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12「吸血鬼故の長寿」


 教会の二階に位置する生活スペースから狭い螺旋階段で三階に登った。

 五人で短い廊下を歩いた。

 月光が窓から漏れ、突き当りの部屋が少し開いており、左側の扉には人の気配がした。


「ここでは孤児たちを保護しています。生活スペースも提供していますが、提供しきれない子や、住まいはある子供たちの世話を同時に行っています」


 と廊下を歩きながら「この施設の説明を」と云い、リハクは語り始めた。


「カルとクリスが言う事が本当なら、この孤児院に友達がいるみたいなのですが」


 意識を取り戻した二人に聞いた話を振った。


「ナナ・リリアノ」

「っ⁉」


 リハクが名前を言うと、クリスが肩を揺らした。


「安心してください。彼女はここにいます」


 リハクは廊下でいきなり止まり。

 人気を感じていた廊下途中の部屋を指差した。


「ほ、本当⁉」


 クリスは不安げにそうリハクに尋ねると。

 男は目を細めて「ええ」と肯定した。


「……ただ、しばらく動けません。安静にしなければならない状態でして。その薬や治療道具の買い出しにわたしたちは出かけていました」

「…………」


 彼の丁寧な説明を聞いても、クリスの顔は晴れなかった。

 彼女はドアの前で両手をぐっと握る。


「現在、買い出しで集めた薬や治療道具を用いラーに診てもらっています。その診察が終われば暇はあると思います。その時に、顔を出してあげてください。彼女は強いですが、共に繊細な子ですから」

「……わかりました」


 クリスは弱々しく言った。そして体の向きを変えた。


「ナナを助けてくれて、ありがとうございました」


 リハクの前に自分で移動し、そうお辞儀をした。


「礼には及びません。あなたを不安がらせたこちらにも責任がありますし、怪我をさせてしまいましたから」


 そう言ってリハクは、クリスの頬に貼られた絆創膏をみた。

 一行は廊下を歩き、突き当りの部屋に入った。

 そこは赤色の絨毯が広がり、暖炉めらめらと火を揺らしていた。

 部屋の中心に大きな机とソファが設置されており、所謂、落ち着ける空間だった。

 シャルロットとカル、クリスは案内のまま椅子に座った。

 そしてその体面にリハクと、あのシスターが座った。

 シスターは先ほどの子供の前だとよく笑っていたのだが、今はしんと落ち着いていた。

 「さて、まず彼女のことから説明しましょう」とリハクも椅子に座り切り出した。


「カルさんはお気づきかも知れませんが、彼女は予想通り、亜人の吸血鬼ヴァンパイアです。血を欲し夜街にまみれ人を惑わし、喰らう。それが彼女の本質です」


 リハクは主にカルとクリスに目配せしながら語った。


「だが彼女はそれを望みません。あくまでこのシスターは、人を襲う事が嫌になった吸血鬼ヴァンパイアなんです。人みたいに愛を育み、食を嗜み、笑う事を望みました。だからここで働いています。彼女は、わたしの重要な仕事仲間です」


 そう述べたあと、「ですが……」と付け加える。


「血を吸う衝動は、人間でいう空腹感に似たものです。抗えば苦しむ――だからわたしの『稀血』が必要なのです」


 「『稀血』?」とカルがオウム返しに尋ねた。

 リハクはすぐカルのほうへ向いて、真剣な面持ちで説明を続けた。


「『稀血』とは珍しい血液のことを指します。数千人から数万人に一人くらいの、極めて珍しい血液のことです。『稀血』は吸血鬼ヴァンパイアにとってエネルギー効率がよく、一度接種すれば一週間は吸血衝動を抑えることができる、いわば良薬なんです」

「……そうなんですね」


 とカルは頷いたが、どうやらクリスはぴんと来ていないようだった。


「……ところが、そのナナさんの買い出しには必ずわたしが同伴しなければならず、その間は吸血が出来なくなるので、彼女にはわたしの血を蓄えた瓶を与えていたのです。しかし、買い出し先で思わぬトラブルに見舞われ、結果、孤児院に帰るのが想定より遅くなってしまいました」


