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14「さあ、正面突破の時間だ」

 カルは外を見ながらふと呟いた。


「……なんだろう、この違和感」


 外では人混みが右往左往としていて、曇り空がやけに印象に残る憂鬱な日だった。

 気圧の変化で体調が悪くなるカルからしたら、今日は厄日である。そ

 んな時、外の様子をみつめながらカルは確かな違和感を覚える。


 (何だか街の様子が変だ)。


 それは天候のせいでも、人混みのせいでも、今日に限って道の端で人混みを眺めている騎士のせいでもない。

 ただ物静かに、釈然としない不安が胸騒ぎとして表れていた。

 胸の内がざわめき、落ち着いて深呼吸することすらできないような激しい不安が、心に突き刺さって取れないトゲのようで、息苦しさに顔を顰める。


「……シャルロット、大丈夫かな」


 今朝から予定があって出かけた彼女に向け、カルはひっそりと願うのだった。


 *


 昨日の話である。


「な、なんのことかしら」


 目を泳がしながらシャルロットそういうが、金髪の騎士ジェパードは逃がさないと言わんばかりに食ってかかる。


「とぼけないでください。しっかり裏は取れていますよ」


 彼は卓上に予め置かれていた書類を手ですくい、シャルロットに手渡した。

 そこにはびっしりと、何やら身に覚えがあるような単語が羅列されていた。


「あなたが関与した証拠。紛争跡地には、黒機以外の黒魔術の痕跡が残っていました。またこちらの報告書では、つい最近起こった森での魔物討伐において、同様の黒魔術が使用されたことも判明しています。並びにその件については、近くのワイン工場の子供が証言をくれました」


 (ナ、ナタめ……!)。

 とシャルロットは頭の中で少年を睨んだが、時は既に遅しであった。


「以上の事から、あなたが異名通りに魔女であると断定します」

「……まさか、私を探していたのって、こんなに前から?」

「もちろん。紛争が終わってからずっと探していましたよ。全くしっぽを出さなかったから大変でした」


 書類を右手で持ち、左手でぱんぱんと叩きながらジェパードは言った。


「…………」


 すぐ、シャルロットは自分の行動を後悔する。

 確かに紛争はこの街に来た時に大変そうだったから、……姿を隠しながら参加して、さっとギャング集団を傷めつけて、終わらせた。

 自分があの事件にけりをつけたのだ。

 だからつまり、……結論余計な事をしなければ、はなからバレなかったはずで……。


「認めていただけますか?」とジェパードは詰めた。


 だが、シャルロットにとってその紛争は見逃せないことだった。

 これからこの街を拠点にするというのに、不安要素があるのは心情的に不安だったからだ。

 それに、紛争で困っている何人かと、街に来る途中で出会ったのもある。

 ……でも変に手を貸してバレたくない。

 なら隠れながら介入して、という企みではあった。

 今やバレてしまっては、そんな企みは失敗に終わった。

 流石にここまで情報を集められてしらばっくれるのは難しい。

 そうシャルロットは判断する。


「……そうよ。私が、紛争を終わらせたわ」


 諦めたように呟いた。


「……やはり。よかったです」


 その答えに、ジェパードは安堵したような顔を見せた。

 少し息を吐き、次に伏目になった。


「ずっとあなた様を、探していました」

「え?」


 目の前の彼がボソッと小声でそう言った。

 ――眼前で腰を下ろし、ジェパードは土下座した。


「我々に協力してほしい。お願いします!」


 金髪の騎士ジェパードは、必死になって頭を地面にうちつけた。

 その行動にシャルロットは驚き、「え、ちょっと?」と漏らすが、それに食ってかかるようにもう一言、


「言ってしまいますと!」


 強く言葉を言い放ち、室内に沈黙が広がる。


「現在我々は、二組織に太刀打ちできない状態にあります。最近派遣された騎士を含めても頭数が足りず、追加の要請も滞っています。……だが、奴らは待ってくれない。早速隣町の新聞社を使って街の不安を煽っています。恐らく奴らの次の目的は『街の秩序の崩壊』です。……俺には守るべき街があり、家族がいます。不出来なのを承知のうえで、お願いします」


