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第47話:神殿の奥へ(1)

◆ ◆ ◆


 メアリーがメイジスマッシャーで大ダメージを喰らったカイルの治療にあたる。代わりに宝箱の中身を漁る役に回ったクォーツであった。


「なんかコート類が多いね」


「うむ。寒い時期に入るからな。創造主様が気を利かせてくれたのかもしれんな」


 鑑定前のアイテムであるため、詳しいことはわからない。


 そうであったとしても、今回は銀と金の宝箱が1個づつ出現した。宝箱の色に合わせて、中身の質もグレードアップする。


 シスター・フッドの修道院で手に入れたアイテムはカイル用の刀である三日月宗近以外は、武具屋に売り払った。


 今回は手元に残しても良いと思えるような上質なアイテムがきっと多いだろうと、今から期待が高まる。


「ねえ、シュバルツ」


「うん? どうした?」


「んっとね。手編みのマフラーとか、重い……かな?」


「あーーー。これからどんどん寒い時期に入るからな。心配してくれてありがとうな」


 鑑定前のコートを手にしていると、ふと、冬の始まりの情景が脳内に映像として流れた。


◆ ◆ ◆


 木枯らしが街路を吹き抜けていく。かえでの葉1枚のシュバルツが寒そうにしている。


 シュバルツの首にマフラーを巻いている自分がいた。さらにシュバルツが「それだとキミが寒いだろう」と、自分の身体に腕を回してきて、しっかりと抱きしめてくれる……。


 温かい。シュバルツの体温が自分を包み込んでくれる。もっと直接的に体温を交換し合いたい。


 そっと目を閉じる。顎を軽く上げる。鼻に彼の荒い鼻息がかかる。ちょっと笑いそうになった。もう少し顎の角度を上げる。どんどん、唇に熱が近づいてくる……。


◆ ◆ ◆


「クォーツさん。欲望が口から、だだ洩れになっています」


「へっ!? 私、今、声に出してた!?」


「はい。シュバルツ、チューして? って言ってました」


 顔から火が噴きそうになるほど、赤面してしまった。隣で宝箱を漁っているシュバルツが「うっへん、ごっほん!」と咳払いをしている。


 シュバルツと眼を合わせられない。あまりにも恥ずかしすぎる妄想をしてしまった。そして、自分では気づかずに、その妄想を口走っていた。


 それからは、お互い、よそよそしく、宝箱を漁ることになる。コート類だけでなく、武器も何本か見つかった。そのひとつを手に取る。短剣ダガーだ。


「この短剣、私に使ってほしいって言ってる気がする」


「それは本当か? どれ、見せてみろ」


 短剣をシュバルツに手渡した。彼は鞘から短剣を抜き出し、白日に晒された刃を見つめている。


「うむ、少なくとも拙者が装備する類ではなさそうだ」


「じゃあ、錬金術師や魔法使い用で間違いなさそうって感じ?」


「だな。鑑定スキルを持っていない拙者だが、刃の形状からして、相手を斬りつけるためのものではなく、儀式用だと思う」


 短剣の刃は細長い。戦闘用であれば、刃は歪曲し、肉厚なはずだ。今、見てもらっている短剣はそうではない。それゆえに儀式用だと結論づけた。


 シュバルツが短剣を鞘に納め、それをこちらに渡してくれた。この短剣はロビンに渡さずに、自分で所持しておくことにした。


「酒場でミサさんに鑑定してもらうのが今から楽しみ!」


「うむ。良いものであることを願っておこう。さあ、残りも漁り終えてしまおうか!」


 シュバルツと協力して、ロビンに宝箱の中身を手渡していく。今回の戦闘後に出現した3つの宝箱からは、コート類が4着、布が3枚、武器は短剣を合わせて5つ。さらに護符が2枚、出てきた。なかなかの収穫だ。


 ちょうど、カイルの治療を終えたメアリーが彼と共に、こちらへと近づいてきた。メアリーがシュバルツとこちらを交互に見ている。その後、ニッコリと笑みを浮かべた。


「なかなか良いアイテムが出たようですわね?」


「うん! さすがは強敵が残していった銀と金の宝箱って感じだった!」


「鑑定が楽しみですわね。さてと……この場所の探索を続けますわよ。クォーツ、お願いしますわ」


 メアリーの言う通りであった。この神殿にはまだ用事がある。アビス・ゲートへ到達するためのアイテムであろうブレスレットを手に入れた。だが、次に向かう天空の城へ行く方法が無い。


 その方法を探るためにも、この神殿の調査を進めなければならない。


 ロビンが簡易的にも地図作製マッピングおこなってくれていた。それを見せてもらう。シュバルツたちは手当たり次第に1階を探索してくれていた。


「ふむ? 吹き抜けとさらに渡り廊下と……。そんな場所は通らなかったな」


「じゃあ、シュバルツたちが探索してない場所ってことだから……」


 シュバルツたちの記憶と自分の記憶を重ね合わせた。神官に案内されている時に感じた感覚を思い出す。


(やっぱり神殿の本堂じゃなくて、別棟ってことよね?)


