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3「あんたも手伝わせようか⁉ アァン⁉」

 雨が止み始め、夕闇が登っていくのを視界の端で見つめつつ。

 カルは彼女の姿を見て思わず零した。


「ちょっと脅かせすぎたんじゃないの?」

「っ、うるさいわね。『礼装』使わなかっただけ、いいでしょ!」


 シャルロットは気絶している男を背中に担ぎ、中腰で移動している最中だった。

 男は筋肉質な体つきのおかげでびっくりするくらい重く、かといってあの場所に放置しておくのは逃げられる。だから今、身を削ってシャルロットが頑張っているのだが……。

 「ふグッ……!」と段差を乗り越え、シャルロットは苦悶の表情を浮かべていた。

 回収した『黒機』を両手いっぱいに持っているカルからすれば、そんな彼女の姿がちょっとだけ滑稽に見えていて、だから薄ら笑いを浮かべて「ヘッ」と聞こえないように鼻を鳴らした。


「あんたも手伝わせようか⁉ アァン⁉」


 どうやら地獄耳で聞かれたらしい。

 カルは面白そうにスキップした。


「ひえ~怖い怖い。じゃあ僕はお先に」

「あ! ちょっと! おいコラァ!」


 カルは曲がり角を進んで行った。

 シャルロットは壁越しに奥歯を噛んで睨む。


「……ハア~、チビ~手伝って~」

「チュ」


 使い魔のドラゴン『チビ』。

 実質的に背中の男に止めをさしたチビだが、あの巨体はチビの本体という訳ではない。小さいドラゴンの方が本体である。あれはただの飛行形態だ(あんまり飛べない)。

 だからチビは力持ちという訳ではない。

 シャルロットの問いかけにチビは首を傾げる。

 そしてしばらく目を合わせてからカルの方へ飛び立ってしまった。


「……もう」


 と、シャルロットは一人で呆れて脱力した。

 今すぐにでもこの男を引きずったっていいのに、とも考える。

 だがふと横顔にあたる暖かなぬくもりに、シャルロットは横目をしばたいた。

 カシーアの上空を数日間覆っていたあの雨雲は見事に消えてなくなった。

 そして小さな雲の隙間から夕焼けが徐々に差し込み、蜃気楼で歪んだ温度が直に体に染み込んでくる。

 視線を戻す。

 街中では街灯が灯り始め、シャルロットの乱れた感情を落ち着かせるくらい。

 安堵する景色が、そこにはあった。


「雨が止んでよかったわ……」


 ここ数日の街の人の声を知っていた。

 連日降り続ける雨に作物の品質に影響がでてしまう。

 雨ばかりだと客足が少なく商売ができない。

 そんな困っている人たちにも家庭があって、養わなければならない家族がいる。

 外に出られなくて退屈している子供たちを見た。

 行商人が大量の資材を腐らせてしまったと呟いていた。

 畑の様子を毎日見に来る人を見つけた。

 だから、その安心する景色をぼうっと眺めて、ちょっとした人助けを成し遂げたと思えて、清々とした気持ちになった。

 ……結局この男が、何故雨を降らせていたのかは分からない。

 だが少なくとも、この街から笑顔が増えるのなら。

 とシャルロットは口元をほんのり緩めながら階段を一段上った。


 男は道中にカルが呼んでくれた騎士に『黒機』をセットで押し付けた。

 お名前はと尋ねられたが、騎士と絡むと面倒な事になるので二人は押し付けると霧のように逃走し、そうして宿に帰宅した。


「依頼は終わり。さて、次を探さないとね」


 出入り口の扉の前で、シャルロットはローブを畳みながらそう呟いた。


「今回の依頼でどのくらい稼いだの?」

「そうねえ」


 彼女は指を一、二と折りたたむ。カルはそれを真面目に見ていた。

 ……三本あたりでとつぜん指折りが減速した。

 カルの顔が段々と険しい顔つきになった。


「安すぎ」


 カルはそっぽ向いて怒っていること言外に伝えた。

 シャルロットは困ったように身をよじる。


「だ、だって、今回は私個人の怨念もあったし、安くても受けなきゃって。せめて、依頼が来るまで個人的に解決するのだけは我慢したんだから、許してよ~」

「別にそれはどうだっていいけどさ。どうするの? お金まったく足りてないよ?」

「最悪ギルドに出向くからさ。めっちゃ嫌だけど」


 シャルロットはギルドを毛嫌いしていた。

 なんでもシャルロットは一度、冒険者ランクのグレードを思いっきり落としたことがあるらしく、今の階級は下から数えた方がずっと早い。

 とはいえそんなこと関係なしに、大きな武器や魔術師らしい恰好をしておらず身軽で弱そうな女一人がギルドに入った時点で、それなりの色眼鏡で見られるのが分かり切っている。


 「はあ」とシャルロットは陰鬱なため息をついた。

 そっと横に視線をずらし、カルをじっと考えるように見つめた。

 カルはしばらく列を作っている受付に視線に向けていたが、シャルロットの視線に気が付いて「なに?」と云う。


「外はどうだった?」


 シャルロットは声色を和らげて尋ねた。


「……どうって?」

「久しぶりの外出でしょ? 本ばかり読んでろくに出ないから、どうだったのと聞いたんだけど?」

「外出できないのはシャルロットが忙しいからでしょ。僕は別に引きこもりじゃない」


 カルは右手をシッシッと振って悪態をついた。

 だが、カルの日頃抱いている鬱屈とした感覚を、シャルロットは見逃していなかった。


「なら尚更、閉じ込められるのは退屈だったんでしょ? ね?」

「まあそれは……」


 カルは分かりやすくたじろいだ。

 シャルロットは腰を屈めて、カルを正面から見て、手を繋いだ。


「大丈夫。君はもっと子供らしくしていいんだよ。子供らしく、外に遊びに出かけてもいいんだよ」


 そう言って、シャルロットは列の順番に従い一人で鍵を貰いに店員の方へ歩いて行った。

 カルは俯いた。

 そして言葉は発さずとも、口でとある単語を呟いた。


「……ありがと」


 呟いてから、シャルロットの地獄耳に捉えられていないよう、願った。

 そしてその言葉を呟いた時。

 もやもやしていた心がふと軽くなる感覚があった。

 腑に落ちたようにカルはひとりでに頷いて、シャルロットの背中を追いかけた。



 あの暗がりから救出されて八ヶ月が経過した。

 カルは徐々に心を開いていた。


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