 地面に向かって叫びながらジェパードは続ける。

 ジェパードに続いて、部屋の中にいた三人の騎士も土下座とまではいかなかったが、頭を下げた。


「どうか、お力をお貸し下さらないでしょうか⁉」

「――――っ」


 シャルロットには、彼の言葉が鈍痛な叫びに聞こえた。


 (……確かに私はあの暴動は見ていて、胸がきゅっと締め付けられる気持ちになった。

 でもそれはそれとして、この規模の大きい依頼は、

 私が好きな『人助け』ではない。

 だから迷う。

 私にとって大きい依頼は珍しくない。

 だが個人から逸脱した集団の為の依頼。

 それは私が好きな形の人助けとは少し違う。これははっきりと好き嫌いをしているが、そうなるのも当然で、私は知っているのだ)。


 ――規模が大きい依頼になると、おおかた打算的である。


「……困っているのは伝わったわ。でもそれはそれ。私は確かに人助けをするけど、『無名の魔女』としての依頼は受け付けていない」


 右腕を左手で掴みながら視線をずらして。

 いいづらそうな態度を取りながら突き放した。


「分かっています。あなたの異名は噂で知りました」


 ジェパードは続けた。


「他の街でのあなたの話が、こちらにも噂としてやってくるのです。その噂で、あなたは個々人の依頼を好み組織の依頼を断ると聞き及んでいます」


 そこで次の言葉が何となく想像でき、思わずシャルロットはそっと黙った。

 目の前で土下座している彼は案の定、すっと息を小さく吸った。


「だとしても、この街の危機なんです。あなた様の力を借りなければ、もう打つ手がありません。奴らの力の付け方も、黒機の入手経路も、全てが『不自然』なんです!」

「……不自然?」


 刹那、シャルロットは彼の最後の言葉に意識が移った。


「ええ、これは我々の、あくまで憶測になります」


 ジェパードはやっと顔を上げ、縋るような表情で語り出した。


「何者かが奴らに力を貸しています。それも大きな存在、黒機を流せるくらいの連中が」

「――――っ」


 それを聞いたシャルロットはぞっとした。

 黒機を意図的に流し、街の破壊の目論む存在がいるという。


 大前提として、はなから黒機絡みになると騎士だけでは力足らずである。


 黒機は魔術の最高峰、魔女の力『黒魔術』を使える道具であるのは以前説明したと思うが、黒魔術を使用できるというアドバンテージは強力である。

 その黒機の種類にもより、『天候操作基盤』程度ならば対処は容易だが、中にはもちろん攻撃的な物も存在する……それに対し、何も持っていない騎士たちが太刀打ちできるのか?