 ふとシスターは紫紺の瞳を揺らし、じっとシャルロットを見つめてきた。

 その目つきには申し訳ないという気持ちが伺え、彼女はリハクに目配せした。

 今度は自ら口を開いた。


「『飢餓』状態になると無闇に人を襲うというのが本来の吸血鬼ヴァンパイアなのですが、ワタクシはそれを望まないので抑え込むことができます。ただし、抑え込んでいる間は精神が不安定になり、……今日のようなことが、度々起こります」


 申し訳なさそうに説明した。

 同時にシャルロットが「つまり」と切り出す。


「リハクさんの帰りが遅くなりしばらく『稀血』の吸血が出来ず、飢餓状態になってしまった。加え、たまたま侵入してきたカルとクリスちゃんに出くわし、カッとなって襲ってしまった。ということです?」


 そう説明されたことで、クリスはやっと理解したらしい「……なるほど」と小声で呟いた。

 そしてシスターは「その通りです」と申し訳なさそうに認めた。


「この度は怪我をさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした。罰は如何様にも受けますし、罰金でも問題なく払います。ご迷惑、お怪我を負わせてしまい、すみませんでした」


 彼女は椅子から立ち上がりそういって腰を曲げた。

 リハクも立ち上がり、同じように頭を下げる。


「……カルとクリスちゃんはどうしたい?」


 シャルロットは振り向き横に座る少年少女に尋ねる。

 少年は迷いのない目をして云った。


「僕は許します。僕らも正面から訪問すればよかったものを、噂に惑わされ失礼なことをしてしまいました。僕らも謝らなければなりません」


 カルは胸に手をあてながらぽつぽつと云った。

 それに同調するようにクリスも語りだす。


「ボクも反省します。その、ナナのことがあって不安でしかたなくて、お姉さんを困らせてしまった」とクリスはシスターの方をみて潤んだ瞳で言った。


 カルとクリスは立ち上がり、二人で一緒に頭を下げた。


「「ごめんなさい」」


 と声を揃えて言った。

 カルとクリスは『噂を鵜吞みにし、不法侵入で困らせた』という落ち度。

 教会側は『シスターの吸血衝動を抑える中、その矛先を子供に向けてしまった』という落ち度がある。

 ようはお互い様だったのだ。

 そう理解したシャルロットは結論を呑み込むように頷き、目を開いた。


「……クリスちゃんやカルにも事情があったし、教会側にもそれなりの訳があった。つまり、互いに至らぬ点や、噛み合わなかった部分があった。ということで、この件については不問にしませんか?」


