十三年目の今日も、天から、ひらひらと雪が舞う日だった。
「アイリーン、アイリーン! 起きているんでしょう? 支度はできた?」
自室のベッドに寝そべり、本を読みふけっていたアイリーンは、その声に眉を顰める。彼女は、口うるさい保護者をひたすら無視することでやり過ごすことに決め、再び読書に耽ることにする。
その瞬間、頬を、すうっ、と冷たい隙間風が撫で、アイリーンは思わず窓の外を見た。
窓越しに見える地面はすでに白く染まり、ガラスの向こうからは、びゅうびゅうと強い冬の風の唸り声が聞き取れる。クリスマスを目前に控えた、十二月半ばの朝のことである。シベリアの大地は、すでに冬将軍の到来を受け入れ、自然はこの地に住むありとあらゆる生き物を、冷気の中に閉じ込めつつあった。
「アイリーン!」
再びの大声とともに、部屋の扉は唐突に開いた。
アイリーンが窓の外からドアに目を移せば、そこには長い白髪をひとつにまとめたカナデが立っていた。彼女はすでにユリの花束を手にした喪服姿であり、今日の所用を済ませる準備は万端のようだ。
それだけに、カナデは水色のセーターとジーンズ姿のまま、ベッドに、茶色のくせ毛を乱して寝そべっているアイリーンの姿に呆れ、淡い琥珀色の瞳を吊り上げて怒りの言葉を彼女に放つ。
「まだ用意もしていなかったのね。今日が何の日か、言わなくても分かっているでしょうに」
「……分かっているわ。でも、行きたくないの」
しばらくの後、アイリーンは菫色の瞳を瞬かせながら、不貞腐れたようにそう呟き、カナデに背を向けた。
すると、つかつかとカナデがベッドに歩み寄ってくる。そして、寝っ転がったままのアイリーンの腕を、ぎゅっ、と掴んで引っ張り、無理矢理彼女を起き上がせようとする。だが、アイリーンはその手を乱暴に振り払った。
カナデの皺の寄った手から、ユリの花束が離れ、ばさり、と床に転げる。
アイリーンは菫色の瞳を光らせて、呆然とするカナデを睨みつけた。
「カナデおばさん、本当に行きたくないのよ。お願い、私を放っておいて」
「十八歳にもなって、そんな子どもみたいなこと、言うもんじゃないわよ。アイリーン」
「もう子どもじゃないからこそ、行きたくないのよ! 父さんの墓参りなんて!」
「……アイリーン」
肩までのくせ毛を振り乱し、突然声を荒げたアイリーンの顔は、やり場のない怒りに震えていた。
それを見たカナデは、暫しその場に棒のように突っ立っていたが、やがて、床に転がったユリの花束を静かに拾い上げると、視線を下に向けたまま、ちいさく囁いた。
「分かったわ。無理して会いに行っても、ジーンは喜ばないでしょう。今年も、私ひとりで墓参に行くわ」
「……」
「でもね、アイリーン。これだけは分かって。ジーンは誰よりもなによりも、あなたを大切にしていた。愛していた……」
そう訥々と語るカナデの声もまた震えている。
しかし、アイリーンはカナデの言葉を遮るように、ただ、こうとだけ語を放った。
「それも毎年、聞き飽きたわ」
彼女は菫色の瞳を、再び窓の外に投げた。雪は、一向に降り止む様子はない。
やがて、窓越しに降り続ける雪を見つめるアイリーンの背後で、カナデが肩を落としながら部屋を出て行く気配がする。ついで、玄関のドアがガチャリと音を立てて開き、鍵が閉まる音が聞こえてくる。
そして、喪服の上にコートを纏ったカナデが、庭を横切るのが目に入った。彼女の姿は、降りしきる雪のなかに溶け込んで消えて行く。
その後ろ姿は齢六十を過ぎてもなお、背筋は伸び、しゃんとしたものだったが、それでも記憶の中にあるそれよりかは、だいぶん細く頼りないもので、アイリーンは思わず、過ぎ去った歳月の長さに思いを馳せざるをえなかった。
今日もどうやら、一日雪模様のようだ。
だが、アイリーンに
そして、命日を迎えた父の面影も、もはや遠い思い出の彼方にしか、残っていない。