 考えれば分かる。

 間違いなくできない。

 騎士は確かに強く勇敢だ。

 だが、――魔術の方が圧倒的に簡単で扱いやすい。

 そして、魔術には無限の可能性がある。『魔女』という存在がその代表例だ。

 四大魔女は魔術の最高峰でありながら『とある物事への執念』が鍵になり至る存在である。それが意味することは一つ。

 願いや欲望は魔術に通ずる。ということだ。

 もちろん魔術に生身で戦うことは別に珍しいことではない。

 だが、相手の魔術が黒魔術であるとすると話は違ってくる――。

 要するに、黒魔術が強力すぎるのだ。


「…………」

 シャルロットは考えながらも苦しんだ。

 騎士は元来『誇り』を持っている役職である。

 彼らは高貴であり、盾であり、矛である。

 威厳を持ち自信を表現し、犯罪を取り締まる力を誇示する……、その心は『一番に自分らが守るべき人たち』を考えている。

 だからこそ悔しいだろうな。と。

 でも、同情ばかりではいられない。

 シャルロットも黒機と同じ『黒魔術』が使える。

 だが、無名の魔女と呼ばれているが、別にシャルロットはあの四大魔女の一角ということではない。

 ただの『魔女の卵』である。

 それに力を持つもの、安易に規模の大きい事への助力は、

 かえって悪循環になる可能性もある。

 だがそれは可能性の話で杞憂に済むことかもしれない。


「……」


 彼らは『今』の話をしている。

 『未来』の話はしていない。

 それにどのみち、シャルロットが関与しなければ既に街に『未来』はない。

 街の人の心を揺さぶるという手段を使われている以上、騎士と住民の関係が拗れるのも、時間の問題だ。

 うなり声をあげ口を歪ませながら思考する。

 そしてややあり、シャルロットは脱力した。


「……分かった」

「……本当ですか?」


 シャルロットの呟きに、彼は目を見開いた。


「はい。『無名の魔女』として。それ、手伝います」


 はっきりと伝わるように言うと、彼は激しく安堵したように崩れ落ちた。

 だがシャルロットはぐっと固唾をのんで、もう一度口を開いた。


「ただ一つ依頼を受けるにあたり条件があるわ」


 いいづらい事ではあった。

 でもシャルロットの杞憂、嫌な妄想が当たるなら。

 『暗躍している人間』の存在がもし、当たっているのなら。


 シャルロットは前を向いて崩れ落ちるジェパードを見つめると、ジェパードはすぐ立ち上がりシャルロットの前で胸を張った。


「俺に出来る事であれば、何なりとお申し付けください」


 彼ははっきりと言った。

 それは、シャルロットが良く知っている、頼れる騎士の顔だった。

 それを見届けて安堵すると、シャルロットは決意を固めながら呟いた。


「私が戦っている間、自分のパートナーがいる宿を、絶対に守ってください」



 *



 今日。


 チビによると、宿はしっかりと騎士によって守られているようだった。


「騎士に守られているとはいえ、カル、あの体調で大丈夫かな……」


 使い魔による確認を済ませフードを深くかぶりっていた。

 彼女は真紅の瞳を揺らし、路地裏からとある建物を睨んだ。


「……」


 ジェパードが掴んでいた敵の情報は三つ。

 1【黒機『万能武器』。黒機『悪魔の根』。黒機『血吸いの剣』の違法所持】

 2【人数は片組織二十人程度。魔法使いは二人から四人程度】

 3【ウバの牙の隠れ家の位置】

 廃れた壁が剥がれ落ち、風が服と軋む屋敷が一つ、黒いオーラを発しながら鎮座していた。

 現在、ウバの牙の隠れ家とされる場所の手前まで来ていた。


 まずシャルロットが警戒するべきは1と2である。

 黒機を使ってくる相手との戦闘経験は少ない。

 それに、『悪魔の根』と『血吸いの剣』は対処ができるが、問題は『万能武器』だ。

 黒魔術、『万能武器』は四大魔女の一角である『武器の魔女』の自信作と謳われ、念じた形に本体を変える事ができ、尚且つ刃物ならそれ相応の切れ味、鈍器ならそれなりの重さが付与される。

 ――要は、万能。

 何でも作れるし何でも再現できる。あまつさえ、その黒機の情報が足りない。


 黒機はそれぞれ使用にデメリットを抱えている。

 今回の戦闘ではその弱点を突く必要があるのだが、見極めるのに時間が必要。

 それに恐らく、まだこちらが把握していない黒機の所持の可能性だってある。

 そんなぞろぞろ黒機があるのも想像できないが。

 予測は大切だ。

 そして、とにかく、カルがいる宿に騎士を置いたのが正解であることを願う。


「最悪の場合、黒機を連中に流しているのは、聖都ラディクラムかもしれない」


 紅の瞳の奥に恐れが垣間見え、思わず体に力が籠った。

 前提として、聖都ラディクラムと言う国は『魔術研究に貪欲』である。

 これは噂程度だが、魔女の秘宝である『黒機』を集め、その術式の解析などを行っているとも聞く。

 ……それがもし、私らの確保に利用される可能性が、万に一つあるのなら。

 用心するに越したことはない。


「どのみち、私が出来る事は限られる。探偵みたいなことはできないしね」


 シャルロットはぐっと握りこぶしを作って歩き出した。

 風が吹いてローブが揺れ、鎮座している古屋敷が軋んで待ち構える。

 中庭にある生え散らかした雑草が躍り、まるで彼女の来訪を祝っているような景色で、また一歩重くなる……。

 この街の平和、全ての人々が安寧に過ごせるための行動。

 そう強く自分に言い聞かせて。


 さあ、正面突破の時間だ。

 シャルロットは灰色のローブを風に靡かせ、その扉を開いた。



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