

「母上、ただいま戻りました」

 ルルイエと、そしてジャネッタが挨拶するのへ笑顔で返し、ジャクリーヌはフェリアにも労いの言葉をかける。

「フェリアも、お疲れ様」

「いえ。……お出迎え、ご苦労様です」

 フェリアもそれへ笑って返した。

 以前に住んでいたアパートメントは、旅に出る前に解約してしまっているので、ルルイエたちはしばらくの間は、ホテル住まいだ。

 ジャクリーヌが馬車で来ていたので、それに乗せてもらって施設のある大通りからは少し離れた、比較的静かな通りにある中級程度のホテルに泊まる手続きをする。とりあえず、日程は二週間ほど。その間に、新しいアパートメントを探して移るつもりなのだ。

 ルルイエたちの到着は、昼を過ぎたあとだったので、宿泊手続きをしたころにはすでに、ホテル内のレストランは休憩に入ったところだった。

「食事をどうしましょう。ホテルの外で食べますか?」

 フェリアがルルイエに尋ねていると、ジャクリーヌが言った。

「それなら心配なく。わたくしがリンゴのパイを作って持って来ていますから」

「まあ、ありがとう。なら、それをいただきましょう」

 ルルイエが軽く目を見張って返し、他の二人もうなずく。


 やがてジャクリーヌが、馬車に乗せてあったパイの入ったバスケットを取って来て、ホテルの部屋のテーブルに広げた。

 ルルイエたちが泊まる部屋は、小さな居間に、ダブルとシングルの寝室がそれぞれ一つずつある比較的大きいものだった。

 ルームサービスでお茶を運んでもらい、彼女たちはジャクリーヌも含めて四人でテーブルを囲む。そして、リンゴのパイに舌鼓を打ちながら、互いにこの四年間のことなどを話した。また、ジャクリーヌはエーリカの変化についても聞きたがったので、ルルイエはそれについてや、彼女の長兄が釈放されたことなども話した。

 やがて食事が終わって席を立ったジャクリーヌが、ふと口にしたのは、花祭のことだった。

「そういえば、いい時期に帰って来ましたね。もうすぐ花祭ですよ」

「あら、そういえばそうですね」

 言われてルルイエは、軽く目を見張る。

 花祭は、セビーリアでいくつかある祭の一つで、4月の満月の日とその前後、合わせて三日間行われる春の祭りだった。街の至る所に花のポールが飾られ、大通りには屋台が並び、広場には市が立ったり見世物の天幕が立ったりする。また、祭本番の二日目、満月の日には午前と午後の二回、パレードが行われたり、夜に歌や踊りが披露される催しがあったりするのだ。


 4月に入ってすぐ、ルルイエたちは新しいアパートメントに引っ越した。

 引っ越すといっても、荷物は旅の道中に持って移動していた、身の回りのものと、簡単な炊事道具ぐらいのものだ。

 セビーリアには、家具付きのアパートメントも多く、以前住んでいたところもそうだったが、今度もそうした場所を選んだ。

 そして、それからほどなく花祭の日がやって来た。

 といっても、一日目の前夜祭は、祭に屋台などを出す必要のない地元の者たちは、ゆったりとその空気を楽しむのが慣例だ。

 ルルイエとフェリア、ジャネッタの三人もアパートメントの屋上に据え付けられたテーブルに陣取り、お茶など飲みながら、ゆったりと夕暮れ時の空を見上げている。

 星が出たら、それを合図に花火が始まる予定なのだ。

 ほどなくあたりがとっぷりと暮れ、空に最初の星が光るころ、待ちに待った花火が上がり始める。

 赤や黄や青の光の花々が暗い空を彩り、ドーン、パーンと音がこだまする。

「やっと帰って来た……って気分になりますね」

 空を見上げながら、フェリアが呟くように言った。

「そうですね」

 ルルイエがうなずくのを見やって、ジャネッタがなんのことだかわからない様子で、小首をかしげる。それを見やって、フェリアが笑った。

「花火、エーリカでは見なかったでしょう」

「あ……。たしかに」

 言われてジャネッタも気づく。ただ、彼女はなんとなく、エーリカという国にそういうことをする余裕がないからだと考えていた。それを口にすると、フェリアがまた笑う。

「そうじゃないわ。……アデリナの就任式のお祝いの時も、花火はなかったでしょう」

「あ、そういえば、そうか。……つまり、西方世界には花火がないってこと?」

 尋ねるジャネッタに、うなずいたのはルルイエだった。

「ええ。東方世界では、鉱物に魔力が宿っているでしょう? 花火は、それを利用したものなのです。花火をデザインする花火師と、鉱物に詳しい鉱物師、そして魔法使いが協力して作られるのが花火で、東方世界全体での競技会もあるほどなのですって」