 シャルロットは話の落ちどころを探るように言った。

 今回はどちらにも落ち度がある分、思っていたより衝突が少なく終わりそうだと、内心、安堵するシャルロット。

 リハクさんもそれで異論がないように伺えた。

 すると、シスターが紫紺の瞳を揺らしてこちらをじーっと見つめて来た。


「本当に、よろしいのです?」


 と震えながら零した。

 彼女だけはそう安々と割り切れることではないのかもしれない。

 本意ではなかったにしろ、子供を殺しかけていたという罪悪感は、確かにあるだろうから。


「はい。カルとクリスちゃんも、それで大丈夫?」


 訊くと二人は同時に強く頷いた。

 それを見届けたシスターは、緊張の糸がほどけたように安堵した顔になった。

 彼女の様子をみるに、本当に誰かを傷つけることは本意ではないことが見て取れた。

 「さて、この一件は終わり」シャルロットは手を叩いて、次にリハクを見つめた。


「ここから、ちょっと相談なんですけどね、リハクさん」

「おっと?」



 *



「ひ~い! さみぃさみぃ! 早く戻ろうぜ!」


 三人の少年がお互いの顔を見ながら、上機嫌に言い合うと。

 「サミ~サミ~! サミ~サミ~!」とその後ろを着いてくる小さな女の子が、少年の言葉を笑顔で復唱した。

 そんな微笑ましい光景を見て、シャルロットは顔をほころばせた。


 教会の朝は早かった。

 子供が墓地の広場に出て体操を終え、肌寒い風に震えながら中に戻っていくのを見届けたシャルロットは、背後から近づいて来た彼女に話しかけた。


「おはよう」

「……おはようございます、シャルロット様」


 彼女。

 紫紺の瞳を持つ吸血鬼ヴァンパイア、『シスター』である。


「えっと、呼び方は『シスター』でいいのよね?」

「はい。吸血鬼ヴァンパイア故の長寿で様々な名を授けられましたが、今のワタクシは『シスター』として生きていますので。お隣いいでしょうか?」


 シャルロットが頷いた。


「……」

「……」

「えっとその、ありがとうございました。子供たち、とても喜んでいます」


 シスターはもじもじしながらそう言った。


「どうってことはないわよ。たまたま都合が良かったから協力してもらおうと思っただけで」


 そう細目で教会の中を眺めると、そこでは児童たちが銀色の小さな杖を持って。

 ――魔術を使っていた。

 その様子をリハク、カル、クリス。

 そして『エミリー』が交流しながら杖の扱い方を教えていた。


「児童用杖。エミリーが実験したかった発明品なんだって。難しい術式の部分を杖に刻んでしまう事で、魔力を流すだけで魔術行使ができる。子供の護身にもなるし、幼少期から魔力訓練ができることは、とても裕福なこと」

「ええ。魔術技術が常に最前線の世の中になってからは、子供でも魔術師としての訓練を受けさせるべきだとワタクシも思っていました。ナナさんの件も含めると、やはり子供が自らを守れる術を持っているべきです」


 児童用杖はエミリーの発明品であった。

 シャルロットの言う通り、魔力操作→術式計算→変換という魔術プロセスの『術式計算』の部分を杖が補う事で、簡易的な魔術が発動できる。

 それもこれも、全てエミリーの創作魔術の賜物だった。


 それをシャルロットは、孤児院に寄付した。

 というよりエミリーを紹介したのだ。

 彼女はそれなりに子供への心得があるように見えたし、それに、創作魔術のインスピレーションが湧くのかなという期待もあった。

 これはこちらにも得がある、ウィンウィンだ。

 というところで、ふとシャルロットは俯いた。


「……丁度話題に出たから訊くけどさ、シスターさん」

「はい?」

「ナナちゃんが遭遇した二人の男が、黒い本を持っていたっていうのは本当?」


 シスターは固唾を呑んで縦に頷いた。


 黒い本、本、――聖書。聖都ラディクラム、司教。


 彼らがこの国に齎した最悪は聞き及んでいた。

 聖都ラディクラムは――かの穹の魔女による『オリアナの三条』の成立に、大きく関わった。

 いいや、関わってしまった。


 穹の魔女の怒りを買いオリアナが危機に瀕したとき。

 オリアナはあろうことか聖都ラディクラムへ救援を求めてしまったのだ。

 その結果、彼らに恩を売ってしまい、あれから一世紀ほど経過した今でも、その恩を逆手に取られ利用されている。


 ラディクラムのやり方は卑劣だ。

 他国の弱みに漬け込み、こちらに不利になることばかり押し付ける。

 (そんなに見せかけの平和ってのが大事かね)と、シャルロットは毒づいた。


「ナナ・リリアノさんが負った『火傷』は普通の火傷ではありませんでした。本人によると、『右手に灯した奇怪な炎に焼かれた』と」

「気味が悪いわね……目的が分からない。そんなことをして、一体何がしたいのか」

「現状わかりません。孤児たちを漁って何かを探しているのか、はたまた彼らの趣味なのか」

「ふん……。そういえば、この国の王様って確か、オーロラ王女だよね?」


 その問いに、シスターは「はい」と答えて二年前にオーロラ様は王女として就任しました」と付け加える。

 それにシャルロットは思わず。

 (あの子・・・、どういうつもりなんだろう)と顔を顰めた。


「……ありがと、知りたいことは知れたわ。私もこの国にいる間は孤児たちに目を向けておこうと思う」


 シャルロットがそう言う。

 シスターは「……ありがとうございます」としおらしく云った。


 (しかし、この国でも『聖都』か。

 ――魔術狂いの狂信者め。

 オメラスの唱で飽き足らず、他の計画でも進めているのかしら?)


 シャルロットは視線をあげ、空をみる。

 冬の空は、雲一つない青色だった。


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