 ロビンが手に持っている地図を改めてじっくりと見る。シュバルツたちが探索した場所を本堂として位置付けた。ならば、別棟へ抜けるにはどこを通ればいいかと予想してみる。


「たぶん、こっちの方向へと進めばいいとおもう」


 クォーツを先頭に、神殿の調査が再開される。クォーツの思惑通り、別棟と思わしき場所に出た。


「ほう……。ここを通るのは初めてだな」


「私は初めてじゃないって感覚がある。この方角であってると思う」


 もう1度、ロビンに地図を見せてもらう。地図の上を指でなぞる。記憶も掘り返した。そうすることで魔法陣が描かれた部屋のだいたいの位置に当たりをつけた。


「行きましょ! きっとここよ!」


「信じてるぞ、クォーツ!」


 シュバルツが背中を押してくれる。心がじんわりと温かくなる。彼の期待に応えるためにも、一歩を踏み出す。


 その時であった……。ゴーストたちがいきなり自分の目の前に現れた。驚いて、腰を抜かしそうになる。


 そんな自分をシュバルツが支えてくれた。だが、彼はこちらに顔を向けてはくれていない。


 寂しさを感じる。カイルなら確実に心配顔でこちらの顔をじっくり見てくれるはずだ。


「カイル、拙者は準備がいる!」


「おう! 時間は稼ぐ!」


 奥へと続く通路を大量のゴーストたちが塞いでいた。どのゴーストも僧侶の服を着ている。燭台を手にしていた。


 圧倒的な数でこちらを押しつぶしてこようとしているのが嫌でもわかる。青ざめた顔で「ミコォ……」と発音し、こちらに向かってくる。


 ゴーストたちの狙いは自分だ。ゴーストの群れを今、カイルがひとりで抑えてくれている。


 シュバルツはまだ動かない。ここまでの戦闘で、彼に前に渡した霊種族にダメージを与えるためのアイテムをきっと使い切っているはずだと判断した。


 急いで虚空へと手を突っ込み、瓶を取り出す。自分の身体を支えてくれているシュバルツに緑色の液体が入った瓶を手渡す。シュバルツがこくりと頷いた。


「ありがたし! これで拙者も戦える!」


 自分の考えが間違っていないことがわかる。シュバルツは今回はかえでの葉にではなく、両手に緑色の液体を塗りたくった。


 ここではかえでの葉をブーメランのように投げることはできない。狭い通路にゴーストたちがひしめき合っている。ゴーストたちを1体1体、処理していくしかない。


 すでにゴーストたちと戦っているカイルの横にシュバルツが並んだ。カイルとシュバルツが協力しあって、道を塞ぐゴーストたちを倒していく。


 自分も攻撃魔法で援護したかったが、狭い通路のため、シュバルツたちを巻き込んでしまう。メアリーも参戦できていないほどの通路だ。


 前方はカイルとシュバルツに任せるしかなかった。自分とメアリーで後ろを警戒した。案の定、ゴーストはそちらの方向からも出てきた。


神の裁きバニッシュですわ!」


 待ってましたとばかりにメアリーが魔法を発動した。ゴーストたちは瞬く間に白い光柱に焼かれて、天に昇ることになる。


「あなたは先ほど、魔力切れを起こしたのよ。わらわにお任せくださいまし」


「でも、メアリーも回復魔法を連発してるわよ」


「ふふっ。ご心配なく。鍛え方が違いますのよ。まだまだ余力はありますわ」


「無理しないでね」


 メアリーからは返事がない。彼女は相当に無理をしているのがわかる。たった1発、神の裁きバニッシュを撃っただけで、額から汗が流れ、それが珠となり顎先にまで到達している。


 自分がいない間にかなりの戦闘回数をこなしていることがわかる。ロビンが自分の代わりに戦闘しなければならなかったはずだ。


 ロビンはメイドだ。メイドは攻撃役として、ほとんど期待できない。


合流するまでの間、シュバルツ、カイル、メアリーの3人の負担は大きかったはずだ。だが、そのことで誰一人もクォーツを責めることは無い。


(このままじゃ、魔法陣が描かれた部屋に到達する前に、皆の体力と魔力が尽きちゃう……。私にもできる何かを考えなきゃ)


 何か使えるアイテムがないかと、虚空の先へと右手を突っ込んだ。その場所をごそごそと漁る。手に冷たい瓶の感触が触れた。


(これなら!)


 一気に右手を引き抜く。瓶の中にはお菓子の金平糖のような粒だらけの小さな物体が所狭しと詰まっていた。


「メアリー! 派手に音が鳴るから注意してて!」


「えっ!? 何をする気なの!?」


 説明している時間は無い。瓶の中身を少量、右手に乗せる。右腕を大きく振り回して、金平糖に似たそれをゴーストへとぶち当てた。


 バチバチ、パーン! とポップコーンが弾けるような音と共に閃光も起きる。ゴーストがうめき声を上げながら、退散していく。


「上手くいったわ!」


「どういうことですの?」


「メアリーの分もあげるわ! これで追い払えば、魔力消費も抑えれる!」


 追加で虚空の先から瓶を取り出す。それをメアリーへと手渡した。メアリーは言われるがままに、自分と同じように金平糖のようなものをゴーストへとぶつける。


 耳をつんざく音が鳴る。小さな光が次々と発生する。ゴーストたちは参ったとばかりの表情となり、その場から掻き消えていく。


「へえ……。これは便利ですわね」


 メアリーが感心してくれている。アイテムの使い方を理解してくれたメアリーと協力し、パーティの後方から迫るゴーストたちを退散させることに成功した。


 あとはシュバルツとカイルが道を開いてくれることを信じるのみだ。

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