「そうだったんですか……。じゃあ、魔法のない西方世界では、難しいですね」

 セビーリアの生まれだが、そこまで花火について知らなかったジャネッタは、驚いて目を見張る。

 そして、改めて上空に目をやった。

「そういえば、東方世界初の花火師は、恋人への求婚のために花火を考案したんだそうですよ」

 キラキラと花を描いて散っていく光を見ながら、思い出したようにフェリアが言う。

「ふうん。ロマンチックな話だなあ……」

 同じように空を見上げながら、ジャネッタが呟いた。


 そんな彼女をふり返って、ルルイエは小さく笑う。

 この地を旅立った時には、まだ十三歳だったジャネッタも、すでに十七歳だ。

 エーリカにいる間に成人を迎え、すでに「見習い」ではなくなっている。きっとこの先、彼女も恋をして、母ジャクリーヌがそうだったように、誰かと夫婦になる時が来るのだろう。

(ジャネッタだけではないわね……)

 胸に呟き、ルルイエはフェリアに視線を巡らせた。

 二十四歳になった彼女にも、まだまだ道は開けている。

 西方世界と違って、東方世界では女性の婚姻年齢はさまざまだ。もちろん、国によっては十代のうちに結婚することが推奨されているところもあるが、セビーリアではそこまででもない。

 また、魔法使いの多くは、男女共に恋や結婚よりも研究に打ち込む者も多かった。特に女性は、性差によるハンデが少ない分、研究に打ち込んで成果を上げることを目指したり、大貴族や国に重用される立場を目指す者は多いのだった。

 フェリアも現在はどちらかというと、後者の方だろう。ルルイエの弟子になったのも、よりさまざまな魔法を知って、魔法使いとして成長したいと望んだためだろうから。

 そうした点でも、二十四歳という年齢はまだ若く、これから存分にさまざまな経験をして見聞を広め、研究を深めていくことができるだろう。


(わたくしは、何ができるのかしら)

 ふとルルイエの胸に、そんな思いが湧き上がって来た。

 メノウと戦い、死さえも覚悟したあの時、ウルスラから問われた「聖女かそれとも魔法使いか」の問いに、彼女は「どちらもだ」と答えた。

 聖女であり、魔法使いである、それが自分。

 そして、聖女としてやるべきことは、エーリカで成して来た。

 次の聖女を見つけ、育て、正式な聖女となるのを見届けた。

 ならば、この国でするべきことは。

(魔法使いとして、国の役に立つ? それとも、次世代の魔法使いを育てる?)

 どれもできそうではあるが、ルルイエには今一つ、ピンと来なかった。

(自分に何ができるのかを、見定めて、するべきことを探すこと……。案外、それが次にわたくしがするべきことなのかもしれないわね)

 胸に呟き、ルルイエはクスリと一つ、笑いを落とす。

『きっと世界を手に入れた』

 その耳にふと、幼いころに聞いた母の言葉がよみがえった。

 母と共にたどった、イーリスからエーリカへの旅の途中のどこかでのことだ。日の暮れかかった空には、ほの白い三日月が浮かび、その傍に星が一つ輝いていた。母はその風景を、両手の指で作った四角の中に収めて、そう呟いたのだ。

「今のなあに?」

 尋ねる幼いルルイエに母は、「おまじないよ」と言って笑ったものだ。

 それがなんのまじないだったのか、本当はどういう意味だったのかは、覚えていない。詳しく聞いたのかどうかも、忘れてしまった。

 ただふと思う。

 こんな美しい情景を、胸の痛くなるような思い出を、たくさん誰かの胸に残せるような、何かができればいいと。

(東方世界では、聖女の祈りは西方世界のような力は及ぼさない。でも、祈ることは無意味ではないと思う。そして、わたくしには魔法がある。魔法と祈りの力が合わされば……何かを生み出すことも、できるかもしれない……)

 ふいに胸に湧いた思いに、ルルイエは真摯に両手を組み合わせ、頭を垂れた。

(この世界が、東方も西方もなく、いつまでも平和で実り豊でありますように。大地にも人の心にも花々のあふれる世界でありますように)

 ルルイエはただ真摯に、深く深く祈るのだった。


+ + +


 エーリカが新たな聖女就任によって立ち直り、ルルイエたちがセビーリアに帰還して数百年の後。

 西方世界のある国で、王が聖女を追放した。

 その国は、百年余り前に内乱が勃発し、一度国の全てが無に帰していた。その上に、周辺の国々とも国交を持たず、長らく鎖国状態であった。

 そのため、聖女が何者で、なぜ国に必要なのかといった意味も全て失われ、ただ見目麗しく若い娘を王の傍に置くといった形でのみ、『聖女』というものが受け継がれていた。

 そしてこの時の聖女は、王の好みの女ではなかったのである。


 そんなわけで聖女は追放され、形ばかりの役目から解放されて自由になった女は、世界を巡る旅に出た。


 一方、聖女を失ったその国は、かつてのエーリカと同じく、いやそれよりももっと早く荒廃が進んでいったという。


 歴史は常に繰り返す。

 ただ、どういった結末となるかは、その時々の人々次第――。

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